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第九話 傷心と温もりと

「カイトさん、大丈夫ですか? まだ顔色が優れませんね」


 宿の簡素な一室で、エレナは心配そうにカイトの顔を覗き込んだ。

 昨夜の惨劇が、まだ彼の心に重くのしかかっているのは明らかだった。

 エレナの母親の亡骸を前にした彼女の悲痛な叫びが、今もカイトの耳にこびり付いている。


「ああ、大丈夫だよ、エレナ。心配かけてごめん」


 カイトは無理やり笑顔を作ろうとしたが、その表情はどこかぎこちない。

 隣では、リリアが不安そうにカイトの服の裾を握っている。


「リリアも、怖い思いをさせたね」


 カイトがリリアの頭を撫でると、彼女は小さな声で「うん……」と答えた。


 エレナはそんな二人を優しい眼差しで見守っていた。

 彼女自身も昨夜全てを失ったばかりだというのに他者を気遣うその姿は、カイトの胸にじんわりと温かいものを灯した。


「リーナさん、昨日はありがとうございました。おかげで、なんとか……」


 カイトがリーナに頭を下げようとすると、彼女は軽く手を上げた。


「礼など良い。当然のことをしたまでだ」


 相変わらずそっけない返事だが、その赤い瞳にはわずかな労わりの色が宿っているように見えた。


「リーナさんも、きっと疲れているでしょう。少しでも休んでください」


 エレナはそう言うと、そっとリーナの肩に手を添えた。

 リーナは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。


「ありがとう」


 その夜、エレナは献身的にカイトたちの世話を焼いた。

 疲労困憊のリーナには温かいお茶を淹れ、傷を負ったカイトには丁寧に回復魔法を施した。

 その優しい光がカイトの傷を癒していくように、エレナの存在は彼らの凍えた心にもじんわりと染み渡っていった。


「カイトさん、少し手が青白いですね……無理しないでくださいね」


 治療中、エレナはカイトの手の色に気づき、心配そうに声をかけた。

 カイトはリーナから聞かされた魔石病のことを思い出し、一瞬言葉に詰まった。


「ああ、ちょっと……冷えただけだよ」


 平静を装って答えたが、エレナの優しい眼差しは、彼の不安を見透かしているようだった。


 リリアはエレナのことがすっかり気に入った様子で、いつも彼女のそばを離れない。

 エレナもまたリリアを妹のように可愛がり、絵本を読んでやったり髪を梳かしてやったりしていた。


 そんなエレナの姿を見ていると、カイトは胸が締め付けられるような思いがした。

 彼女は昨日まで確かに存在した温かい家庭を失い、深い悲しみの淵にいるはずなのに、それでも他者を思いやる強さを持っている。


 夜、一人静かに物思いに耽っていると、エレナがそっとカイトの部屋を訪れた。


「カイトさん、眠れましたか?」


「ああ、大丈夫だよ。エレナこそ、眠れた?」


「はい。皆さんと一緒にいられると、なんだか……少しだけ、安心できるんです」


 エレナは少しはにかみながらそう言った。

 その言葉にカイトは胸が熱くなった。


「僕もだよ、エレナ。君やリリア、それにリーナさんがいてくれるから、なんとかやっていける気がする」


「ありがとうございます」


 エレナは静かに微笑んだ。

 その笑顔はまるで夜空に浮かぶ小さな星のように、カイトの心に希望の光を灯してくれた。


「あの……私、皆さんと一緒に旅をしても、迷惑じゃありませんか?」


 エレナは少し不安そうに問いかけた。


「そんなことないよ! むしろ、いてくれた方が心強い。それに、エレナの回復魔法は本当に助かるし」


 カイトがそう言うと、エレナは嬉しそうに目を輝かせた。


「ありがとうございます。私、皆さんの役に立てるなら、どこまでもご一緒します」


 その時、エレナの瞳にはかすかに涙が浮かんでいるように見えた。

 それは悲しみの涙ではなく、希望を見出した喜びの涙のように、カイトには思えた。


「私……皆さんといると、なんだか、新しい家族ができたみたいで……」


 エレナの言葉はカイトの胸に深く突き刺さった。

 彼女もまた失ったものの大きさを抱えながら、それでも前を向こうとしている。


「ああ、そうだね。僕たちはずっと家族だよ」


 カイトは力強く頷いた。

 隣の部屋からはリーナの静かな寝息が聞こえてくる。

 言葉は少ないけれど彼女もまた、エレナやリリアのことを気にかけているのだろう。


 失われた温もりは決して戻らない。

 しかし、共に傷つき、支え合うことで生まれる新しい絆がある。

 カイトはこの予期せぬ出会いに感謝しながら、エレナと共に明日からの旅路への決意を新たにした。

 魔石病の治療法を探すという重い使命を抱えながらも彼の心には、ささやかながらも確かな希望の光が灯っていた。

 それは、共に困難を乗り越えていける、かけがえのない仲間たちの存在があったからに他ならない。

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