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神託の乙女と仮死の妙薬1

迎賓の角笛が境内を震わせた瞬間、私の背筋にひやりとした違和感が走った。まるで、これから始まる大芝居の幕が一気に開いてしまったかのような――とにかく嫌な予感がする。目を向ければ、王宮の大広間は普段とは比べものにならないほど華々しく飾り立てられ、赤じゅうたんを踏みしめながら現れたのは、他国から“神託の乙女”として迎えられたセラフィーナという少女だ。


 


 その姿を一目見て、まず思ったのは「思ったより小柄なんだなあ」という単純な感想。長い金色の髪に薄いヴェールをまとい、どこか異国の香りが漂う。大人たちは彼女を“神からの使い”と祭り上げて大騒ぎしているが、当の本人は視線をそらしてばかりで落ち着かない様子。むしろ压倒的な歓迎ぶりに怯んで見える。


 


 「皆さん、本日はわざわざお集まりいただきありがとうございます」


 


 式典を取り仕切る王妃が涼やかな声で挨拶を始める。そういえばいつもより上機嫌なのは、セラフィーナを政略の弾みに使う算段でもあるのだろう。高価なドレスの裾を翻しては得意顔を見せ、隣で控えるイザベルやマリアンヌもまた鋭い光を瞳に宿している。こういうとき、彼女たちはしれっと巧妙に手を回すから厄介だ。


 


 一方で、私はといえば、背後から突き刺さる焦燥をどうにかやり過ごすのに必死。なにせ、王太子であるエドワード殿下の病状が芳しくなく、最近また何度か危ない症状が出た。周囲は“神託の乙女の奇跡”にすがりたいというけれど、正直そんな未知の力なんか当てにしたくない。もちろん奇跡があるなら助かるのは嬉しいけど、そうそう都合のいい話が転がっているとは思えない。


 


 式典は続く。セラフィーナは半ば強引に壇上へ導かれ、「神託とは何ぞや」と聞かれても曖昧な笑みばかり浮かべていた。まるで、台本を用意してもらっていない役者のようだ。周囲は「神託の乙女様、素晴らしいわ」と持ち上げるが、彼女自身は困っているか怖がっているか、どちらにせよ痛々しい。少しいじわるい言い方をすれば、神様から雑に送り付けられた生け贄みたいで、見ていて気の毒になってくる。


 


 「セシリア、君の鼻はどうだ? 何か違和感はないか」


 


 いつの間にか隣に立っていたアレクシスが、ぼそりと声をかけてくる。私の“鼻が利く”だなんて評判、どこで広まったのやら。まあ、妙な物音や気配を察するのが早いという意味らしいけれど、本人はとくに自覚がない。でもアレクシスが訊いてくる以上、何かあると思ったほうがいい。


 


 「そうね……神託というより、ただの政治利用の粉飾臭がぷんぷんするわ。あの子は自分の立場を理解してないんじゃない? あるいは、理解しすぎて怖くなってるのか」


 


 小声で答えると、アレクシスはうっすらと笑った。「実直な意見だ。君のそういう歯に衣着せぬところ、助かるよ。私としては、彼女が自ら何か意図して動いているかどうかを確かめたい。ヴィクトールにも調査を任せているが、何か耳に入ったら教えてほしい」


 


 またそうやって私に裏仕事を依頼しようとする。宰相閣下、もう少し忖度というものを学んでいただきたい。しかし、エドワード殿下のこともあるし、断るわけにもいかない。この宮廷で本当に頼りになる人を数え上げると、アレクシスも候補の一人……だから甘んじて利用されるしかない。


 


 式典の終盤、セラフィーナが神託の舞とやらを披露することになった。舞台上には薄い絹が張られ、香が焚かれる。緩やかな音楽に合わせて、彼女がふわりと手を広げた――そのとたん、さっきまで浮かべていた曖昧な笑みがすっと消えて、少し愁いを含んだ瞳になる。こちらから見てもわかるほどの微かな苦悩。これが“役作り”なんだとしたら大した演技力だけど、どうにも本気で哀しそうに見えた。


 


 踊りに魅了されたように一瞬静まり返った会場で、誰かが息を呑む音が聞こえる。女神の化身だとか、神託の使者だとか、そういう大げさな称号が張り付くなか、セラフィーナはそっと顔を伏せる。張り詰めた空気に包まれているはずなのに、私は妙に不穏な感覚を覚えた。まるで悲劇の始まりを告げる一幕みたいじゃないか。


 


 ふと目線をずらすと、イザベルの唇がなにやら不敵に笑っているのが見えた。マリアンヌも同調するみたいに冷たい視線を送り続けている。あの二人がおとなしく祝福しているはずがない。それが私の経験上の結論だ。いったい何を画策しているのか、考えただけで胃が痛い。


 


 舞いを終えたセラフィーナが、信じられないほど淋しげな眼差しを一瞬私に投げてきた気がする。やっぱりただ者じゃない――けれど、か弱い子猫というわけでもなさそうだ。


 


 「セシリアさま、何か問題でも?」


 


 ちゃっかり近づいてきたマリアンヌが、わざとらしく首をかしげる。私は盛大にため息をつきたいのをこらえて、適当にはぐらかした。「問題? いつだって山ほどあるけど、あなたたちに言っても意味ないでしょう。今はただ、殿下の看病に専念したいだけ。神託の乙女様を連れてきたのなら、その方がお得意の奇跡とやらを発揮してくれるんでしょうし」


 


 マリアンヌは「ふふ、ではご自由に」と笑って去っていったが、その含み笑いがどうにも鼻につく。余計なことを企んでいる顔だ。ああ、めんどくさい。侍女たちがわざわざ焚き付けるように煽るから、ますます裏があるとしか思えない。


 


 結局、華々しい出迎えは虚飾そのものだという臭いが充満するまま、セラフィーナの到着を祝う大掛かりな式典はお開きとなった。残ったのは、きらびやかな装飾と、充電切れ寸前の私の神経、そして何よりも彼女の憂い。まるでいつ崩れるとも知れない城壁に亀裂が走ったみたいに、重苦しい予感が広がっている。


 


 その夜、私はエドワード殿下の部屋を訪ねた。弱々しい笑みを浮かべた殿下は、セラフィーナの噂に少し救いを見出しているご様子。でも正直、神託とやらに賭けるにはリスクが大きすぎる。だからこそ私の仕事は終わらない。奇跡より現実的な治療法を見つけ出さなきゃならないのだ。


 


 式典の熱気は冷めやらず、しかしその裏では不穏なささやきがじわじわと渦巻いている。アレクシスやヴィクトールも、どうやらこっそり動き出しているらしい。セラフィーナが何を背負わされているのか、そして私たちを待ち受ける波乱とは――考えるだけで頭が痛い。でも同時に、どうしようもなく胸がざわついて仕方がない。


 


 「私の好奇心、また燃えてきちゃったかも」


 


 眠れないまま窓辺に立ち、ぼんやりと夜空を見上げながら呟く。女神に選ばれたという少女。その笑顔に隠されている秘密。そして宮廷を取り巻く陰謀の匂い。私には止められない。どれだけ危険でも、見て見ぬふりなんてできるわけがないから。


 


 心臓が高鳴る。意地悪く言えば、どんな陰謀が出てきても私はそれを暴きだす。彼女が聖女だろうと悪女だろうと、いずれ真実は露になる――そう確信しながら、私は夜の闇の奥へと視線を吸い込まれていった。明日からが本番。神託の乙女が舞い降りたことで、王宮の闇がどこまで晒されるのか……さあ、望むところだ。今度こそ、誰も逃がさない。

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