神託の乙女と仮死の妙薬3
煌びやかな夜会がさらに熱気を帯びたころ、ぽつんと聞こえてきた悲鳴が騒然とした空気を生み出した。希少な茸を使った特別料理を口にした近衛兵が、苦しげに倒れたのだ。
「はいはい、また毒ですか。まったく、もう少し刺激的な仕掛けにしてくれたら私の目も覚めるんですけど」
そう皮肉っぽく口を尖らせつつ、私は兵の症状を素早く確認する。よほど強い毒かと思いきや、どうにも不自然なほど軽い。胃を押さえてうめいているものの、命に関わるほどの症状ではなさそうだ。
「セシリア、どうだ? 間違いなく毒なのか?」
宰相アレクシスが傍らで低く問いかけてくる。どこかあざとく耳元に口を近づけてくるのは相変わらず。私はちらりと兵を見やりながら首を振った。
「うん、毒には違いないけど、弱すぎて逆に怪しい。こういうのは大抵、誰かを犯人に仕立てたい時の手口ですね」
その一言に、付近の貴族たちが「イザベルがやったんじゃない?」と囁き始める。まるで用意された脚本通りに動き出したみたいに、一気にイザベルへの視線が集中した。
「私がそんな姑息なことをすると思うの?」
イザベル本人はぎこちない微笑を浮かべながらも、内心は釈明を焦っている様子。その背後で侍女のマリアンヌが動きを止め、手持ちの扇をきゅっと握りしめていた。ひどく苛立っているのがバレバレだ。
「ざまぁとも言いたいけど、あの人、今ほんとに追い詰められてるわね」
ぶつぶつと呟いていると、文書管理官ヴィクトールが近寄ってきた。まるで冷静な観察者のように、騒ぎの詳細を端的に整理してくれる。
「倒れた近衛兵はセラフィーナ様を護衛している者の一人です。どうやら料理に入った茸が原因らしく、イザベル様が“特別な献立を仕立てた”と朝から噂になっていました」
まあ、いかにも怪しい導線だ。セシリアの私ですら、これが不自然な茶番に見える。匂わせておいて、たったこれだけの毒。こんなぬるい仕掛けでは、真犯人がやる気ないとしか思えない。
一方、セラフィーナは壇上で恍惚とも焦燥とも言えない表情を浮かべていた。薄化粧の下には疲れがにじむ。腰に巻いた白いリボンをぎゅっと握りしめている仕草が露骨に不安を物語っていた。彼女を視界に捕らえながら、私は急に気になって首をかしげる。
(もしかして、もっと別の大仕掛けがあるんじゃない?)
考えているうちに、アレクシスが私の腕を軽く引いた。
「これ以上騒ぎを表立たせるな。裏で探れ。あとで詳しい結果を報告してくれ」
相変わらず冷酷に見えて、私にだけは妙に信頼を寄せている。人をコマ扱いするのは腹立たしいが、便利に使われていることを否定はできない。でも、毒に関しては誰より詳しい自信があるのも事実。私の役目は、宮廷が本当に求める答え――“黒幕の存在”を見極めることなのだろう。
ヴィクトールも淡々と資料を拾い集めているようで、さっきから出席者名簿をしきりにチェックしている。ここ数日の間に、セラフィーナが内密に書簡を送ったらしいとの噂まで突き止めているらしい。その宛先は国外。新たな“神託の乙女候補”を呼び寄せようとしている、なんて話も流れているが、それが真実かどうかは疑問だ。何せ、イザベルの仕業と決めつけさせておいて、本当の焦点はセラフィーナのほう……そんな図式が見え隠れしている。
「ねえセシリア、あの子が自分をおとりに何かやらかしてる可能性、ないかしら?」
イザベルが息を殺しながら私に問い掛けてきた。意外な相手から疑いの言葉が飛んできて、一瞬笑いそうになった。彼女から見てもセラフィーナは信用ならないらしい。まあ、美しさも注目度も独り占めしそうな娘だし、嫉妬と疑念が入り混じるのも当然か。
「裏切りが日常の宮廷で、毒を使ってまで目くらましをした人がいる。そういうことですね」
私が含みをもたせて答えると、イザベルはあからさまに顔をしかめた。さらに奥を覗き込めば、侍女のマリアンヌが書類を抱えて何やらこそこそ動いている。証拠隠滅か、根回しか、ろくでもない手が走っているのは想像に難くない。
その場の混乱を上手く利用しているのがセラフィーナだとしたら――なんだか鳥肌が立ってきた。あの儚げな微笑の奥に、何が渦巻いているか分かったものじゃない。しいて言うなら、この弱々しい毒騒ぎすら“やつの作戦”かもしれないと思うだけで、こっちが軽く震える。どこまで周到なんだか。
「ここからが見どころだな……」
私がそっと吐き出した言葉に、ヴィクトールが気配を殺してうなずく。それでもアレクシスは、冷静を保ちつつ周囲の貴族へ朗々とした声を上げた。
「本日の会食は中断とする。近衛兵の安全が確認され次第、改めて夜会を再開しよう。無用な風評は禁物だ」
そう言われ、騒ぎを散らすように人々はしぶしぶ退出していく。私はその処置に内心苦笑いだ。結局、大事にはならず、うやむやに終わる。表面的には。だが裏では、セラフィーナがこっそり次の一手を打とうとしているのが目に見える。
最後に、暗い廊下の隅からベルラメールの姿がちらりと見えた。絵筆を持ち、どこか夢遊病みたいな足取りで歩いている。その新作の噂をちらっと耳にしていたけれど、「王宮全体が闇に沈む」なんて不吉な暗示が描かれているとか。あまりにタイムリーな災厄予告ではないだろうか。まったく、誰も彼も秘密好きで困る。とはいえ、そのおかげで私も退屈している暇など微塵もない。
(いったい、この夜会の続きを、誰がどう演出するつもりなのかしら)
いつもは毒と薬の狭間で生きる私だが、今夜ばかりは強烈な陰謀の匂いをまとっている。弱い毒騒ぎなんか序章にすぎず、本番はここから。次の夜会が再開した時、セラフィーナの瞳には何が宿るのだろう。乙女の優しい微笑か、それとも冷酷な野心か。
そう思うと、心臓がいやに高鳴ってくる。こんな感覚、ちょっと病みつきになる。怖いのに、目を背けられない。逃げ道はどちらにあるのだろう――と、自問しながらも、私は次の波乱を迎え撃つ覚悟を固めつつあった。次の夜会こそ、誰が笑い、誰が泣くのか。やれやれ、実に楽しみで仕方ないじゃないか。




