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神託の乙女と仮死の妙薬2

セラフィーナが王宮に入り、数日が経った。


私はといえば、相変わらずエドワード殿下の治療に追われている。日増しに痛みに耐えづらそうな彼の姿を見ていると、医師団からの「奇跡にすがろう」という声が嫌でも頭にこだまする。しかし当のセラフィーナ本人は、肝心なところで顔色が冴えないというか、むしろ自分が奇跡を求めたいくらいの疲弊を漂わせている。


 


「一体、あの神託の乙女は何者なんだろう」


 


そんな独り言をこぼしていたら、ひょいと背後からアレクシスの声がした。宰相閣下、また人の動揺を見逃さない得意の不意打ちである。先に警戒していたはずなのに、この人はいつも高級な靴音さえ忍ばせて近づいてくるから困る。


 


「探りを入れたら、どうやら彼女の故郷での記録に齟齬があるらしい。国境通過の書類も一部が隠されているようでね」


 


アレクシスは嫌味なほどさらりと情報を落とす。さすがこんな宮廷で堂々と権力を握るだけある。私が驚いた顔をするかどうか、まるで試すみたいな目つきだ。


 


「さぞ面倒な事情があるんでしょうね。ま、私には余計な詮索をする暇もないんですけど」


 


そう言いながらも、心のどこかでむずむずする。変な事件には首を突っ込みたくないのが本音だけれど、どうも平穏を乱す匂いが漂っていると放っておけない性分らしい。


 


アレクシスが軽く笑ったところで、ふと視線を横にやると、ヴィクトールが控えめな足取りで近づいてきた。文書管理官の彼はやけに真剣な面持ちだ。


 


「宰相閣下、セラフィーナ様の身分証について追加で確認したいことがありまして。先ほど書庫で古い公文書を調べたところ、到着報告と実際の渡航日が合わない可能性が――」


 


そこで言いかけたヴィクトールが、私に気づいて言葉を引っ込める。どうやらまだ内密に扱いたい話のようだ。アレクシスは「構わない」と小さく頷く。


 


「セシリアは余計な口外をしない。むしろ頼りになる存在だ」


 


唐突な信頼宣言に、正直むずがゆい。余計なお世話じゃないかと突っ込みたいけど、わざわざ否定するのも逆効果だ。仕方ないので黙ってヴィクトールの話を聞く。


 


「セラフィーナ様は、故国で“行方不明”になった時期があるんです。公式には神殿で修行されていたという記録でしたが、その間何をされていたのか別に再調査が必要かと。しかも書類が妙に重複していて、削除の跡もある」


 


――なるほど、相当きな臭い。思わず苦笑いが込み上げる。王宮の陰謀とはいえ、一人の乙女をここまで推し祭り上げる裏には、よほどおいしい見返りがあるのだろうか。


 


その日の夕方。私はどうにかエドワード殿下の検査を終え、少しだけ肩をほぐしていた。すると、遠くの廊下をセラフィーナが足早に通り過ぎるのが見えたから、慌てて声をかけてみる。振り返った彼女は、息を呑むほど儚い表情だった。神託の乙女だなんて呼ばれているけど、化粧も薄く、どこか夜目にも沈んだ色を浮かべている。


 


「大丈夫ですか? 最近、かなりお疲れみたいですけど」


 


自分でも驚くほど優しい声で問いかけていた。するとセラフィーナは、小さく笑みを作ってみせる。それが逆に痛々しくて、こっちの心がきゅっと締めつけられる。


 


「大丈夫。私は神様のご加護で、いつだって丈夫でいなきゃいけないんです。そういう“役目”ですから」


 


ふわりと髪を揺らす姿は美しいけれど、その笑みの奥には深い疲労があった。胸を痛めつつも、そこに踏み込みすぎるのは危険だと本能が警告する。彼女が背負っている荷を、私が簡単に支えられるわけがないから。


 


その翌日、宮廷内で妙な噂が広まり始めた。イザベルとマリアンヌの周囲が、セラフィーナの“ある秘密”をちらつかせているらしい。夜会での儀式をセラフィーナ自身が「やりたくない」と漏らしたことが発端だとか。かわいそうに、神託の乙女がどんな儀式に縛り付けられているのか想像するだけでぞっとする。


 


「まるで見世物扱いだな」


 


そうぼやいたのは、たまたますれ違った侍女。私だって同感だ。このままじゃセラフィーナが歩くたびに後ろからいろんな手が伸びてきそうだし、何かしら“逃げ道”を探してもおかしくない。むしろ、私でも同じ状況なら夜逃げしたいくらいだ。


 


そして迎えた夜会当日。広間の飾りつけは眩しすぎるくらい華麗で、王妃の意気込みまで感じるほど。表向きはセラフィーナを祝っての大がかりな催し、と言われているが、どう考えても裏にイザベルたちの思惑が隠れている気がする。誰が得するのか、誰が損をするのか――そんな魑魅魍魎の思惑がごちゃまぜになっているようで、呼吸するだけでも緊張で胸が荒れる。


 


「セシリア、心の準備はいいか?」


 


アレクシスがわざとらしく耳打ちしてくる。まるでこれから戦場に突撃するような口調で。正直、この宮廷こそ危険地帯だが、私は毒見役兼宮廷薬師。地雷原の隅を歩くのには多少慣れたつもりだ。


 


振り返れば、ヴィクトールは広間の端で控え、何か微妙な真顔で状況を観察している。どうやら今回も、徹底的に書類を読み込んでミスのないよう立ち回るつもりらしい。そこへイザベルの笑みがちらつくと、寒気が背筋を撫でていく。悪趣味な劇が始まる瞬間を――私は不謹慎にも、少しわくわくしている自分に気づく。


 


そう、これからが本番だ。セラフィーナは神託の乙女として完璧に飾り立てられ、舞台の中央に立たされる。だがあの金の瞳が映しだすのは、恐怖か、それとも決意か。あるいはそのどちらでもない、別の何かかもしれない。


 


いずれにせよ、彼女はここから逃げ出したがっている――そんな予感がひしひしとするのだ。私だけじゃなく、アレクシスやヴィクトールも薄々気づいているはず。さて、この乙女が夜会で何をしようとしているのか。想像すると、背中を走るのは寒さか、はたまた奇妙な興奮か。


 


これまで静かだった水面が、いよいよ大きく揺れ始める。セラフィーナが抱える秘密が浮上したとき、王宮の秩序はどう崩れていくのか――そして私たちはどこまで巻き込まれるのか。


 


「さあ、盛大なショータイムに付き合ってあげようじゃない」


 


くすりと笑いながら、私は人混みをかき分けて広間へ向かった。踏み出すたびに、胸が高鳴る。喜劇か悲劇か、幕が開くのはもうすぐだ。どうか、一筋縄ではいかない展開を。神託とやらの正体を、その目で見極めてやる。舞台の上に立つのはセラフィーナだけでなく、この王宮に群がるすべての人間かもしれないのだから。

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