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白の巡礼者と冬の庭宴4

冬の庭宴は、思っていたよりもずっと華やかだった。飾り立てられた生垣の向こうには、雪を溶かす勢いで盛り上がる貴族たちの談笑。そんな活気に触発されるように、私の血も少しだけ騒ぐ。普段は冷静ぶっているけれど、こういうお祭り騒ぎの雰囲気は嫌いじゃない。


 


 王太子エドワードのお披露目に合わせ、王宮中庭には小さな舞台が設けられた。そこで行われる「珍しい薬品の展示」が本日の目玉らしい。噂好きの方々が固唾を飲んで見守る中、私は薬師としてその場に立たされている。アレクシスが「万が一のときの毒見役だ」と言い渡してきたから仕方ない。やれやれ、また危険な役回りだ。


 


 何しろ問題の“白の巡礼者”と、その褐色肌の付人が持ち込んだ薬こそが展示の中心に据えられているのだ。宮廷内でささやかれる「偽侍女薬」との関連性を、彼らはまったく否定もしなければ肯定もしない。その沈黙が、かえって皆の妄想をかきたてている模様。私も、そのモヤモヤした雰囲気をどうにかしたくて、ついに見て見ぬふりをやめることにした。


 


 「ま、私が毒見するわけだから、妙な仕掛けでも見抜けるはず」

 

 舞台袖で立ち尽くすジュリエットは、私の呟きに「えっ、そんなに軽々しく断言しちゃって大丈夫ですか!?」と慌ててる。この子、ほんとピュアすぎ。私は頭を軽く振ってから、そっと耳打ちした。

 

 「冷静でいれば、毒なんて大抵は味や色の変化で分かるものよ。大丈夫、失敗したら……アレクシスに責任かぶってもらおう」

 

 「ぎゃー! 宰相閣下がそれ聞いたらどんな顔するかしら!」

 

 あまりに可笑しい反応に、思わず笑いがこぼれる。ジュリエットは真っ赤になってしきりに口パクしているけれど、紳士淑女が注目しているため大声も出せない様子。気持ちは分かるが、ごめんね、その慌てぶりがツボに入る。


 


 さて、肝心の展示では、まずいかにも怪しげな小瓶が提示された。「女性の悩みを和らげる秘薬」との触れ込みだが、成分表が不明瞭。ドラマチックに紹介されるほど、「本当に大丈夫か?」という声が客席から漏れる。結局、私が舞台中央に呼び出されて、小瓶を開けることになる。


 


 膝をつき、色や香りを慎重に確かめる。このときばかりは観衆のどよめきも意識から遠くなる。――が、突然、褐色肌の付人が割り込んできた。

 

 「待ってください」

 

 その声は低く、張り詰めた空気を一気に冷やす。付人は小瓶を私の手から奪いかけ、さらに守るように片手を広げた。その仕草に観衆がざわつく。誰もが「何を隠しているんだ?」と勘繰るのは当然だ。ここで抗議しなければ私の立場が潰される。


 


 「あなた方が純粋に治療目的だけでこの薬を使うのなら、なぜ私の検分を止めるの?」

 

 キッパリ問いかけると、付人の目がすっと細まった。だが返事はなく、代わりに白の巡礼者がひらりと合図して付人を下がらせる。微妙な沈黙が生まれ、吹雪かと思うほど冷たく張り詰める空気。周囲では貴族たちのヒソヒソ話や愛想笑いが飛び交い始めた。


 


 これ以上放置すれば混乱だけが広がる。タイミングを見計らってアレクシスが登場し、軽薄な笑顔を浮かべたまま静かに場を仕切った。

 

 「皆さま、どうか落ち着いて。薬師セシリアに調合の真贋を見極めてもらうのは、王宮としても重要な検証です。彼女がそう簡単に倒れるようなナイーブな人間ではない、と私は知っていますから」

 

 腕を組んだアレクシスがこっちを見てニヤリ。……勝手に私をハガネの女みたいにしないで。けれど、その青い瞳からは〝信頼してる〟という色が覗いていて、なんだか悪い気はしない。

 

 だが、ここでまた事件。複数の小瓶のうち、明らかに偽物らしいものが混じっていることが判明した。その瞬間、会場からどっと失笑が巻き起こる。確かに変色した薬液は素人目にも胡散臭い。こんな単純な見破り方すら想定していなかったのか、白の巡礼者は表情を曖昧に浮かべるだけ。


 


 するとジュリエットが思い切って声をあげた。

 

 「そ、そこまで誤魔化した薬を出すなんて、何か真の目的があるってことじゃないですか? ――えっと、ああ、すみません! 私、つい余計なことを……」

 

 恥ずかしそうに伏せたその顔を見て、アレクシスは軽くため息をつきながらも微笑んだ。

 

 「君の言うとおりだよ、ジュリエット。実際、これがただの婦人薬なら堂々と示せばいいだけだ。しかしあえて偽物を紛れ込ませるなんて……何を隠したいのか――な?」

 

 挑発めいた言葉が響き、白の巡礼者は小さく首を振る。沈黙は続く。そこへイザベルが優雅に踊り出るように進み出て、意味深に笑んだ。


 


 「まあまあ、こんなにピリピリしなくてもいいではありませんか。冬の庭宴は、おめでたいお披露目の日なのですから。いずれにせよ、今わかるのは“興味深い薬がある”という事実だけですもの」

 

 ウィンクするかの如き余裕に、会場はやや鎮静化したものの、得体の知れないゾクゾク感はむしろ増している。辺りに白い息が渦巻くなか、王太子エドワードは少し疲れたような顔色で、それでも優しいまなざしをこちらに送っている。彼にもきっと危険が迫っているのだろう。このまま黙って踊らされてたまるものか。


 


 「検証はまだ途中。続きは後ほど私の作業部屋で行わせてください。今ここでは観客の皆さんが寒さで倒れちゃいます」

 

 そう言って同席者たちをちらりと見回すと、アレクシスも苦笑しながら頷く。薄く張り詰めた空気を解きほぐすように人々はざわざわと移動を開始し、冬の庭宴はひとまず幕を下ろした。ほっとする間もなく、ジュリエットが私の袖を掴んで囁く。

 

 「怖かったけど、セシリア様、すごくカッコよかったですよ!」

 

 「別にそんなつもりはないのだけど……ま、ありがとう」

 

 自覚はないが、他人の目にはそう映ったらしい。誰が何を企んでいるのか分からない今、能天気に誇らしがってはいられないけれど、褒められるのは嫌いじゃない。

 

 遠巻きに見守る褐色肌の付人や、言葉少なに笑う白の巡礼者。その向こうで薄い微笑を投げかけるイザベル。全員が全員、何かを秘めているようにしか見えない。どれもこれも危険な匂いでいっぱいだ。


 


 それでも私は、あえて冒険に踏み込む。陰謀まみれの宮廷で、こんなに胸が高鳴るなんてね。自分でも呆れるほど、どきどきが止まらない。次はどれだけ灰汁(あく)の強い真実が飛び出すのか――知りたい気持ちを抑えられないのだ。


 


 「さあ、皆さん覚悟して。妙な薬も真っ黒な企みも、きれーいに解体してみせましょう。王宮の薬師は伊達じゃないんだから」

 

 痛快に宣言した私の声を聞いて、アレクシスは苦い笑いをこぼしながら「やれやれ」とつぶやく。だが、その瞳が一瞬だけ底光りしたのを見逃さなかった。


 


 嵐の予感に満ちた冬の庭宴。真実はまだベールの向こう――だけど、これが宮廷劇の醍醐味だ。血と毒と策が入り乱れても、私は絶対折れないし、逃げもしない。心が熱く燃え上がるのを感じながら、私は白く染まった中庭を後にした。

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