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神託の乙女と仮死の妙薬5

セラフィーナの遺体搬出から数日、神託の乙女喪失の余波は想像以上に大きかったらしい。あれだけ祭り上げられた存在が急死として記録され、あっさりと送り出されたのだから、宮廷の空気がしらじらしくなるのも無理はない。


しかし唐突な「幕切れ」は、私にはどうにも心に引っかかって仕方がない。刺激的な事件をまとめてドロン、なんて手品のようだもの。ある日、私が廊下を歩いていると、例の文書管理官ヴィクトールが真面目な顔で近づいてきた。


「セシリア殿、やはり例の検視記録におかしな点が見つかりました。正式な文書なのに、核心部分が綺麗に抜け落ちているのです」

「抜け落ちたって、お手軽な手癖でシュレッダーにでもかけられたとか?」

「焼却処分の形跡はありません。でも肝心要の段落が丸ごと消えている。こちらとしては闇から闇に葬られたと見ております」


ヴィクトールは控えめな口調ながら、微妙に目が笑っていない。こういうとき、彼の神経の太さがひしひしと感じられる。そう簡単に動揺しないところが、彼の強みなのだろう。


「ま、予測通りと言えばそうだけど。証拠不十分で幕引きされた毒殺未遂なんて、ありがとうございましたって感じ。おかげでイザベル様は嫌疑だけ掛けられて、なにも得せず大損じゃない?」

「彼女も相当眉を吊り上げてますね。裏で手を打ったはずが”結果だけが尻すぼみ”になった、と」

「ざまあ……とまでは言わないけど、まあ、ご愁傷さまね」


そこへ宰相アレクシスが、相変わらずすました顔で姿を現す。私の毒舌を聞きつけたらしく、「やけに楽しげだな」とささやかに笑う。その声にはどこか凍るような冷淡さが混じっているけれど、もう慣れた。


「セシリア、お前の鼻が利くおかげで、当面は大々的な捜査の継続はなさそうだ。よって混乱は最小限に抑えられる」

「はいはい。宮廷の平穏が第一。その割には王太子殿下が相当参ってるらしいじゃない?」

「彼はセラフィーナの死に責任を感じているんだろう。あの優しさが、ときに自分を蝕むとは気づいてない」

「ああ、甘ったるい性格の王太子には酷な話ね」


正直言えば、今さら混乱を恐れて真実を伏せる宮廷にはうんざりするけれど、彼らが恐れるのも分かる。神託の乙女が生きているのか、それとも本当に死んだのか。もし後者だとしても、死の原因を先延ばしにしたまま幕を引けば、腐ったウミがいつか爆発するのは目に見えている。


「このままじゃ、またどこかで新しい”仮死騒ぎ”でも起こってくれるんじゃないかってワクワクしてきたわ」

「あまり物騒なことを言わないでください。セシリア殿、興味が先行するととんでもない行動に出るから」

「私は自称・平和主義者。でも有用な薬を見つけるのは大好きでして」


私がわざとらしく肩をすくめると、アレクシスは小さく鼻で笑った。そのまま私をじっと見下ろしてくる。いつも通り人を小馬鹿にした…いや、実に冷徹な視線だ。


「お前が”仮死薬”にどれほど詳しいかは分からないが、諜報部のお偉方が言うには、調合できる者は国内でも数人らしい。誰かがセラフィーナに手を貸した可能性は高い」

「もしセラフィーナ本人が薬の配合を把握してたなら、別だけどね」

「十分にありえることだ。彼女は王国間の政治材料でもあった。得体の知れない知識や手段を隠し持っていても不思議じゃない」


その論理はもっともだけれど、気がかりなのはセラフィーナがわざわざ死を偽装した先に、どんな目的があるのかだ。自由を取り戻したい? 国境を超える外交戦略に利用されたくない? そのどれも plausible だけれど、ここまで大掛かりに下準備しないと実行できないものだろうか。


「ま、このまま政治的に収束していただくのは宮廷にとっても都合がいい。真実を暴くより、黙って波風立てずに終わらせるほうが得策って声ばっかり」

「だが、俺は違う。なにより、このままでは再び騒動が起きる確率が高い。だから頼む、もう少し掘り起こしてくれないか」

「私の”有能さ”が欲しいってことね」

「そういうことだ。ここまでの結果を出すなら、一番信用できる」


アレクシスにあっさり言われると、内心くすぐったいが、表情には出さない。どうせ利用価値があるから声を掛けているだけだって分かっている。けれど、この国の宰相にそんなふうに頼られるなら悪い気はしない。


「ふふ、仕方ないわね。宮廷毒見兼、ひとり探偵みたいな役回りは慣れっこだもの」

「報酬は弾む。銀の小瓶でも宝石でも好きに選べ」

「やだ、下手な褒め方されるとこっちが照れるじゃない」


するとヴィクトールが、「そういえば銀の小瓶ですが、宝物庫の名簿管理で微妙に改ざんされてる可能性が」と口を挟む。ほんの些細な記述ズレらしいのだが、彼はそこから闇を拾い上げる天才だ。アレクシスもすぐに反応して、彼と短く言葉を交わしている。要するに、この件はやはり宮廷の上層部が怪しい。


「神託の乙女を失った分の外交損失を、どこかで埋めたい人間が裏で動いてるのかも。まるで亡霊みたいに、ひっそり横やりを入れているわけね」

「それが政治だ。俺としても親切に説明はしてやれないが、好きに泳いで掬い上げてくれ」


アレクシスはそこで言葉を切り、私を真っ直ぐ見据える。仮面の微笑みがわずかに薄れたように見えたのは気のせいだろうか。もしかしたら、彼もセラフィーナとの間で、なにかしら掴んでいるのかもしれない。


「まったく、陰謀の香りが濃厚で、お腹いっぱいになりそう。次の儀式だとか国交問題だとか、盛りだくさんすぎるわ」

「退屈させないのがこの宮廷のいいところだろ?」

「そこは認める。でも私の神経が保つかどうかは微妙ね」


お互いに皮肉を投げ合いながら、私たちはそれぞれ次なる行動へ動き出す。どれだけ探るべき闇が広がっているのかは分からない。だが、見ないフリをするよりは性に合ってる。


一方、廊下の端では「セラフィーナ様は本当に亡くなったのかしら」「お葬式も静かすぎたんですもの」と声を潜める侍女がちらほら。宮廷内のほとんどは、消えないうわさ話をむしろ怖がっている節がある。


だったら私が引き受けよう。己の興味に忠実に、真相を白日の下へ。こんな面白い舞台、手放すには惜しい。それに私には、アレクシスやヴィクトール、そして要所要所で助け合う人たちがいる。


セラフィーナが本当に死んだのか、仮死から目覚めたのか。その問いは、彼女の失踪と併せて宮廷の中心に落とされたまま揺れ続けている。一度踏み込んだら最後、引き返すのは絶対に不可能というわけ。


いいわ。どんな陰謀だろうと、何杯でも飲み下してみせる。そうしないと、ふたたび眠れぬ夜を過ごすことになりそうだから。


「じゃあ、明日から本気モードに切り替えますか」


そう意気込んで踵を返す私を、アレクシスは軽く顎で送り出してくれた。彼らしい無言の応援だ。


ざわつく心を抱えながらも、私の胸は期待と不安で弾んでいる。人の死に関わるなんて不謹慎な話だけど、どうせなら盛大に盛り上がってほしい。仮死なのか、それとも真の死か――どちらが転がっていようと、私はしぶとく薬師として真相の先へ踏み込みたいのだ。


こうして、すべてが闇に呑み込まれる前に。世にも珍しい仮死毒の真偽を巡る幕は、まだまだ降りない。セラフィーナ、あなたがどこかで生きているなら、どうか覚悟して。今度こそ、あなたの逃亡劇ごと丸ごと暴いてやるから。

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