第六話 撤退! そして魔石の代償と青白い疑惑
「うわあああああ!」
カイトは悲鳴を上げながら、リーナに引っ張られるように遺跡の中を全力疾走していた。
背後からは、ズシン、ズシンという重々しい足音が容赦なく迫ってくる。
「一体何でアイツら、あんなにタフなんですか!? メガ・ファイアーボールだって直撃したのに、全然効いてないじゃないですか!」
息を切らしながら文句を言うカイトに、リーナは冷静に答えた。
「あれはただの石ではない。魔力を動力源としているのだろう。核を破壊するか、魔力の供給を断たない限り、止まらない」
「核!? そんなもん、どこにあるかわからないし! 魔力供給を断つって、どうすればいいんですか!」
「だから、今は逃げるしかないと言っている!」
二人の後ろではリリアが必死に二人の服の裾を掴んで、カタコトで何かを叫んでいる。
「はやい! あぶない!」
なんとか来た道を戻り、遺跡の入り口が見えてきたその時だった。
背後から今まで以上に大きな地響きが起こった。
振り返ると、一体の石像兵器がカイトたちに向かって巨大な腕を振り上げていた!
「危ないっ!」
リーナは咄嗟にカイトとリリアを突き飛ばし、自身は剣でその攻撃を受け止めようとした。
「リーナさん!」
カイトが叫んだ瞬間、リーナの体勢が崩れ石の拳が彼女の肩を掠めた。
「くっ……!」
その隙にもう一体の石像兵器がリリアに向かって迫る!
「リリア!」
カイトは考えるよりも先に体が動いていた。
手に握っていたわずかに光を失いかけている魔石を、ありったけの力で掲げた。
「もう、こうなったらヤケだ! 全部の魔力、出てこいッ!!」
カイトの叫びに応えるように、残っていた魔石の魔力が一気に爆発した。
眩い光が遺跡の通路を満たし、周囲の空気がビリビリと震える。
「きゃあ!」
リリアは強い光に目を瞑った。
カイト自身も制御不能な魔力の奔流に意識が朦朧とする。
次の瞬間、爆発的なエネルギーが石像兵器を吹き飛ばした。
轟音と共に、石像兵器の一部が砕け散り通路の壁に激突する。
光が収まると、カイトは地面にへたり込んでいた。
手にはただの灰色になった、何の力も感じられない石ころが残っているだけだった。
「はぁ……はぁ……やった……のか?」
朦朧とした意識の中で呟くと、近くでリーナが心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「カイト! 大丈夫か!?」
「なんとか……でも、魔石が……ただの石になっちゃった」
カイトは力なくそう言うと、自分の手のひらを見つめた。
すると、指先から手の甲にかけて、ほんのりと青白いような、不気味な色に染まっていることに気が付いた。
「あれ……? これ、なんだろう?」
不思議に思ってリーナに尋ねようとしたその時、リーナの表情が険しくなった。
「カイト……お前の手……」
「え? どうかしました?」
カイトが自分の手を見つめると、リーナは重々しい口調で言った。
「それは……魔石病の初期症状だ」
「魔石病……?」
聞き覚えのある言葉に、カイトは首を傾げた。
確か、自称神が言っていた、不治の奇病……
「無理に魔石の力を使ったからだ。魔石は、本来ゆっくりと魔力を放出するものだが、お前は一気に大量の魔力を引き出しすぎた。それが、お前の体に悪影響を及ぼしたんだ」
リーナの言葉に、カイトは愕然とした。
まさか、あの時の一瞬の力がこんな代償を伴うなんて。
「じゃあ……この病気は……」
「ああ、魔石病は進行すれば、体の組織が魔石のように固まっていく。治療法は、今のところ見つかっていない……そして、最後には命を落とす」
リーナの宣告に、カイトは頭が真っ白になった。
せっかく異世界に来て、これから色々なことを経験できると思っていたのに。
チート能力は手に入らなかったけど、仲間もできて、少しずつ強くなってきたと思っていたのに。
「そんな……嘘だ……」
カイトは信じられない気持ちで、青白く染まった自分の手を見つめた。
あの時リリアを守りたい一心で無理をしたことが、まさか自分の命を縮めることになるなんて。
「僕……どうなるんですか……?」
震える声でリーナに問いかけるカイトに、リーナは悲しそうな、そして決意を秘めた瞳で言った。
「諦めるな、カイト。治療法は必ず見つかるはずだ。私が、必ずお前を助ける」
しかしカイトの心は、絶望の色に深く染まっていた。
自らの無鉄砲さが招いた結果に、後悔の念が押し寄せてくる。
魔石の力に頼ったツケがこんなにも早く、そして残酷な形で回ってくるとは夢にも思わなかったのだ。