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第一章 交差するふたつの世 <幽世之弐  幽世500年前  幽玄館 龍別邸>

 チッ。

 なぁにが、「相応の咎め”を受けてもらわねばならん」じゃ!

「……ふふ、心して待て」って、何様よっ‼正座で頭を下げたまま、去ってゆく青龍の背に、つぶやく卯兎。


「卯兎ぉ〜、聞こえてるぞぉ〜」

 遠くから高笑いとともに、青龍の声。


 ったく、地獄耳なんだから。


 正座のまま周囲を見廻し、ひとりになったことを確認して、袴をパタパタと払いつつ立ち上がった。座敷を後にしようとしたところで、神殿への通路からドタバタと走ってくる音が聞こえてきた。きっと、「神殿への廊下は走るな!」と始終兎士郎に云われている、兎士郎の手下の中でも一番若い秋菟(しゅうと)だ。どうせ神事に必要なモノを忘れでもしたんだろう。

 卯兎は、肩をすくめて笑いながら、座敷の外に出た。


「卯兎さまぁ〜」

 へ?私?私に用なの?3、4歩進めていた足を止めて振り返る。息を切らして秋菟がやってきた。

「あぁ、良かった。まだいらした…ハァ…ハァ…」

「逃げやしないから、ちょっと息ついて!」

 2度、3度、秋菟の背をさすってやる。うつむいて、両手を膝にゼェゼェ言っていた秋菟も息が整ってきて、改めて、背筋をシャンと伸ばして続きを言い始めた。

「卯兎さま、今日はもう神子の務めはいいそうです」

「えっ?なんで?さっき、朔…青龍様をひっぱたいたから?このあとの神事の神子は誰がやるの?」

 突然のお達しに、卯兎は驚いたのと、怒りと、やるせなさがないまぜになったような気分で秋菟に詰め寄った。兎士郎か、その上からのお達しなので、秋菟如き下っ端に詰め寄っても仕方のないことだとはわかっていても、納得いかず…。


「あ、あの青龍様の件は関係ないです。このあとは、結卯(ゆう)様が神子を務められるそうです」


 結卯は、卯兎と幼なじみで親友の神子だが、粗忽なところがあり、大事な神事に神子として出ることはほとんどない。

 何年か前の秋の大神事で、その祭の主である赤龍(せきりゅう)に神事に使う御神酒(おみき)を頭から掛けるという大失態をやらかしてからは、なおさら神事から遠ざかっていた。

「結卯が?大丈夫かなぁ…。それより朔の件が関係ないのに、なんで私が外されたのッ?」

 秋菟がビビって後退るくらいにズイッと、詰め寄る。

「えっと…あの…お、黄龍(おうりゅう)様と姫龍様がご逗留になられることになりまして…」


 黄龍といえば、龍のなかのトップ・オブ・トップである。龍のトップといえば、幽世でももちろんトップである。その幽世のトップとその妻である姫龍がこの『幽玄館 龍別邸』に逗留するというのだ。

 

 幽玄館は、幽世に大小数件あるが、ここはさほど大きな方ではない。それでもここが『龍別邸』と呼ばれるのは、正式な神事を行うことができ、そのための大人数を収容できるだけの大きな神殿を擁しているからに他ならない。


「えーっと、で、そのご逗留の間のお食事を卯兎さまにお願いしたいとのことでございます。その準備が大変だからと、今日、この後からの神事は結卯さまに代わっていただき、ついでに私には卯兎さまのお手伝いをするようにとの仰せです。ハァ…」

 秋菟は、一気に伝えきって力尽きたらしく、その場にヘナヘナと座り込んだ。

「わかった。わかった。事情はわかったけど…なんで私?この宿には、ちゃんとした厨人がいるじゃないの」

 ヘタリこんだ秋菟の両腕を掴んで立ち上がらせ、肩をポンポンっと叩いて尋ねる卯兎。

「宿のお食事ではなく、宿の『めし処』の料理をご所望なのだそうです。実は、黄龍様が以前、お忍びでいらしたことがあって、そのとき召しあがった料理をたいそうお気に召したらしく……今回、神事で正式に逗留なさるにあたっても『あの味を再び』とご所望されたとか……」

 幽玄館 龍別邸の一階の一画には、宿泊客が食事の合間の一杯や風呂上がりの一杯を楽しんだり、宿泊客以外の客も立ち寄れる、カンタンな料理と酒を出す『めし処』がある。

  卯兎は、神子の仕事がないときは、ココの厨房に立っている。

「……はぁ?つまり、黄龍様の“お気に入りの隠れ家グルメ”になっちゃったってわけ?ん?へ?え~?黄龍様が?めし処に?お忍びで…?え?え?え〜っ⁉いつ?いつの話よぉ〜」

 さっきまで労るように秋菟の肩にそっと添えられていた手に、グッとチカラを込めて秋菟の首がもげるんじゃないかという勢いで揺さぶる。


「あ、わ、わ、わ……い、いつかは聞いていません…

 そ、そんなことより、準備始めなくていいんですか?あと何刻もありませんよ。神事の終わる前にご到着されて、神事の最後にご挨拶されたら、お湯に向かわれ、その後すぐにお食事ですよ」


 卯兎は、時間がないといわれ、ハタと秋菟の肩から手を離したが、揺すっていたのを急に止めたので、突き放すようなカタチになり、秋菟は勢いよく後ろに倒れてしまった。


 ゴンッ。


 なかなかにいい音を響かせて倒れた秋菟は、打った頭を抱えながら、立ち上がった。


 いつだろう?いつ黄龍様が宿のめし処に…?  

 『めし処』でのいろいろなお客さんの顔や出来事が頭のなかを駆け巡る。

 黄龍様なんていう大物が来てれば、絶対、わかる‼……はず……

 でも、お忍びで?お忍びって…

 秋菟をおいてけぼりに、速足で厨房に向かいながら、いろいろと思い返してみるが、コレだ!と思うようなことは思いだせない。

 そんな卯兎の思考を断ち切る、舌っ足らずな声が響いてきた。


「卯兎ぉ~」

 両手をパタパタしながら内股で駆けてくるのは、結卯だ。

「あれ?結卯、何してるの?アンタ、私の代わりに神事に行かなきゃ、でしょ?」

「そぉなんだけどぉ~・・・千早、汚れてて、兎士郎さまに叱られちゃったの。卯兎の千早、貸してっ。ウサギの紋のヤツ」

「はぁぁ??アンタ、神子としてどうかと思うよ。汚れた千早のまま神事に出るなんて。私、このあと出る予定だったから、厨の裏の部屋に掛けてるから、ソレ着ていいよ。それから、「紋」は自分の好みや気分で選ぶもんじゃなくて、神事の種類やそのときの神事の主の龍神様が指定したモノを着るの!今日は「うさぎ」じゃなくて、「月」の紋か無地の日!わかった?」


 人差し指で、チョンっと結卯のおでこを突いた。

 大して痛くもないだろうに、結卯はおでこに手をやって、大げさに痛がって見せた。

「まったく、大げさなんだからぁ!」という卯兎と、2人顔を見合わせて大笑いする。


「あのぅ・・・盛り上がっているところ、恐縮ですが、お二人ともお時間が…」

 忘れ去られていた秋菟が二人の笑いに割って入る。


「あ!」

「やだ!」

『やばぁーい』


 顔を見合わせて、声を揃えて叫ぶふたり。大慌てで、厨房へと走り始めた。


「あ、あの、廊下はお静かにぃ~」

「うるさいっ!いつも言われてるアンタが言うな!つか、アンタも早く来なさい!」

 卯兎に言われて、秋菟は走りだしそうになったのを堪えて、早歩きで二人に迫る。

 *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


 結卯に千早を着せてやって、送りだした卯兎は、今度は『めし処』の厨の棚を覗きこんでは、宙に向かってなにやらブツブツと呟いている。

 厨と店の間に渡した幅広の横木の『つけ台』に頬杖をついて、そんな卯兎を目だけで追う秋菟。

 しばらくはそうしていたが、たまりかねて、声を掛ける。

「卯兎さまぁ、何やってるんですか?買い出しとか、お湯沸かしたりとかしなくていいんですかぁ??」

「う~~ん、いま、考えてるんだよぉ。なんせ黄龍様と姫龍様だよ?下手なモノお出しできないじゃない」

「そうですけど…キチンとした饗の膳をご所望なら、宿の厨人にお任せになるはずでしょう?だけど、『めし処』のお品を召し上がりたいとおっしゃってるんですから、いつも通りでいいじゃないんですか?」

「そのいつも通りを額面通りに受け取って、『無礼モノぉ!』とかってなったら、どーするのよぉ」

「そ、そのときは、わたくしが卯兎さまをお守りし、一緒に謝ります」

 頼りになるのかならんのか・・・秋菟は大まじめな顔で答えているが…。

 せめて、お忍びでいらしたときに何を召し上がって、お気に召したのか…わかればなぁ…。

 いずれにしても、もう時間がない。

 意を決して動き始めた卯兎は、あれやこれやと秋菟に指示をだし、自分は食材の下ごしらえを始めた。

 *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


 なんとか食事の支度をほぼ終えて、卯兎が二階の座敷に料理を並べ、指差し確認で最終チェックをしているところへ神事を終えて先に戻ってきた結卯がやってきた。


「卯兎ぉ〜、ごめ~ん」


 その声に振り返ると、頭からずぶ濡れ姿の結卯。

 小袖も千早もべっとりとカラダに貼りついている。

「どーしたの?その格好‼」

「う〜ん…御神酒捧げるときに、青龍様の裾を踏んじゃってさぁ…」

 またか…赤龍のときもソレでやらかしている。


「えっ⁉まさか、アンタ、朔の頭に御神酒ぶっかけちゃったの?また…」

「あぁ、いや…。朔…じゃなかった青龍様には掛からなかったよ」

「ふたりのときは、『朔』でいいわよ!で?朔は無事で、なんでアンタそんなにずぶ濡れなの?」

「私が御神酒を持って一歩出て、朔の裾を踏んだと思ったら、すごい勢いで朔が振り返ったから、私がバランス崩して…」


 その後、青龍は転んだ結卯に向かって、なにやら祓の祝詞を唱え、

『皆、喜べ!皆の厄災はこの神子がすべて引受け、そしていま、神酒により厄災は拭われた‼』

 などと両手(もろて)を挙げて宣わって、大喝采を浴びていたらしい。


「ったく…朔らしいっちゃ、朔らしいわね。ま。結卯、アンタも神事のときにまで内股でかわいこぶるの止めなさい。動きにくくて、足がもつれていろいろやらかすわ、そこまでやっても大して可愛く見えないんだから。だいたい神事の最中に、誰も神子のことなんか見てないわよ」

「そんなこと、わかんないじゃない‼兎朱(とあけ)なんて、冬至の神事で鳳の若様に見初められたじゃない」


 兎朱は、卯兎たちの少し歳下の神子だったが、いまや鳳一族の若妻で、次期鳳凰夫人になる予定だ。


「あれは、まさに玉の輿だったわね。でも、あんなの稀よ。そうそうあることじゃない」

「それにしても卯兎はいいわよ、朔がいるんだから。末は、龍王の妻ってかぁ〜。あ〜〜〜っ。私も誰かもらってぇ〜」

「はぁ?朔とは…朔とはそんなんじゃないよ。幼なじみじゃない。朔も。結卯も」

「同じ幼なじみでも、卯兎と私じゃ、朔の扱いが違うじゃないッ。

 朔ってば、私のコトは子ども扱いしてバカにしてるしさぁ。だけど卯兎のいうことは聞くじゃない。今日だって、神事に行きたくないってダダこねてたのを卯兎が行かせたんでしょ?神薙のみんなが『さすが卯兎!青龍様には卯兎だな』って褒めてたよ」


「バカねぇ。私たち、歳も近くて幼なじみとして育ったけど、どっちかというと兄弟みたいだったじゃない。私が長女。で、(かい)と朔。結卯は末っ子って感じだったでしょ。

 さ。ホラホラ、バカなコト言ってる時間ないよ。

 結卯、その千早と小袖、洗濯場の盥に水張って浸けといて。アンタは水浴びして御神酒落として、早く着替えてこっち手伝ってよ」


 「はぁ〜い…」イマイチ納得しない顔で、結卯が座敷から出て行った。

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