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怪しき薬酒と宮廷遊戯の幕開け2

門の前で衛兵に軽く挨拶をすませ、そそくさと中へ足を踏み入れた瞬間、思わずため息がこぼれた。夕闇が迫る王宮は、いつもに増してざわついている。寂れたお化け屋敷か?と見まがうほどの不気味な雰囲気は、例の薬酒の流行がますます広がっている証拠だろうか。


 


「ご苦労だな、セシリア」


 


待ち構えていたアレクシスが、疲れをまったく感じさせない落ち着いた口調で声をかけてくる。宰相のくせに何という余裕っぷりだ。私は軽く肩をすくめ、「あなたこそ仕事をサボる気じゃないでしょうね」と皮肉を飛ばす。すると彼は鼻で笑いながら書類の束をちらつかせてみせた。


 


「どちらかといえば、これからが本番さ。王太子殿下は安静にしてもらえてるか?」


 


「今のところは問題なし。けど、あの人ってば観戦したいチェス大会が近いから、やれ解説担当を用意しろだの、座席に特別なクッションを置けだの、言いたい放題なんですけど」


 


私がため息をつくと、遠くからエドワードがちらっと顔を出し、手を振っているのが見えた。どうやら抱えたクッションを侍従にせっせと持たせている。少々情けない姿だけど、ころころ変わる表情が素直で憎めない。人が良すぎる王太子様には、この波乱の宮廷は刺激が強いだろうに。


 


そんな私たちの視線を裂くように、どこかで甲高い笑い声が響いた。イザベルが貴婦人仲間を引き連れ、楽しそうに廊下を進んでくる。鼻持ちならないオーラをまき散らしながら、ときおり私のほうをちらりと見やるのは気のせいじゃない。おそらく噂の薬酒の件について、なにやら動きがあるんだろう。侍女のマリアンヌが手を伸ばしてきそうな気配が、背中をひやりとさせる。


 


「セシリア様!」


 


駆け寄ってきたのはカトリーヌ。妹を騙された一件で必死に奔走している彼女の目には、わずかながら光が戻りつつあった。どうやら新しい証拠を手に入れたらしい。領収書や契約書の偽造をかぎつけたとかで、私に紙を見せながら息を切らしている。


 


「この商会の記録、やっぱり妙なんです。街の人が言う時間帯に取引は成立してないはずなのに、別の押印が重なっていて……」


 


書面の文字は何層にも書き直された形跡があり、行間には不正のにおいがぷんぷん漂う。まるで凝ったいたずら書きだが、当人たちは真面目に隠ぺいしようと必死なのだろう。私は舌打ちしたくなるのをこらえつつ、アレクシスに視線を投げる。


 


「これは王宮の中枢に絡んでる可能性が大だね。何か仕掛けているのは確実、その資金が例の薬酒に回ってるかもしれない」


 


アレクシスも書面を一瞥して苦い顔をした。「なるほど。表向きは“甘くて美味”、実態は“毒かもしれない”って噂、どうやらうわさ話で終わりそうにないな」


 


そこへ勝手に割り込んできたのは、宮廷の老人官。おっとりした風貌とは裏腹に、要点を突くときの目つきが抜群に鋭い。つい先日も“鐘の音が一致しない”なんて詳細な指摘をして真犯人を追いつめた聞き覚えがある。彼はひそひそ声でぼそりと言った。


 


「噂じゃ、チェス大会の裏方も薬酒の売り上げで潤ってるとか。優勝者が王様に面会できるという特別ルールも、誰かさんの思惑らしいな」


 


「誰かさんって、もう名前が見え透いてる気がするんですけどね」


 


これ以上言及しないのが大人のマナーだろう。私は内心げんなりしながらも、次から次へと湧き出る不穏な情報に目が回りそうだ。どこを探ってもイザベル派がちらつき、あちらで妙な布石を打っては、こちらで手を回してくる。もはやチェスというよりホラー映画のチェイスか何かだ。


 


「あたし、次の休暇は絶対ゆっくりしたいんですけど」


 


誰にともなくこぼした弱音には、当然誰も答えてくれない。カトリーヌは妹のためと踏ん張っているし、アレクシスは宰相としての任務を怠らないつもりだろう。エドワードにはチェス大会こそが楽しみのようだし、イザベルは好き放題。結局、私がうろちょろしながら毒の確認をするしかないのだ。


 


「どうせやるなら、徹底的に暴きましょ。最後に笑うのはこっちですから」


 


私の決意表明に、アレクシスがほんのわずか口端をつり上げる。まるで「何でも解決してくれるだろう?」と根拠のない信頼を押しつけてくるような顔に、私は思わず胸がざわついた。そんなすごい人間でもないのに、といつも思うのだけれど。


 


ともあれ、薬酒をめぐる闇をひっぺがせれば、イザベルの思惑もあぶり出せるはずだ。チェス大会は目前だし、事件が重なりに重なって、もう王宮中が甘ったるい酒の香りで酔わされているかもしれない。けれども、毒見役兼・宮廷薬師として、ここらで派手に動いてやるのも悪くない。


 


負けてたまるか。そう腹を括ったとき、廊下の向こうでマリアンヌらしき人影が微笑みながら消えるのが見えた。おそらく彼女たちもこちらの出方を探っているのだろう。臭いものには蓋を、ついでにこちらは更に暴露してやるという鬼ごっこがとうとう本格化してきた。


 


――もう後戻りはできない。宰相が撒き散らす冷徹な策と、華やかな笑みをまとって暗躍する側妃。そこに無自覚な王太子の優しさと、必死に証拠をかき集める人々の情念が重なる。ざまぁ狙いも毒舌も存分にぶちかまして、楽しくスリリングにぶち破ってやるしかない。


 


その夜、私の足音は妙に軽快だった。それはきっと、自覚のないまま自信めいたものが芽生え始めているからかもしれない。だって私、普通の薬師じゃないのだから――と、ちょっとだけ思い上がったって罰は当たらないはず。チェスの駒が動き始める前に、目にもの見せてやる。次回はさらに波乱の火花が散りそうな予感だ。

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