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神託の乙女と仮死の妙薬4

神託の乙女セラフィーナの「急死」が発表されて数日。あれほど華やかな夜会で騒ぎ立てられた毒殺騒動は、いまや宮廷の誰もが直視を避けるタブーのように扱われていた。表向きは「病弱なセラフィーナ様が、事件のショックを契機に体調を崩して急逝しました」という公式見解。それでも奇妙な沈黙が廊下を這うように広がり、貴族や使用人の視線はどこか落ち着かない。


 


「大方の噂じゃ、イザベル様が裏で糸を引いてたんだって? あれだけ派手に疑われて、可哀想なようなザマアなような……」


 


 侍女たちのひそひそ話が聞こえてくる。イザベルは今も優雅な笑みを貼り付けたままだが、このところ姿を見掛けるたび、微妙に目つきが笑っていない。毒の犯人扱いが証拠不十分でフェードアウトされただけ、当人としては相当面白くないに違いない。


 


「少なくとも私の目には、イザベルが犯人って筋はゆるゆるすぎて笑っちゃうレベルだけど」


 


 そう呟くと、私の背後で「同感ですね」と柔らかく声がした。振り返ると文書管理官のヴィクトールが控えめに微笑んでいる。よくもまあ、あの大騒ぎの後でも淡々としていられるものだ。


 


「セシリア殿、私の管理する記録類にちょっとした欠落が見つかりましてね。セラフィーナ様の遺体搬出に関する文書が、どうにも怪しい。検視の報告書が一本すっと抜けているんですよ」


 


「へえ、お得意の隠滅ですかね。しかも例の侍女あたりがニヤニヤしながら焚き火にくべたとか。宮廷あるあるすぎて逆につまらないわ」


 


 毒舌交じりに返すと、ヴィクトールは小さな苦笑を浮かべる。いや、彼も相当タフだ。こうして誰かの不正を暴くのが日常らしい。書類の抜け落ちや謎の書簡なんて話ばかり飛び込んでくると、よほど神経が太くなければ続けられない職業だろう。


 


「ただ、今回のは単純な燃やし忘れではなさそうです。きちんと保管された形跡があるのに、肝心の本文だけが消えている。その不自然さが……」


 


「書類ごと仮死状態、なんてわけでもあるのかしら」


 


 私がくすっと笑って茶化すと、ヴィクトールはさらりと「ありえないとは、言い切れませんが」と大真面目に返してくる。アレクシスいわく、この男の情報網はいつも一歩先を行くとのこと。ならば信じるしかない。


 


「じゃあ、セラフィーナ様が本当に死んでない説。もしくは仮死の薬を使い、なんとかお逃げになった説も、ひっそり残ってるってことですね」


 


「その可能性は充分に。何しろ、決定的な証拠がなにもありません」


 


 私はその場で小さく唸った。宮廷医師として、死因を確認したわけでもない。彼女がベッドで息絶えた頃には、私は別の治療で手が離せず、追って駆けつけた頃にはもう「遺体」は消えていた。式やお別れの儀式も最小限の形で執り行われ、しかも華々しく見送られることなく終わってしまった。


 


「まったく、ベルラメールの新作“暗黒に沈む王宮”とかいう絵の噂が現実になりそうで怖いのよね。誰が仕掛け人か知らないけど、私の退屈を一気に吹き飛ばしてくれるわ」


 


 そんな軽口を叩いていると、宰相アレクシスが書類を抱えて現れた。一見クールな仮面をかぶっているが、いつも私に仕事を押し付ける時はわざとらしい甘い笑みを浮かべるのだ。


 


「セシリア、今夜中にイザベル様のもとへ行って“彼女が本当に何を掴んでいるか”を探ってきてくれ。早期収束が国のためだ」


 


「うわ、こき使いますね。私、無料の諜報員じゃないんですけど」


 


 毒のように冷えた視線を返しても、「君が一番有能だから」とさらり。しかし褒め言葉を真に受けるほど私はお人好しではない。利用価値があるから呼び出されているだけ。もっとも、そこそこ楽しいから受けてしまうのだけど。


 


 一方で、王太子エドワードは自室で静養を続けているらしい。今回の騒動がひどく堪えたようで、私が配合した新薬を飲んでは休み、飲んでは休み、の繰り返しだ。どれだけ心優しい彼でも、自分の宮廷で人が毒殺(?)され、しかも神託の乙女が死んだとなれば気が滅入るのも仕方ない。


 


「王太子殿下には悪いけど、今の私には彼を癒やす余裕がないのよ。背景がぐっちゃぐちゃすぎて、どっから手を付ければいいのやら」


 


 ため息交じりにつぶやきつつも、毒のことなら私に任せておきなさいという妙な自信が湧いてくる。かつて現代の薬剤師だった頃の豊富な迷知識が、こんな場面で役に立つなど転生冥利に尽きるというものだ。


 


 そして、仮死を誘発する特殊な薬――それを調合できる腕を持つ者は、王宮内ではかなり限られている。うっかり漏れるものなら大問題になりそうな禁秘の技術だ。まさかセラフィーナが自身で用意したのか、それとも黒幕が賦与したのか。いずれにせよ私は確かめないと気が済まない。


 


「というわけで、私も捜査の真似事をしますか。せっかく怖いもの見たさでワクワクしているんだし」


 


 これを聞きつけたヴィクトールが、遠慮がちに微笑む。同時に手元のメモを差し出してくる。


 


「先ほど、王立の宝物庫で“不審な銀の小瓶”を見かけたと報告がありました。もしかすると仮死薬の件に関連があるかもしれません。詳細を調べようとしたのですが、既に管理表が改ざんされていて……」


 


「おやおや、出たな。銀の小瓶って、以前にもどこかで見かけた気がするわ。これが鍵かもしれないわね」


 


 鼓動がどくどく高鳴る。思えば最初の“弱い毒騒ぎ”で違和感があったのは、「毒を盛った」ことそのものではなく、その先にある“壮大な仕掛け”だ。そして今度はセラフィーナの仮死と銀の小瓶に繋がりそうな匂いがする。


 


「セシリア、頼んだぞ。ここが正念場だ」


 


 アレクシスの低い声が私の耳元をくすぐる。どれだけ得体の知れない狂言回しが潜んでいようとも、やってやるしかない。まんまと踊らされている感はあるが、嫌いじゃない。この脈打つ好奇心を抑えられるほど、私も大人ぶった薬師ではないのだ。


 


 セラフィーナは本当に死んだのか。それとも華麗に姿を消したのか。わからないからこそ、ゾクゾクする。宮廷中で渦巻く疑念も不審も、すべては次の一手に向かって加速していく。政治的思惑にドロドロした恋愛トラブルまで色々混じり合い、この古城のどこかにある“真相”はいっそう輝きを増している。


 


「さて、表舞台を霧散させたその亡霊さんが、どんな出し物を用意しているのか。私も全力で見物させてもらいましょう」


 


 そんな皮肉たっぷりの独り言を呟きながら、私は廊下を早足で抜ける。次にどこから牙をむかれるかはわからない。だけど、そのスリルこそがたまらない。そして、宮廷上下の感情が目まぐるしく上下し始める今が、一番の見せ場だろう。


 


 ちょっとやそっとの駆け引きじゃ満足できない。私を面白がらせるなら、もっと思いきり毒を撒いて、陰謀を張り巡らせてみればいい――そんな挑発すらしたくなるほど、ここは甘くて危険な迷宮だということ。風がざわりとカーテンを揺らし、まるで不気味な囁き声のように耳を撫でた。


 


 次章。銀の小瓶とセラフィーナ失踪の真実を巡り、この陰謀劇はさらに深みへ落ちていく。どうせなら限界までゾクゾクしてから、最後は笑い飛ばしてやれと心に誓いつつ、私は医薬箱を抱えたまま民衆の喧噪の中へ歩き出した。いざ行かん。宰相の飄々たる応援も、どこか背中を押してくれている気がするから。真実を闇から引っ張りだすのが、どうやらこの薬師の使命らしい。いやはや、実に忙しくなりそうだ。

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