王宮大晩餐会と異国の聖女の秘密4
号令ひとつでエリアナの捜査がぐいぐい進んでいくなか、私はお決まりの煩わしさを感じながらも、盛大に毒らしき症状を振りまいた原因を追っていた。最大のヒントはやはり、あの茸料理とミレーナの儀式用薬草だ。普通に食べれば問題ない程度の茸だって、薬草の成分と掛け合わさるとどうなるか分からない。けれど、それを意図的に仕掛けた誰かがいる可能性は高い――そもそも、こんな絶妙な組み合わせを簡単に思いつく人間なんて、そうそういないはず。
「あなた、また考え込んでいるわね?」
傍らで、宰相アレクシスが低く囁く。彼の探りを入れるような視線には「はいはい、いま何か妙案を出せと?」と返そうかと思ったが、無言で軽く首を振っておいた。どうせ彼も私の頭脳をひそかにあてにしているのだ。心外だけど、ちょっと嬉しい……いや違うな、むしろ面倒のほうが上だ。
そんな私の隣では、エリアナが必死に否定を繰り返している。「私には本当に身に覚えがないんです! あの薬草はどんな効能があるかすら知らなくて」――その声は震えていて、どう見ても罪を犯した人間の態度ではなさそうだ。彼女がかつてミレーナと同じ学問所の出身だったと分かったとたん、周囲の目がぐっと冷たくなった。まるで「そうか、聖女の裏の顔を握っていたんだね?」と責め立てるように。
「同じ学問所とか、ずいぶん親密だったんだな。じゃあ“聖女”の弱点もなるほどな~んでもお見通しってわけ?」
意地悪くほくそ笑む貴族連中にイラッとしながら、私は苦笑する。こういう連中は、誰かが真犯人だとわかった瞬間に寄ってたかって断罪モードになるのが常だ。実際、イザベルやマリアンヌは早くも「エリアナは自由すぎるから粛清して正解ですね」などとほざき出している。皆して、一秒でも早く血祭りに挙げたいのか。こっちの胃袋が痛むばかりだ。
だが、彼女らの視線がチラチラ逸れていく先は、ミレーナの様子でもある。華やかな衣装と優美な所作でじっとこちらを見つめる彼女は、一見穏やかそうに振る舞っている。けれど、その目元には焦りの色が隠しきれていない。まるで手がすべて読まれそうになって、内心蒼白になっているかのように見えた。
「ミレーナ様、いまさらですが、その儀式用薬草ってどういう使われ方を? 茸と合わせると危険が生じたりするんでしょうか?」
探るように問いかけた私に、彼女はしばし沈黙を保ち、やがて笑みをこぼした。だがその笑いは底が見えず、かすかに震えている。
「これは多くの方に祝福を与えるためのもの。それ以上でも以下でもありません」
その瞬間、周囲から「可憐な聖女のお言葉よ! 余計な口を挟むな!」という撮れ高ゼロな囃し立てが起こって、私は少しうんざりした。本当に何も知らないのか、本当は知っていてごまかしているのか――どちらにせよ、ここで問い詰めても埒があかない。
しかし、視線の端でうろたえるエリアナと、どこか投げやりな瞳を宿すミレーナを見比べたとき、私はようやく腹を括った。どうやら“聖女”が抱える秘密は相当タチが悪そうだ。彼女と学問所時代を共有するエリアナが邪魔になったから、まるっと罪をかぶせた可能性も十分にある。だとしたら今のエリアナは詰み寸前だ。
「セシリア、これ以上騒ぎを長引かせると、イザベルたちが黙っていないだろう。訴追の手続きも秒読みだ」
アレクシスは冷静な口調ながら、その表情は険しい。彼だって、こんな茶番じみた断罪が横行するのはお望みではないはず。そういう政治的な香りに敏感な彼が、私を急かすその声には切迫したものを感じる。
「分かってる。とりあえず、メインの茸料理と薬草の痕跡を徹底的に調べる。あと、参加者の中でエドワード殿下以外に似た症状を起こした人の血中成分もちょっとね」
そう言ってからふと気付く。私なんてまだ“ただの王宮薬師”なのに、これほど自由に好奇心を振りかざしてきたのだ。なのに周囲は文句を言いながらも案外黙認してくれる。アレクシスからしてみれば、私を使い勝手のいい道具と思っているかもしれないが、まあそれで多数の命を救えるならよしとしよう。
「どうしてあなたはそこまで的確に怪しい部分を突けるんです?」
半ば呆れ顔のヴィクトールがそう声をかけてくる。「いや、ただの勘ですよ」と返しつつ、彼の洞察も結構頼りにしている。何しろ文書管理官の立場ゆえ、噂や記録を集める手段には事欠かない。もしミレーナの正体に関する公的文献でもあるなら、それを手掛かりに最終的な証拠を見つけられるかもしれない。
ミレーナはエリアナの冤罪説が浮上するにつれ、ますます視線を伏せがちになっていた。そしてまるで何かを思い切ってしまうかのように、小さく首を振って息をついている。その雰囲気に胸騒ぎを覚えた私が一歩近づくと、彼女は震えた声を上げた。
「もう、私には耐えられない……もしも私の正体が知られたら……」
わずかに聞こえた“正体”という言葉に、周囲が息を呑んだ。やはり何か重大な事情があるのは確実だ。だけど彼女は、そのまま何も言わずに周囲を押しのけて駆け出す。あまりに急な行動だったから、とっさに追いかけようと足を踏み出した瞬間――会場の奥から、「エリアナを連行しろ!」という声が響くではないか。イザベルの取り巻きが私たちを遮るように立ちふさがり、エリアナの腕を乱暴にねじ上げる姿が見えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! あなたたち、やり方が雑すぎる!」
エリアナは悲鳴を上げ、「違います、私は無実です!」と繰り返す。ミレーナが逃げて、エリアナだけ捕まる――まさに最悪の展開だ。苛立ちに拳を握りしめた私の耳に、アレクシスの低い声が届いた。
「落ち着け、セシリア。あなたは先にあの薬草と茸の成分から攻めろ。連行のほうは俺が抑える。ここで両方失ったら意味がない」
彼の言い分は正しい。やみくもに突っ込んだって騒ぎが大きくなるだけだ。ぐっと歯を食いしばり、私は頷く。エリアナが耐えていられるうちに、ミレーナの隠された事情を立証できれば状況はひっくり返せるかもしれない。そんなかすかな希望を胸に、私は踵を返して厨房へ急ぐ。残された時間は多くない。けれど、必ず間に合わせてみせる。
――不吉な炎のようにうねる宮廷内の権力争い。その真ん中で、“聖女”という名の仮面がはがれる瞬間はすぐそこまで迫っているのかもしれない。ぞくりと背筋が粟立ち、私は一度、深呼吸をした。食いしばった唇の端から、つい毒舌がこぼれそうになる。「お望みなら、あなたたちの隠し事も全部洗いざらいにして差し上げますよ」と。
これから先、嫌でも次々に暴かれるであろう秘密。追い詰められる人物はミレーナか、あるいはエリアナか。それともこの茶番全体を裏で操っている誰かなのか。私の胸は高鳴っている――だけど奇妙な確信もあるのだ。どんな嵐が起ころうと、私はあの“聖女”の嘘と蛇の毒を丸ごと暴いてやる、と。
こうして修羅場は加速する。今はまだ、始まりにすぎない。果たして私たちは、この宴の幕引きをうまく演出できるのか。それとも、さらなる地獄が口を開くのか。さあ、次の瞬間が待ちきれなくなってきた。自分が一番、こういう火種に興奮するなんて、我ながら性格が悪いと思いつつ――いくぞ、この宮廷の暗部を根こそぎ狩りに。もう後には引けないのだから。




