王宮大晩餐会と異国の聖女の秘密5
ミレーナの駆け去った後の宴会場は、嵐が通り過ぎたあとの静寂……などという生易しいものではなかった。むしろ、皆が放心したように立ち尽くし、我先にと口裏を合わせてエリアナへの断罪を叫ぶ声ばかりが耳に痛い。それを止めようとアレクシスが低い声で号令をかけても、イザベルやマリアンヌはまるで聞く耳を持たない。彼女たちは「さあ、早く罪人を捕まえて!」と昂然と鼻息を荒くしているのだから、始末に負えない。
エリアナが抵抗しようとするけれど、周囲の彼女への視線は冷たかった。私が彼女のもとへ駆け寄ろうとすると、衛兵がわざとらしく通せんぼしてくる。とりあえず癇癪を起こすより先に、深呼吸一つだ。ここでキレても何の得にもならない。
「毒について判明したことはありませんか?」
騒ぎを尻目に、ヴィクトールが低い声で問いかける。彼が差し出す文書には、どうやら隣国の薬草に関する記録が細かく書かれているらしい。めくって見ると、ミレーナが普段“聖女の儀式”に使っていた植物と同じ名前が載っている。そこには“この薬草はいくつかの菌類と相互作用を起こす可能性を含む”なんて不穏な注意書きまで。
「やっぱり珍しい茸と薬草の化学反応、ですか。意図せずミレーナが毒反応を引き起こした線もある。でも、あの様子じゃ何か隠してる人の顔よね。エリアナへの罪なすりつけがあからさま過ぎる」
思わず苛立ちが滲んだ声を出すと、ヴィクトールは意外そうに目を瞬かせる。「あなたが苛立つとは……相当ひどい闇を感じているんですね」と薄く笑ってみせた。その言い方がちょっと皮肉っぽくて、私もつい片眉を上げちゃう。
「毒は意図的か偶発かはまだどちらとも言えない。でも、ミレーナがあれほど動揺しているのを見ると、なんらかの計算違いが生じたんでしょうね。秘密主義でやり過ごそうとしたのに、エリアナが情報を握ってしまった。ここに来て全てが爆発寸前というわけ」
口の中に妙な苦味が広がる。私のようなただの薬師が首を突っ込み過ぎかもしれないが、もう遅い。あれこれ勘づいてしまったからには、最後まで付き合うしかない。まあ、誰かが動かなければ冤罪をかけられたエリアナも、逃げ出したミレーナも、録に救われない。
そんな私の背後で、アレクシスが衛兵と舌戦を繰り広げていた。「ここでエリアナを牢に放り込んで終わりにするなど、王宮の沽券にかかわる。速やかな調査を許可しろ」と凄む宰相は、冷徹なまなざしを隠そうとしない。高圧的な物言いに、衛兵たちはさすがに気後れしたようだが……イザベル勢の手下たちも虎視眈々と睨みつけてくる。
ちらりと横目で見やると、エドワード殿下が椅子にもたれながら、じっと場の成り行きを見守っていた。彼の顔色は少しずつ良くなってきたようだ。けれど、騒ぎに口を出す力まではないらしく、憂いを帯びた瞳をこちらへ向けるだけだ。
「殿下、どうかもう少しだけ安静になさってください。あなたが無事であれば、まだ鎮圧の余地はあります」
そう言うと、エドワード殿下は震える息で微笑んでくれた。たとえ病に苦しもうとも、曲がったことを見逃すような甘い人ではない。彼が回復すれば、エリアナを不当に裁こうとする輩も黙らざるを得ないだろう。それまで私とアレクシスが事件の真相を引っ張り出しておけばいいのだ。
そこへ、マリアンヌのねじれた声が響く。「私はただ王宮の秩序を守りたいのです。セシリア様、あまり騒ぎを大きくなさらず、さっさと真相を出していただけますか?」――この女、どの口で言っているのやら。裏で情報を操作している張本人が白々しいったらない。もう一発、毒舌をお見舞いしたいところだけれど、ここは大人ぶって無視するのが最適解だ。
そうこうしているうち、アレクシスは『晩餐会はここで強制幕引きとする』と宣言し、まずは混乱を収める形だけ整えさせた。時間を稼いでくれたわけだ。私もすぐ、厨房や倉庫を回りながら、残された茸のサンプルや薬草の乾燥片を徹底的に洗い出す。もう、こうなったら根こそぎ調べ尽くしてやる。そこに悪意が絡んでいたのか偶然か、どんな形跡も見落とさない。
「ねえセシリア、このままだと外交問題もちらついてくる。隣国への波及を考えると、そうのんびりはできないぞ」
アレクシスの声が背後から聞こえる。厨房の隅っこで茸をくんかくんか嗅いでいた私が振り返ると、彼は組んだ腕をほどきながら近づいてきた。普段は無表情な彼の瞳が、今はわずかに焦燥を帯びている。
「わかってる。この“聖女”事件、表面を取り繕っても何の解決にもならない。私は必ず事実を突き止めるから」
すると、アレクシスはあきれ顔になりながらも微かに笑った。「まったく、あなたのその妙な洞察力には驚かされる。……助かるよ、セシリア」――そんな素直な言葉をさらりと放られて、ちょっと胸がむず痒い。全然自覚はないけれど、私って人より鼻が利くのかもしれない。
ともあれ、大晩餐会は強制終了。殿下は休ませ、エリアナは一応“事情聴取”の段階で保留。そして、ミレーナは姿を消したままだ。嘘や秘密が渦巻く王宮のなかで、一体何が真実か。毒混入は偶発か謀略か。誰が仕掛け、誰が踊らされているのか。わからないことだらけで頭が痛いけど、諦める気なんてさらさらない。
だって、私の仕事は未解明の現象を解き明かし、人を苦しめる毒を取り除くこと。そう――正体不明の謎こそが、私の好奇心を狂おしく燃やすのだ。そして、これ以上甘い汁を吸おうとしている連中を野放しにはできない。さあ、次に仮面が剥がれるのは誰なのか。
まるで次の幕が開く寸前の劇場みたいに、王宮の空気は重苦しくもスリリングだ。どんな終幕が待っているのか、正直私も見当つかない。だけどここから先、どんな陰謀が待ち構えていようと、覚悟しておきなさい。あなたたちの毒も秘密も、すべて隅々まで暴いて差し上げる。恐れるなら今のうちよ――なんせ私は、“使える道具”でありながら、あまりに暇を持て余す転生薬師なんだから。すべてを明るみに出すまで、絶対に止まらない。




