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怪しき薬酒と宮廷遊戯の幕開け4

チェス大会の開幕とともに、王宮の広間は騒然としていた。周囲には甲高い笑い声や駒を置く硬質な音が絶えず、まるで晩餐会を通り越したカーニバルのよう。そんな最中、私・セシリアは老人官とともに存在しない鐘の音と雷鳴の矛盾を追っている。


  


「セシリア様、いくらなんでも笑顔が引きつっておられませんか? 夜勤より性質が悪い気がいたします」


 


 薄い微笑みをくれる老人官は、見かけによらず気遣いの達人だ。私の頭はすでに薬酒の成分リストと偽装販売の謎でフル稼働。オマケに隣では、チェス盤を挟んで罵詈雑言をぶつけあう貴族たちの声。やかましいったらない。


 


「そりゃあ、こんなにギラギラした人間模様を見せられたら、眠気も吹っ飛びますよね。雷と鐘が同時に鳴ったなんて証言、本当に信じていいんでしょうか」


 


「そこが曲者なんです。実際は雷が落ちた時刻と鐘が鳴った回数にズレがありそうでね。誰かが面白く嘘をついているか、あるいは鐘を止めようと企んだ輩がいるのか」


 


 老人官の理路整然とした推理を聞きながら、私はちらりとチェスボードを覗き込む。駒の動きが早く、集中力を要する勝負だというのに、やる気満々の対局者たちは片手で酒杯を傾けている。もちろん、その中には“あの”薬酒と思しきものを呑んでいる人もいて、見ているだけでぞわぞわする。


 


(毒が入ってるかもしれないってのに、よく嬉々として口にするなあ…)


 


 嫌味のひとつでも吐きたいところだけど、横からひょいと割り込んできた人物を見て思わず笑いかける。カトリーヌだ。妹を騙された彼女はまるで真相を暴くための鋭い猟犬のように突進してきた。


 


「セシリア様、例の書類ですが、やっぱり変ですよ! あの日は鐘が三回鳴ったって妹は言うのに、別の商人は“雷鳴のせいで鐘なんて聞こえなかった”って主張していて……ああもう、どちらが本当なのやら」


 


「どちらか、あるいは両方が嘘。それとも別の可能性があるのか。いずれにせよ、そこを突けば何か出てくるはず」


 


 励ますように言うと、カトリーヌは軽くうなずき、意を決したように拳を握った。その瞳は絶対に妹を救ってやるという熱意でギラりと光り、見ていてこっちまで肩が熱くなる。


 


 そんな緊迫感あふれる空気をぶち壊すように、後方からくぐもった声がした。チェス盤を片付け終えた貴族連中が口論を始めたらしい。上品そうに見えて、実は品のカケラもない毒舌の応酬が炸裂している。どうやら見事勝ち抜いた者には国王への進言権が与えられるのをいいことに、あちこちで火花が散っているようだ。


 


「こんな二流の動きしかできない貴族に大事な進言権など与えてどうなる…ま、笑わせてくれるわね。ざまぁ無様って感じかしら」


 


「心配しなくても、あなたが勝ち進む未来なんてないわよ? せいぜい小賢しい策略でも巡らせてみたら」


 


 毒舌合戦が白熱しているというのに、周囲は「まあいつものことだ」とスルー気味。思わず吹き出しそうになった私を、アレクシスが冷ややかな声で制した。


 


「セシリア、こんな薄っぺらい言い争いに気を取られる暇はないはずだが?」


 


「そうでした。宰相サマの計画はどう進んでいるんです? あの側妃イザベルも、大会をごり押しして人を煽っているみたいですけど」


 


「まあ、責任を他所に押し付けるのは得意技だろう。裏で資金を集めようとしている形跡は見えてきた。だが、不用意に騒ぎ立てれば、こっちも無傷じゃいられないのでね。慎重に手を打つしかない」


 


 そう言いながらも、アレクシスの目は冷静に会場全体を見渡している。あれでいて王家の血筋を引く男、とかいう秘密めいた噂を聞いたが…本人は隠す気満々らしいから、私も追及するつもりはない。今はチェス大会と薬酒騒動を無難に収めるのが先決だ。


 


 視線の先では、エドワードが扇子を片手に立っていた。王太子殿下は相変わらず体調が不安定なんだけど、今日は少し顔色が良い。私が気づくと、彼は少し控えめに手を振ってくれる。


 


(彼にはあまり余計なストレスを与えたくない。だからこそ、早くこの薬酒と雷・鐘の謎をはっきりさせないと…)


 


 そんな思いを胸に、老人官と私はこそこそと大会の関係者に話を聞きはじめる。すると意外にも、“雷なんて聞こえたっけ?”とか、“鐘だけが鳴ったんじゃないか”とか、相反する証言がぼろぼろ。あまりの齟齬にまとめるどころか頭の中で混乱も加速するが、逆に言えばこれほどバラバラということは、その嘘には筋が通っていない証拠でもある。


 


「ふふ、隠し方が雑ですね。ごまかしが下手な黒幕がいるみたい」


 


「セシリア様、たまに悪い顔なさいますよね。こっちが思わず背筋を伸ばしてしまう」


 


 老人官は苦笑いしているが、私だって好き好んで悪役ヅラしてるわけじゃない。ただ、白々しい嘘がはびこる空気にどこか楽しさを感じている自分もいて、うまく表現できない高揚感が湧き上がるのだ。暴けるものなら全部暴いてやりたい。嘘をついた輩を泣かせてスッキリしたい。そう思うと、身体の奥にアドレナリンが湧く。


 


 チェス大会も二回戦、三回戦が進むに連れて、会場の熱狂はいっそう高まる。駒が打ち下ろされる音は心臓の鼓動のよう。イザベル派の一味がちらちらと笑いかける姿が見え隠れするたび、嫌な予感が増していく。敵の正体はもう少しで突き止められそうなのに、決め手を掴むにはあとひと押しが必要だ。


 


 そんなふうに焦っていた矢先、カトリーヌが突然、


 


「セシリア様、証人が見つかりました! あの鐘の時刻……実は仕掛けがあったみたいなんです!」


 


 そう叫んで走り寄ってくる。次の瞬間、老人官が「おお」と低く唸る。脳裏には一気にパズルのピースがはまりかける感覚が走った。でも、まだ確証はない。捕まえかけた糸がするりと逃げるかもしれない。本当に否応なく胸が高鳴る。


 


(ここまできたら、もう引き返せない。絶対にあの薬酒がどう関わっているのか突き止めてみせる…!)


 


 周囲では再びチェスの鐘が打ち鳴らされ、新たな対局が始まる合図となった。だが私たちは次こそ“黒幕の居場所”を突き止める準備が整いつつある。それこそ、雷より派手な一撃で真実を白日の下に晒してやるつもりだ。


 


 そう決意した瞬間、視界の端をふわりと黒いマントが横切る。誰かの冷たい視線を感じて振り向いたが、そこにはもう痕跡すらない。まるで「ゲームはまだ終わらない」とでも言わんばかりに、闇が私たちをあざ笑っているかのようだった。


 


 けれども、望むところ。堅牢な嘘や偽りごとき、徹底的にえぐり出して、すべてをひっくり返してみせようじゃないか。そのための準備なら、いくらでもある。雷を捏造しようと鐘の音をかき消そうと、不正を隠す余地はもはや残っていない。もう少し先で、この劇場じみたチェス大会に真っ赤な幕が落ちるとき――誰がざまぁみろと嘲笑うか。いや、それすらも飛び越えて、ひっくり返った勝敗にみんなが絶句する瞬間を想像するだけで…


 


「セシリア、バカみたいにニヤけてるクラ。まあ、その強気の顔、嫌いじゃないよ」


 


 アレクシスの軽口に私は言葉を返さず、ただ面倒くさそうに肩をすくめる。だけど胸の奥底には確かな火が灯っていた。これ以上、陰謀張本人の思い通りにはさせない。騙されて惑わされた人々のためにも、反撃の一手を打ってやる。急激に鼓動が速まるのを感じながら、私は次どの手札を切るか心の中で思案する。


 


 惨めにアタフタする黒幕の姿が早く見たい――その一心で、私はチェスで湧き返る会場を見渡した。勝者だけが進む先に、決定的な暴露の舞台を用意して、みんなに笑顔でプレゼントしてあげましょう。さあ、次に動く駒はどれにする? そのスリルで脳がしびれそうだ。


 


 こんな思いを抱えたまま、強烈なざわめきと熱気に包まれた本日のチェス大会はまだ続く。だが、それこそが最終的なカタストロフの前兆だ――もう誰も止められない。鐘と雷の欺瞞を一手ずつ暴いていくこの快感。すぐそこまで迫る決着に向けて、私たちはさらに前へと駆け出した。誰が勝者となり、誰が敗者となるか。きっと次回こそは、すべてが震える展開になるに違いない。

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