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第二話 異世界に降り立ち、夢を抱く

 見慣れない、どころか全く見たことのない岩肌の天井を見上げながら、カイトは盛大にため息をついた。

 ラノベならここでステータス画面が目の前に現れたり、いきなり強力なスキルを授かったりするはずなのに。

 現実はじめじめとした空気と土臭さ、そして何より自分が置かれた状況への強烈な不安だけがそこにあった。


「チートはどこだよ、チートは!」


 思わず洞窟に響く声で叫んだ。

 もちろん、返ってくるのは自分の声の虚しい反響だけだ。

 神を名乗る胡散臭い声は、一方的に使命を告げるとぷっつりと途絶えてしまった。

 まるで迷惑なセールス電話を途中で切るみたいに。


「平和な高校生活を返せ! ラノベ読みながらポテチ食ってたあの至福の時間を!」


 恨み節は止まらない。

 異世界転生なんて都合のいいことばかりじゃないんだなと、身をもって知った。

 というか、都合のいいことなんて一つもない。


 とりあえず何かできることはないかと、カイトは言われた通り魔法使いとしての素質を試してみることにした。

 ラノベの知識を総動員して、魔法の発動イメージを頭の中で組み立てる。

 炎を操る魔法使い…かっこいいじゃないか。


(よし、メ◯ゾーマ…じゃなくて、ファイアーボール!)


 心の中で呪文を唱え、手のひらに意識を集中させる。

 するとどうだろう。

 指先にほんの小さな、頼りない火の玉が生まれた。

 それはすぐに消えてしまい、代わりに焦げ臭い匂いが鼻をついた。


「え、ちっちゃ…」


 拍子抜けした。

 これじゃあ、蚊一匹だって殺せないんじゃないか?

 ラノベの主人公みたいに、いきなりドラゴンを焼き払うなんて夢のまた夢だ。


「努力次第、ねぇ……」


 自称神の言葉が頭の中でリフレインする。

 先が思いやられるとは、まさにこのことだ。


 と、その時だった。


 洞窟の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。

 カイトは身を強張らせる。

 まさか、もう魔物とか出てくるのかよ!


 薄暗い洞窟の奥から、ぬらりとした黒い影が姿を現した。

 それは、狼のような、しかしもっと禍々しい雰囲気を纏った生き物だった。

 鋭い牙を剥き出し、喉を鳴らしながら明らかに敵意を向けてくる。


「うわ、マジかよ!」


 カイトは慌てて立ち上がった。

 どうする?

 戦うしかないのか?

 さっきの豆粒みたいな火の玉で?

 無理ゲーすぎる!


 魔物は低い姿勢のまま、じりじりと距離を詰めてくる。

 涎が滴り落ち鋭い爪が岩肌を引っ掻く音が、カイトの鼓膜を震わせる。


「くそっ、何か武器になるようなものは……」


 辺りを見回しても、転がっているのは先ほど見つけた古びた木箱だけだ。

 中身は空っぽだったことを思い出し、さらに絶望的な気分になる。


 魔物が跳びかかってきた!


「ひっ!」


 カイトは悲鳴を上げ、咄嗟に身を屈めた。

 鋭い爪が頭上を掠め、冷たい風が頬を撫でる。

 地面に尻餅をつきながら、情けない顔で魔物を見上げる。


(やばい、完全に詰んだ!)


 ラノベならここで隠されたチート能力が覚醒したり、偶然手に入れた伝説の武器が光り出したりするんだろうな。

 しかしカイトの身には何も起こらない。

 ただただ、死の恐怖が容赦なく迫ってくるだけだった。


「自称神の野郎! こんな危険な場所に放り込みやがって! 絶対許さねぇ!」


 最後の力を振り絞って悪態をついた瞬間、閃光が走った。


 洞窟の入り口から銀色の髪が月明かりを反射して輝く、凛とした佇まいの女性が現れたのだ。

 彼女は腰に差した剣を抜き放ち、流れるような動きで魔物に斬りつけた。


「きゃんっ!」


 悲鳴のような断末魔と共に、魔物は黒い体液を撒き散らしながら倒れた。


 カイトは呆然と、剣を鞘に納める女性を見つめていた。

 その動きは無駄がなく研ぎ澄まされており、まるで踊りのようだった。

 赤い瞳が倒れた魔物を一瞥した後、カイトへと向けられる。

 その視線は冷たく、しかしどこか心配の色を帯びているようにも見えた。


「大丈夫か?」


 女性の声は見た目とは裏腹に、低く落ち着いていた。


「あ、はい……あの、ありがとうございます! 助かりました!」


 カイトは慌てて立ち上がり、頭を下げた。

 命の恩人だ。感謝しかない。


「全く、こんなところで油断しているとは。一人なのか?」


 女性の言葉には呆れたような響きがあった。


「えっと……はい。さっき、いきなりここに……」


 カイトは自分が異世界に召喚された経緯を簡単に説明した。

 自称神のことやチートがないこと、そしてさっきの情けない戦いぶりも包み隠さず話した。


 女性はカイトの話を静かに聞いていたが、自称神という言葉には少し眉をひそめたように見えた。


「魔法使いとしての素質があると言われたのか」


「はい。でもさっき試してみたら、ほんの小さな火しか出ませんでした」


 カイトはしょんぼりとした表情で答えた。


 女性はしばらくカイトを見つめていた。

 その赤い瞳には何かを見透かすような力があった。


「お前は……まだ何も知らないんだな」


 そう呟くと彼女は背を向け、洞窟の入り口へと歩き出した。


「あ、あの! あなたは……?」


 慌てて問いかけるカイトに、彼女は足を止めずに答えた。


「通りすがりの剣士だ。二度とこんなところで油断するなよ。次は助かると思うな」


 そう言い残して、銀髪の剣士は夜の闇の中へと消えていった。


 カイトは彼女が去った後も、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 助けてもらった感謝と自分の弱さへの情けなさ、そしてこの異世界でこれからどうなってしまうのかという大きな不安が、胸の中に渦巻いていた。


「通りすがりの剣士、か……」


 いつかあの人のように強くなりたい。

 そう強く思った。

 そのためにも、まずはこの情けない現状をどうにかしなければ。


 カイトは再び洞窟の中を見回した。

 希望の光は見えない。

 それでも生きて元の世界に帰るために、彼は一歩を踏み出すしかなかった。

 チートもハーレムもまだ見当たらないけれど、彼の異世界冒険はこうして始まったばかりなのだ。

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