第一話 異世界召喚!…って、チートはどこ!?
見慣れた天井じゃなかった。
正確に言えば天井なんて洒落たものはなくて、そこにあるのはゴツゴツとした岩肌だった。
鼻をつく土と湿った空気の匂い。
俺、高崎魁斗は状況が全く理解できずに体を起こした。
最後に記憶があるのは、自室のベッドで最新刊の異世界転生ラノベを読みながら、うっかり寝落ちした瞬間だ。
「……は?」
慌てて辺りを見回す。
薄暗い洞窟のような場所に、俺は一人ポツンと座り込んでいた。
すぐ横にはまるでゲームに出てくるような、古びた木箱が転がっている。
「え、マジで? これってもしかして……」
心臓がドキドキと嫌な音を立て始めた。
まさか本当に異世界に転移しちゃったとか?
ラノベで読み飽きた展開がまさか自分の身に降りかかるとは。
その時だった。
頭の中に直接響くような、荘厳でどこか機械的な声が聞こえた。
『選ばれし者よ、よく来た。汝は我により、この異世界へと召喚されたのだ』
(うわっ、マジで神様!? っていうか、声が棒読みっぽくね?)
内心でそうツッコミを入れつつ、俺は警戒しながらも声の主に問いかけた。
「あの、あなたは……?」
『我は汝らの世界における神である』
(自称神キター!)
ラノベ知識が頭の中で警鐘を鳴らす。
こういう展開の神様は大抵ロクなもんじゃない。
胡散臭さ満点な神の声に俺は思わず反発した。
「勝手に召喚しといて、いきなり神様とか言われても困るんですけど! 俺の平和な高校生活、どうしてくれるんですか!」
『……平和? 汝の世界はまもなく終焉を迎える。それに比べればこの世界での使命は、より高尚で意義深いものとなるだろう』
「はあ? 終焉? 何それ怖いんですけど!」
『この世界は魔物と魔法が存在する。そして今、奇病『魔石病』が蔓延し、人々の命を脅かしている。汝には、その治療法を探し出す使命を与える』
(やっぱりお使いクエストかよ! しかも病気の治療とか、超めんどくさそうじゃん!)
俺の脳裏には、ラノベの主人公が手に入れるチート能力やハーレム展開が浮かんでいたのだが、現実はどうやら全く違うらしい。
「あのー、ちなみに俺ってどんな特別な力を持っているんですか? 例えばレベルがカンストしてるとか、ありえない魔法が使えたりとか……」
期待を込めて尋ねてみたが、神の声はあっさりと俺の希望を打ち砕いた。
『汝は魔法使いとしての素質を持つ。努力次第で、その力を開花させるだろう』
(努力次第かよ! 最初から最強じゃないのかよ! チートは!? ハーレムは!?)
落胆の色を隠せない俺に、神はさらに追い打ちをかけるように言った。
『魔石病は、放置すれば死に至る病である。汝の故郷に帰る道は、その治療法を見つけ出すことで開かれるだろう』
「……マジかよ」
元の世界に帰るためには、このわけのわからない病気の治療法を探さないといけないらしい。
しかも特別な力は努力次第とか、完全に詰んでる気がする。
『健闘を祈る』
神の声は一方的にそう告げると、ぷつりと途絶えた。
後に残されたのは、薄暗い洞窟と途方に暮れる俺だけだった。
「ちくしょう、自称神め……絶対いつか文句言ってやる!」
異世界に放り込まれた恨みを込めて、俺は目の前の岩壁を睨みつけた。
夢見たチートハーレムとは程遠い、命の危険と隣り合わせの異世界生活が、こうして幕を開けたのだった。
とりあえず、この洞窟から出る方法を探さないと……。
そしてこの世界でどうやって生きていけばいいのか、全く見当もつかなかった。