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王宮大晩餐会と異国の聖女の秘密2

大晩餐会の幕が上がった――はずなのに、その夜はまだ訪れない。どうやら今回の宴は、前夜から続く長丁場の“前菜ステージ”とでもいうべき段取りらしく、本番は明日。セシリアは「ひと晩じゅう浮かれ騒ぐなんて、どれだけ元気なの」と呆れつつ、雑多な仕事にまみれていた。


 


 廊下には、まだまだ手を付けていない箱や樽が山積み。王宮の女官たちが慌ただしく行き来する中、セシリアはひときわズシリと重い木箱を見下ろして、ため息をつく。


 


 「ミレーナ様の儀式用薬草、また増えてるわね。どうやって使い切るつもりかしら?」


 


 隣で苦い顔をしているのは宰相アレクシス。その美形が台無しなくらい、眉を寄せて首をひねっているのが面白い。いつもクールな貴公子ぶっているが、どうやら大晩餐会という異様な騒動には苛立ちを抑えきれないようだ。


 


 「これほど大量の薬草を捧げるなんて、よほど神聖な儀式なのだろう。だが、俺には一抹の不安が拭えない」


 


 低く渋い声が耳に落ちてくる。セシリアは内心同意だった。彼女自身、調合済みの一部を検査したところ、極めて高い治癒力を持つ成分が含まれているとわかった。医師としては魅力的だが、分量を誤れば猛毒にも彩りを変える危険な代物だ。


 


 「心配なら早めに中身を全部処分しちゃえば? なんて無茶は言わないわよ。どうせ私の首が締まるし」


 


 軽口をきいたつもりが、アレクシスは皮肉げに鼻を鳴らす。どうやら本当に何かしら大きな仕掛けがあると見ているらしい。その視線の先では、今しがた扇子で優雅に風をあおいでいたイザベルが、マリアンヌに何やら耳打ちをしているところだった。


 


 ふと、セシリアの背後から「大丈夫かい、セシリア嬢?」と声をかけてきたのはヴィクトール。王宮の文書管理官でありながら、妙に隅々まで情報を握っている食えない存在だ。彼は細い目をさらに細めると、微かに笑う。


 


 「今夜のメインディッシュ――例の“珍しい茸”が大量に届いたそうだ。厨房では扱いに困っているらしいね」


 


 どうやら茸の独特な香りに問題があるとかで、シェフたちが頭を抱えているようだ。茸と薬草の相性次第では、たとえ微量でも中毒事故が起こりかねない。セシリアは舌打ちをこらえながら顎に手を当てた。


 


 「まさか茸まで祭り上げるの? しかもこんなタイミングで…嫌な予感しかしないわ」


 


 憂鬱を隠せないセシリアに、ヴィクトールは穏やかに言う。「君の知識なら、正体を突き止められそうだ。宰相殿も期待してるみたいだし」――まるで「君なら全部解決できるよね?」と煽っているようにも聞こえる。その裏に込められた信頼が、セシリアにはむしろストレスだった。


 


 ともあれ、宴が再開されるのは明朝からという珍妙な段取りのせいで、夜通しの仕込みが必要だ。せめて王太子エドワードの体調だけは崩さぬようにと、セシリアは早速、次の準備に取りかかる。護衛の兵が彼の周囲を固めているものの、彼が少しでも吐き気を訴えたら一大事。セシリアに殺気すら漂うのを見て、護衛たちは思わず一歩後ずさった。


 


 「そんな怯えた顔するほど怖くないわよ。仕事熱心なだけ」


 


 と釈明してみたものの、兵士たちの視線は「いいえ、あなたこそが最強の防壁に見えます」という空気を放っている。心当たりがないでもないセシリアは、せいぜい誤魔化しの苦笑を浮かべるしかなかった。


 


 その後、真夜中近くになってイザベルとマリアンヌが廊下を通りかかった。どこへ行くつもりなのか、その足はまだ裏方へと向いているようだ。ちらりとセシリアが視線を送ると、イザベルはわざとらしく礼を返し、甘い声でささやく。


 


 「まあ、夜どおし働くなんて大変ね。お疲れさま。ところで、明日の儀式の邪魔はしないでちょうだいね。王太子殿下には最高の晩餐を味わってもらわないと」


 


 「お気遣いありがとう。ただ、何かあっても私にまで波及しないといいんだけど。おほほ」


 


 挨拶の体を装いつつ、内心バチバチの舌戦。後ろに控えるマリアンヌは相変わらず無表情で、けれど手元の書簡をぎゅっと掴んでいる。どう見てもいろいろ仕掛けている顔だ。


 


 「何をやっても構わないけど、私の仕事を増やすのはご遠慮願いたいんだけどなぁ」


 


 セシリアのつぶやきに、アレクシスが冷たく告げる。「期待してるぞ、優秀な薬師殿。王太子だけでなく、隣国の聖女様にも何かあれば、君の出番だからな」――冗談に聞こえないその声には、くっきりとした緊張感があった。


 


 果たしてミレーナがこの薬草をどう使うのか。茸と薬草を組み合わせたメニューは毒か、あるいは奇跡の劇薬か。広間に運ばれる華やかな皿の裏で、王宮が揺れるのはまちがいなさそうだ。


 


 陽が昇れば、再び迎える華やかな祝宴。だがその美しい装飾の影で、誰かが笑い、誰かが震えている。セシリア自身もまた、いつ爆弾が投げ込まれるかと息を詰めながら、準備の手を止めようとはしない。


 


 「嵐が来るなら、さっさと来ればいいわ。やるだけやるだけど、あとは知らないからね」


 


 そんな捨てゼリフを吐きつつ、セシリアは詰まれた薬草袋をどさどさと移動させる。その一挙手一投足を、暗がりで見ていた何者かが静かに息をひそめた。夜明けとともに始まる“本当の晩餐会”――そこでいったい何が起きるのか。波乱を予感させる空気が、月明かりの廊下をさらに不気味に照らしていた。

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