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白の巡礼者と冬の庭宴3

離宮から戻った翌朝、私の仕事部屋にはやたらと人が訪れた。冷え込む石床のせいか、誰もが妙に肩をすぼめ、落ち着きなく部屋をうろうろする。ちょうど「白の巡礼者」とかいう来客が気になるだの、「偽侍女薬」の話が不穏だの、みんな好き勝手に情報交換したいらしい。


 


 「セシリア殿、この書簡に目を通していただけますか?」

 

 いつになく大真面目に差し出してきたのは、文書管理官のヴィクトール。淡々とした表情の奥に微妙な緊張が見え隠れしている。ちらりと内容を確かめると、巡礼者一団の渡航記録に空白期間があるという記述が出てきた。

 

 「三日分ほど、足取りが不自然……なるほど。やはり何か裏があるのでしょうね」

 

 さりげなく答える私に、彼は「本当にお強いですね」と僕にも聞こえるような声で賞賛を漏らす。ん? 強いって、いったいどこを評価されてるのかしら。自分では心当たりがないが、まあいい。しかしわざわざ言ってくれるあたり、彼なりに私を信頼しているのだろう。


 


 そこへ、廊下からジュリエットの軽い悲鳴とともにドタバタ足音が近づいてくる。アレクシスの雑用を任されているせいで連日てんやわんやなのだとか。勢い余って私の机に頭をぶつけかけた姿が超絶に危なっかしい。


 


 「うぐっ……ご、ごめんなさい! 宰相閣下が“巡礼者対策の検討会”をすぐ開くって……セ、セシリア様にも参加してほしいそうです!」

 

 「ふむ、では行きましょうか」

 

 そういう集まりはやぶさかでないけれど、ジュリエットが思い切り肩で息をしている姿に、思わず笑いをこらえる。ひたむきに頑張るあまり完全に空回り。この慣れなさ、見ているこっちがドキドキしてしまうわ。


 


 会議室と呼ばれる一角へ向かうと、イザベルとマリアンヌがやけに上品な笑みを張りつかせながら待ち構えていた。まずい、これはいかにも「策謀殺到」な予感がする。


 


 「お待ちしておりましたわ。セシリア殿、ここ数日のご活躍、耳にしておりますの。噂ですけれど“偽侍女薬”やら何やら面白いものを探っていらっしゃるとか? 私も興味深いわあ」

 

 詮索をむき出しにしつつ、こちらの反応を観察するイザベルの目はぎらぎらしている。しかもその背後には無言のマリアンヌが控え、目だけでこちらを威圧してくる。ああ、もう油断も隙もない王宮である。


 


 そこへ、宰相アレクシスが書簡を持ってつかつかとやって来た。いつもながら登場がタイミング良すぎる。


 


 「おやおや、物好きな貴婦人方が先にお集まりとはね。セシリア、君が具体的に何を突き止めたのか、ここで共有してくれないか。存分に話してもらって構わない」

 

 さらっと促されて、私は思わず肩をすくめる。ほんとに人使いが荒い。けれどアレクシスの鋭い瞳を盗み見れば、ああ、これは援護射撃の合図でもある。会議という名の公開情報戦だと受け止めよ――そう言っているのだ。


 


 「では端的に。まず“白の巡礼者”が服用している薬草は、早期閉経のような症状を抑える働きがある可能性が高い。でも、その代わりに体内で別のホルモンを撹乱しているようにも見えます」

 

 説明を聞いたイザベルは、唇に指を当てて楽しそうに笑う。マリアンヌは顔を動かさないが、その目だけは私の言葉を一音も逃すまいと集中しているのがわかる。


 


 「興味深いですわねえ。それが事実なら、宮廷でも多くの婦人が恩恵を受けるでしょう? ただでさえ私たち女性にとっては、身体の変化は大問題ですもの」

 

 どこか不敵な響きを含んだイザベルの声に、部屋の温度が数度下がったように感じる。反論を許さない雰囲気がすさまじい。


 


 ところが、その隙を突くようにジュリエットが質問をぶつけてきた。


 


 「で、でも……“偽侍女薬”と同じ類いの薬なら、男女間の身分偽装だってできちゃうのでは? 本当にそんなヤバいもの、ここで取り引きされているんですか?」

 

 はっと息をのむ。そう、そこが問題なのだ。本人がただ婦人科系の悩みを封じるために飲んでいるだけなら可愛いものだが、もし“外見をごまかす薬”と繋がるのだとすれば、これは王宮全体を巻き込む冒険劇になりかねない。私の脳裏には、褐色肌の付人の目つきがちらつく。


 


 「裏で取引されている可能性はあるわ。人の体に関わる薬は万能にも凶器にもなる――使い方次第でね」

 

 さらりと答えた私に、マリアンヌが珍しく口を開いた。


 


 「さすが宮廷薬師様、歯切れがよろしい。もしあなたが薬を悪用する側なら、私どもはどうなっていたかしら……恐ろしい話ですね」

 

 言葉の裏に棘が潜んでいるが、むしろ私を煽っているようにも(さと)感じる。アレクシスが横合いからくすりと笑った。


 


 「いや、セシリアは本来そういうことに興味ない人間だ。興味あるのは、どうやって妙な薬を分解できるかだけ、だろう?」

 

 ……勝手に人を分析しないでいただきたい。けれどドンピシャで言い当てられると反論できず、なぜかイザベルやマリアンヌまで含んだ場の皆が吹き出しかける。


 


 「で、お前たち。大事が起きる前に情報を固めるのだ。冬の庭宴まであまり猶予はない」

 

 アレクシスの指示で、会議らしきものはあっという間に強制終了した。威圧感しかないイザベルと、静かすぎるマリアンヌがすうっと退場していく後ろ姿に、ジュリエットはまたもや真っ青になっている。ヴィクトールだけは最後まで冷静に書簡をしまい、私の顔を覗き込んできた。


 


 「……セシリア殿、まるで嵐の中心みたいですね。どうか、夜更かししすぎずに」

 

 かすかな敬意と心配が入り混じった声に、私は肩をすくめる。大丈夫、寝不足慣れはしているから。


 


 ドアを閉めれば、急に静かになった部屋。けれど私の心はざわめいてやまない。王太子エドワードの病状も落ち着かせないといけないし、巡礼者の怪しい薬も無視できない。しかも“偽侍女薬”は噂レベルでは済まない雰囲気だ。


 


 こんなスリルまみれの日々なんて勘弁願いたいところだけど、ここまできたら楽しんだほうがいいかもしれない。誰が味方で誰が敵? そして冬の庭宴で何が起きるのか――考えるだけで心臓がどきどきする。もう止まらない。


 


 「よし、気合い入れよう。アレクシスに丸投げされても困るし、毒見役としての腕の見せどころかもね」

 

 意気込んだ私の独り言が、廊下を歩くジュリエットの耳にも届いたらしい。そして「セシリア様、やっぱりすごい……!」と小声が聞こえてくる。思わず吹き出しそうになるけれど、ここで笑えばまた彼女を驚かせそうだ。


 


 そんなわけで、私たちの冬はまだ始まったばかり。狡猾な笑顔を振りまくイザベルも、沈黙を破らない巡礼者と付人も、みんなまとめて相手してあげる。表も裏も見抜いてみせる――それが私の薬師流よ。


 


 次はどんな事件が待ち受けているのか。まったく、落ち着かないけど最高にワクワクする。ジェットコースターもびっくりな展開を、せいぜいこの宮廷で繰り広げましょう。私はそのど真ん中で、余裕ぶって笑ってみせるから。

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