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王宮大晩餐会と異国の聖女の秘密3

翌朝、再び晩餐会の場へと足を運んだセシリアは、その煌びやかな会場を見回して、ため息をついた。夜どおし準備に明け暮れたせいで寝不足この上ないのに、会場は「よっ! 皇太子殿下万歳!」とばかりに大盛り上がり。華やかな衣装をまとった貴族たちが笑みを交わし、黄金の燭台に照らされながら、酒杯を掲げ合っている。


 


 「これはこれでめでたい光景…だけど、なんか胸焼けがしてきた」


 


 小声で毒づくと、宰相アレクシスが小馬鹿にしたように口元を歪めた。彼の鋭い眼差しは、まるで「はいはい、働き者のセシリアさんは今日も愚痴が多いですね」と言っているよう。せめてもう少し労わりの言葉があってもいいのに。そんな彼をチラッと睨むと、彼は肩をすくめて軽くウインクしてきた。


 


 「寝不足でキリキリしているところ悪いが、そろそろ王太子殿下が入場される。万が一、少しでも体調不良を訴えたら即座に対処してくれ。例の茸がテーブルに並んでるからな」


 


 周囲を見れば、絶対にこういう場に似合わない妖しげな茸料理が所狭しと並んでいる。香りこそ豊かだが、セシリアの目には「危険」と大きく刻印されているようにしか映らない。大口を開けて頬張っている貴族につかつか歩み寄って止めたくなるのを何とかこらえる。


 


 ――ところが、予想は見事に的中する。王太子エドワードが穏やかな微笑を振りまきながら席に着いた途端、椅子からフラッとずり落ちかけたのだ。慌てて近くの護衛が支え、会場がざわつく。セシリアは人波を掻き分けて駆け寄り、彼の瞳孔を素早く確認した。ぼんやりしているが意識はある。少なくとも猛毒ではなさそうだが、まさか初っ端からこれか、と内心引きつる。


 


 「殿下、急に目まいがしましたか? ちょっと息を吐いて。深呼吸、そう…」


 


 ほんの少し回復したようで、エドワードは申し訳なさそうにセシリアを見つめる。それでも顔色が悪い。近くからは「とりあえず消化の良いものを」とか「冷たい水を持ってこい」とか、好き勝手な声が飛び交う。セシリアは落ち着けと言いたいのをぐっと飲み込んだ。


 


 「大丈夫、あなたが動揺すると殿下まで不安になるわよ」


 


 遠巻きに見守っていた女性客がクスクスと笑うのを尻目に、セシリアは毒見役よろしくササッと茸を一口味わった。すると、奥深い風味の中に微かな刺激を覚える。毒性があるかは微妙なラインだが、体調や他の成分次第で症状を引き起こすかもしれない。


 


 「まさか…茸と、あの儀式用薬草が混ざり合ってるのか?」


 


 脳裏をかすめた不安を払おうと、セシリアは厨房へ飛び込みたい衝動に駆られた。でも目の前に仰け反りそうなエドワードがいる以上、先に手当てするほかない。薄いハーブティーを口移しで飲ませたい気持ちをこらえ、「失礼します」と軽く脈を診る。すると遠くから、騒ぎを目撃していたイザベルの甲高い声が聞こえてきた。


 


 「まあ、エドワード様がお辛そう! そんなに大変なら医者より私のほうが…」


 


 と甘ったるい声を連発するが、正直手伝いになるとは思えない。下手に彼女が練香を振りまいたら、むしろ事態が悪化しそうだ。耳障りなほどに張り付いた笑顔を見やり、セシリアは小声で毒舌を吐きかけた。「どうぞお引き取りください、真の毒を振りまくお方」――もちろん本人には聞こえないように。


 


 その隣で、マリアンヌは冷ややかに傍観している。何か含みがある顔をしているが、今はスルーだ。とにかくエドワードの安静を最優先しないと。


 


 そこへ、頭を抱えた衛兵がまだ大声で騒ぐ貴族連中を整理し始めると、ヴィクトールが現れた。文書管理官ふうの礼儀正しい雰囲気を漂わせながら、セシリアと視線を交わす。どうやら他の貴族数名もエドワードと似たような目まいを訴え、今は控室で休ませているという報告だ。


 


 「狙われたのは殿下だけじゃなさそうですね。おや、こちらに乾燥薬草の袋なんて落ちてますよ」


 


 ヴィクトールの言葉に反応して、アレクシスがひょいと拾い上げる。鮮やかな緑色を帯びた葉が砕けた状態で入っているらしい。一緒にいたエリアナがぎくりと表情を強張らせ、「それは私のものです」と告げた拍子、周囲からジロリと疑惑の視線が集まる。


 


 「ラクにしてよ。誰の薬草でもいいけど、どうしてこんな形で落ちてるわけ? まさか殿下を狙ったってこと?」


 


 セシリアが厳しい口調で問うと、エリアナは必死にかぶりを振った。「違うんです…。私はただ、ミレーナ様と同郷だったから、記念に少し分けてもらって…」――怪しい言い訳にも聞こえるが、彼女の震える唇が必死さを物語っている。


 


 そこへちょうどミレーナが現れ、神秘的なベールを揺らしながら言う。「エリアナは関係ありません。あの薬草は私が祝福の印として配ったものです」――しかし見開かれた瞳はどこか焦りを帯びている。そのとき、周囲で「聖女様の秘密を知っているのかも」という小声の噂がささやかれ、空気がいっそう張り詰めた。


 


 「秘密? なんのことかしらね。まあ、そんなトリックがあるなら早いとこ暴いてみせてよ。私は助けを惜しまないわ」


 


 あくまで平静を装うミレーナとは対照的に、エリアナは今にも泣きそうだ。どちらが嘘をついているか、まだ判断ができない。セシリアはこっそりアレクシスを見やると、彼は静かにうなずく。険しい表情だが、自分にとっても確信がまだ持てないようだ。


 


 「混乱が広がる前に、症状の検証を急いだほうがいい。さもないと、エリアナが矢面に立たされる」


 


 セシリアが言い終わるか否か、イザベルがすかさず横槍を入れる。「やっぱりねえ、あの子は怪しいと思っていたの。自白してくれたら楽になるのに」――こういうときの早期断罪は、大抵ロクでもない結果を招くとセシリアは知っている。せめて今は場をひっくり返すような証拠が欲しいところだ。


 


 「その茸料理と薬草が組み合わさって起きた可能性が高いなら、誰が意図的に仕掛けたか、本当に掘り下げる必要があるわ。余計な出血沙汰だけは、ごめんこうむりたいし」


 


 応急処置で少し気分が和らいだエドワードが「ありがとう、セシリア」と微笑むのを見て、彼女はほっとした。せっかく気を取り直した王太子を倒れさせたまま、この会場を地獄絵図にはしたくない。


 


 だが、その思いをよそに、宮廷内には奇妙な緊張感が漂い始める。あのイザベルとマリアンヌが裏であれこれ企んでいるのは明白だし、ミレーナの“聖女”としての地位に波紋が広がりそうな不安定さもある。ついでにエリアナは今にも逃げ出しそうだ。


 


 その混沌のど真ん中で、セシリアはゆるく肩を回した。「よし、派手な作戦、何でも来い。今は被害を最小限に抑えつつ真相を暴くしかないんだから」――そう腹をくくると、アレクシスも同じように目を細めて笑い返した。二人でタッグを組むと決めた以上、どんな裏工作も、どんな陰謀も、根こそぎ暴いてやるまでだ。


 


 騒然とする会場を背に、セシリアは決意を新たにして歩き出す。ミレーナの難解な秘密と、疑いを背負わされたエリアナ。そこに毒の怖れを孕んだ茸と薬草の組み合わせ。何重にも仕掛けられた綱渡りはさらに続きそうだ――そして今、王宮は円舞曲にひたる暇も与えられず、嵐の季節に足を突っ込んだ。果たしてこの乱戦の行方は? その答えは、まだ見えない。けれど、セシリアの目には不思議な闘志が燃え上がっていた。もう一度、血文字で書いてやろう。ここで下手に私を追い詰めると、逆襲は痛い目を見ますよ、って。意地悪い笑みを浮かべ、彼女は次の一手を探り始めるのだった。

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