成長
三日目の朝、動かなくなった魔物を処理するお兄さんの背中を見ながら、 ぼくはただ、地面にすわっていた。
「手伝おうか?」
「いい」
短い返事。けれど、なにかが違う。
4日目、5日目と、会話はどんどん減っていった。
食事のときも、移動のときも、お兄さんは必要最低限の単語しか言わなかった。
「ああ」「そうだな」「いや」
それだけ。
最初は、眠らない夜が続いているせいかと思った。
無理もない、交代もせず、夜通し警戒し続けているんだから。
でも、六日目の朝。気づいてしまった。
魔物を倒した直後に「すごいね」と言った僕に向けた、あの目。
うんざりしている表情でしかなかった。
――ああ、邪魔なんだ。
それに気づいてから、いろんな場面がつながった。
道中の準備も、寝床の確保も、全部お兄さん任せ。
ぼくは「ありがとう」「すごいね」って言ってるだけ。何一つ、自分でやってない。
魔法も使えない。森の知識も浅い。
なのに、生肉を止めただけで「役に立った」気になってた。
「お兄さん……」
声をかけても、振り返らなかった。聞こえているはずなのに、無視された。
その夜、ぼくは眠れなかった。
お兄さんはいつものように見張りをしていたけど、風除けになる位置には座ってくれなかった。
その背中が、急に遠く感じられた。
最初の頃は、焚き火を囲んで笑ったのに。魔法のことも、少しだけ話してくれたのに。
きっと、あれは義務感だったんだ。迷子を保護した。それだけのこと。
「……もう、いいや」
声に出してみると、少しだけ気持ちが軽くなった。
七日目、魔物は現れなかった。
ただ、歩くだけ。けれど、その速度に息が切れた。
気づいた。
今までは、ぼくの歩調に合わせてくれていたんだ。
胸が、重い。母さんの声が、頭の奥でこだまする。
『人に頼ってばかりじゃいけないよ』
分かってた。分かっていたのに。
また、繰り返してしまった。
焚き火を作った、肉を焼いた――。「自分でやった」つもりでいた。
でも、ただの自己満足だったんだ。
本当は、全部なくても、お兄さんは困らなかった。
8日目の昼、大きな魔物に遭遇した。
3メートルはあるかもしれない。体の表面にツタみたいなものが巻き付いている。
「フォレストルーン……」
お兄さんの声に、明らかな興奮が混じっていた。これが、探していた魔物なんだ。まだ、ぼく達に気づいていない。
お兄さんは魔物に向かって手を向けた。
そして、数秒経ってから大きな水の球が出てきた。
いつも通り、魔物に気づかれなさそうな場所へ、ゆっくりと移動する。
水の球は、少しずつ、小さくなっていく。そして、ぎりぎり目に見えるくらいになったとき、放たれた。
一瞬で魔物に当たって、体をつらぬく。
体のツタが、一気に伸びる。その攻撃に対して、お兄さんは短剣を取り出した。
速すぎて、魔法を撃つ余裕がないんだ。
ツタは切っても切っても、すぐ元にもどった。
よく見ると、さっきお兄さんが魔法をあてた場所も再生している。
こんなの、勝てっこない。
でも、お兄さんは諦めていなかった。それどころか、戦い方を変えようとしている。
魔物の動きを観察しながら、何かを考えている。きっと、弱点を探しているんだ。
戦いを見ていて、気づいた。
魔物は傷を治すとき、少しだけ動きが鈍くなる。治療に集中しているんだ。
隙を作ればいいんだ。お兄さんが魔法を準備できるくらいの。
でも。
――魔物の気を引くことはできるかもしれない。
お兄さんはぼくを嫌っている。頼ってばかりの、役立たずだと思っている。
今度こそは、本当に役に立ってみせる。頼られる人間になるんだ。
ちゃんと、1人でなにかできるんだって、見せてやる。
今度は、ぼくが助ける番だ。
ぼくは走り出した。
「馬鹿! なにしている!」
お兄さんの怒鳴り声が聞こえたけど、止まらなかった。
魔物の反対側に回り込み、石を投げつける。魔物がこちらを向いた。
足がすくみそうになる。でも、逃げちゃだめだ。
走り続ける。
ぼくにツタが向けられた。その本数は次第に増えていって、逆にお兄さんに向けられるものは少なくなっていった。
ツタはあんまり制御が効かないみたいで、真っ直ぐにしか飛んでこない。動き続けていれば、なんとか避けられた。
その隙に、お兄さんの魔法が胸に命中した。魔物は治療を始めようとしたけど、その速度はおそい。
「そういうことか……」
お兄さんが理解したようだった。さっきと同じように、水の球を準備する。
けど、思い通りにはいかなかった。
確実に仕留められないと判断したのか、一部のツタを地面に置き始めた。
空中と地面。同時に意識するのは難しくて、魔物の思い通りに転んでしまった。
温かいものが流れ出ていく。手を当てると、べっとりと赤い液体がついた。
意識がぼうっとする。目を開けるのも、つらくなった。
ふしぎと痛みはない。でも、体の奥から力が抜けていく感覚がある。
「……」
お兄さんの声だ。何を言っているんだろう。
ぼく、がんばったよね——?