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白の巡礼者と冬の庭宴5

冬の庭宴がひとまず閉じられたあと、私はそそくさと薬師室に戻った。


というより、半ばアレクシスに腕を引っ張られて……というのが正確だろうか。ジュリエットが後ろをついてきて、慣れない足取りで小走りになるたびにつんのめりそうになっている。見かねて「そんなに焦らなくても大丈夫よ」と声をかけたけれど、「でも宰相閣下とセシリア様が急ぎ足なんですもの!」と涙目で返され、もうどうしようもない。


 


ドアを開けたとたん、アレクシスは無言のまま部屋の中央へ。そこにはわざわざ運び込んでもらった、先ほどの“疑惑の薬”諸々が並んでいる。やたらときらびやかな瓶や小袋が棚を占拠しており、雪国の夜より怪しい雰囲気を放ちまくり。ジュリエットが息を飲むのも無理はない。


 


「さて、セシリア。君の出番だろうね」


アレクシスが顎をしゃくって指し示す。その口ぶりは皮肉っぽいと言うか、いつもの調子と言うか。要するに私に薬の正体をさっさと見極めろ、というわけだ。


 


「言われなくてもやるわよ。そもそも今回は私が“何かある”って見抜いたんだから」


返す言葉に嫌味が混ざったつもりだったけれど、アレクシスは意に介さない。まるで、“だって当たり前だろう”とでも言いたげな顔をしている。彼からしたら私は有能な道具らしい。……自覚はないけれど、そう見られるならそれでいいか。


 


脇からジュリエットが「がんばってください!」と言葉をかけてくる。意欲満々なのはありがたいけれど、正直、彼女にはこの怪しげな薬に近づいてほしくない。万一変な匂いを吸い込んで倒れられては面倒だ。そこで私はちょっと嬉しそうに見守る彼女をなだめるように手で合図し、ひとりで薬の並ぶ棚へ向かった。


 


湾曲した小瓶の栓をほんの少しだけ開けて、鼻を近づける。ふんわりと甘い余韻を残しつつも、底の方に嫌な刺激が沈んでいる。まるで何かを誤魔化すために香料を詰め込んだ印象。偽侍女薬の噂はあながちただの与太話じゃなさそうだ。


 


「ねえ、セシリア。何か分かった?」


ジュリエットが待ちきれないように尋ねてくる。私は瓶をそっと置きながら首を振った。


 


「まだ断定はできない。でも、この甘さは媚薬系かもしれないし、一方で意図的に体質を変える系統のものに感じる。具体的には、身体の特徴――性別とか年齢的な変化とかを薄める成分が入ってそう」


 


「ウヘッ、まさか本当に“偽侍女薬”なんてものが……?」


ジュリエットが眉根寄せて震える声でつぶやくのを見て、アレクシスは思い切り鼻で笑った。


 


「女になる薬にしろ男装する薬にしろ、普通なら都市伝説同然のはずなんだけどね。この宮廷じゃ、不可解なモノが闊歩しても不思議じゃない。実に面倒だ」


 


「あなたが言うと説得力ゼロよ」


私がそう返すと、彼は「やれやれ」と肩をすくめた。私に言われるまでもない、といった態度。まったく可愛くない宰相さまだ。


 


棚の奥にはさらに、見覚えのある薬草に似た乾燥片が。白の巡礼者が常用しているとか言われる葉と瓜二つだ。そこには妙に手が触れられた形跡がある。しかも、付人が慌ただしく触ったみたいに乱れている。そう思い出すと、あの褐色肌の付人の鋭い目が脳裏に焼きつく。彼がなぜ私の毒見を止めようとしたのか、その真意がまだモヤモヤと残って仕方がない。


 


「白の巡礼者は、けっこう大がかりなことを隠している感じがするわね」


あえて心の声を漏らすと、部屋の外からひそやかな足音が聞こえてきた。とたんにアレクシスとジュリエットの背筋がピンと伸び、私も目で合図する。……と思ったら、入ってきたのはヴィクトールだ。穏やかな表情のまま手に書簡の束を抱えている。


 


「失礼、密書の審査が終わりました。……やはり、一部の渡航書類がどうにも怪しいようで。砂地帯からのルートに抜け落ちがあるんです」


 


ヴィクトールが差し出した書類を見ると、へんに日付が飛んでいたり、証人の名前が欠けていたり。これでは巡礼者がいつから国内に滞在しているかすら怪しい。背筋にじんわり寒気。見ればアレクシスも、氷の瞳をさらに冷たくして書類に視線を走らせている。


 


「何者かが裏で手を回しているのか、それとも彼女自身がとんでもないコネクションを持っているのか……セシリア、しばらく王太子の治療だけでなく、巡礼者周りの調査も本腰を入れてほしい」


 


命令形だけど、逆らうとなにやら面倒なことになるのは目に見えている。私が黙って肩をすくめると、とたんにジュリエットが目を輝かせた。


 


「わ、私も手伝います! ……その、ミスしてばかりじゃ、宰相閣下に申し訳ないですし」


 


アレクシスは言葉なく目を細める。あの容赦ない男がやんわり止めるかと思ったら、意外にも苦笑しつつ小さく肯定した。ちょっとだけ心を許しはじめているのかも。ジュリエットが嬉しそうに頬を緩ませる様子を見て、私もほっこりする。


 


「じゃあまずは、片っ端から怪しい経路を探る。偽侍女薬の流通ルートも含めてね」


そう言った私に、ヴィクトールが小さく頷く。多分、あの書類管理官だって真実に近づきたいのだ。マリアンヌはどうせ裏で動いているだろうし……イザベルも、あの柔らかな笑顔の裏には何やら大量の火薬を隠し持っていそう。


 


特に気になるのは、白の巡礼者と褐色肌の付人の正体。そして、その背後に糸を引く何者かだ。彼らはわざと偽物を混ぜて、混乱を煽ったのだろうか。それとももっと深い理由があるのか。


 


いずれにせよ、この宮廷で安全地帯を望むなんて虫のいい話。ならばこちらから突っ込んでいってやろう。王太子エドワードの体調に気を配りつつ、私は自分にしかできない役目を果たすつもりだ。当然、巡礼者たちの薄暗い“仮面”だって容赦なく剥がしてみせる。


 


「焦らず、でも徹底的に調べるわよ。皆さん、覚悟はいい?」


 


そう告げると、アレクシスは片眉をわずかに上げ、「まったく、頼もしい薬師だね」と皮肉に笑う。けれど、その青い瞳はほんの少しだけ、私を信じる光を宿していた。


 


こうして王宮の新たな嵐は、まだ小さくざわめき始めたばかり。真実を隠す覆面を、一枚ずつ引きはがす快感が待っている。私の胸には熱い昂揚感。負ける気はしない。さあ、覚悟してよ――謎だらけの巡礼者さん。あなたが隠し通したい仮面も、この私が全部いただくんだから。

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