疑惑
「やっと……出られた」
背後に広がる緑を振り返り、少年が深く息を吐く。
あの森に足を踏み入れてから、およそ半年。予定より早く、例の魔物を仕留めることができた。
核を体に取り込んだが、目立った身体能力の向上は感じられない。
やはり、魔物という存在は僕の常識では測れないな。
自然治癒の力は確かに手に入った。試すのは後でもいい。
今は――先生の居場所を知ることが先だ。
「あれ? お兄さんの用事もそっちなの?」
背後から小さな足音。
無視して歩くが、少年はぴたりとついてくる。
「……やはり、討人は違うな」
目の端で彼を見やる。
都の子どもと比べ、根本から鍛えられ方が違う。というより、彼らはまったく鍛えないはずだ。
魔物と隣り合わせの暮らしが、その違いを生んだのだろう。
先生から聞いていた「封印の番人」という言葉が、ようやく具体的な像を結び始めていた。
――そういえば。
魔物の肉は、家畜のものよりも栄養価が高いのかもしれない。
あり得ない話ではない。
運動量は減っているはずなのに、森での出来事を経て、体つきが引き締まったような気もする。
もし、機会があったら先生に聞いてみるか。きっと、知っているだろう。
考え事をしていると、前方に木造家屋の並ぶ集落が見えてきた。
「あ、家だ!」
少年が一軒を指さし、駆け出す。
……文化レベルはかなり低い。
魔道具は一つも見当たらず、耳慣れない音に顔を向ければ、男が斧で薪を割っている。
だが、それは劣っているということでは決してなく。
むしろ、僕がどこかで置き忘れたものが、この暮らしには息づいている。
観察していると、大柄な男が近づいてきた。身長は百八十センチ程で、全身の筋肉が厚い。
「どうやら、村の者がお世話になったようで……よければ、皆で歓迎させていただきたい」
「ああ……ありがとう」
返事をすると、子どもたちが駆け寄ってきた。押し倒されそうになるのを、身体強化の魔法で踏みとどまる。
「すごーい! 兵士さんじゃないのに倒れない!」
兵士……?
ここにはどこかの国と交流があるのだろうか。先生は何も言わなかったが――いや、僕が訊こうとしなかっただけか。
「だって、お兄さん、こーんな大きな魔物を一人で倒してたんだよ!」
森で迷っていた少年が腕を広げると、周りの子どもたちが一斉に騒ぎ立てた。
……まずい。
彼自身はともかく、他の子が魔物に興味を持てば、深部に行こうとするかもしれない。
連れ回さなければよかったか――?
「ところで、何故あの森に?」
大男が問う。強い口調ではない。
「あまり、詳しくは言えないが。賢者様と関係がある」
「なるほど……そうでしたら、長と会っていただけますか?」
案内され、集落の中でやや大きめの家へ入る。
それでも中はせまく、六人も入ればぎりぎりだろう。
「おお、もしや王族か?」
「……はい」
対面早々、長は僕の立場を見抜いてきた。体格でいえば、先程の大男よりも小さい。
だが僕には、そうは思えなかった。口調や態度。そういった雰囲気が影響しているのかもしれない。
「我は、魔力を感知できるからな。賢者殿に鍛えられた者は簡単に見分けられる」
そんなことができるのは、先生以外だと僕くらいかと思っていたが――。
もしかすると、この人も。
「一時期、ここに滞在されていたのでな。そのときに教わった」
「何年前ですか」
「30年前。……我が長として選ばれたときだ。長が亡くなったとき、賢者殿は次の長を決め、魔力感知の術を教えることになっている」
「なぜそんな決まりが?」
「証明のようなものだ。賢者殿の代わりとなるこの部落を束ねる、指導者としてのな」
先生の代わり……結界の監視の話か。
本当は、それも含めて彼女の役割だったんだろうか。いや、流石にそれは無理がある。
だとすれば、賢者本来の役割は討人が担い、先生自身は何故か三カ国のために研究したり、授業をしている。
こういうことか?
負担が増えているじゃないか。
まあ、1人で同じ場所にずっといるのもつらいけれど。
しかし……“代わり”か。
先生がこの人を選んだ理由が、痛いほど分かる。
……じゃあ、僕は? 今の僕を、信じてくれているだろうか。
そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
「どうすれば、先生から信頼されるんでしょうね」
今日は20時にも投稿します。