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白の巡礼者と冬の庭宴2

部屋の扉を抜けた瞬間、肌を刺すような寒気と緊迫した空気が同時に襲ってきた。冬の離宮は回廊からしてやけに静かで、まるで嵐の前ぶれみたいに落ち着かない。 


 


案内役の近侍が恭しく頭を下げ、「巡礼者様は奥の間にいらっしゃいます」と控えめな声で示す。そこには白髪の女――“白の巡礼者”が、分厚い外套を羽織ったまま椅子に座っていた。彼女はうっすらと微笑みつつも全身が弱々しく、顔色も青白い。 


 


「お疲れのところすみません、ちょっと診せてください」 


 


医療鞄を片手に近づくと、巡礼者の足元でも振り返るように、褐色肌の付人が不意に私を睨んだ。思わず心臓がドキリとする。誰かに似ているような、いや、どこかで会ったような……? でも思い出せない。うーん、そんなにも印象的な顔立ちなんだけど。 


 


「大丈夫、攻撃なんてしませんよ。怪しげな薬を持ち込んだりもしてないので、安心して」 


 


わざとにこやかに言うと、付人は微妙な表情のまま視線をそらした。何か隠してる匂いがプンプンする。私の“勘”がもう騒ぎ始めている。 


 


「巡礼者様、失礼しますね」 


 


私は脈を取り、軽く聴診器を当てながら状態を探る。確かに呼吸は少し乱れているし、薬草の独特な甘い香りが鼻腔をくすぐる。この成分、どこかで…… 


 


「ふむ。気になるくらいには、体に負担の強い薬を常用してますよね?」 


 


そう問いかけると、白髪の巡礼者は控えめにうなずいた。「砂地帯の風土病から身を守るために、昔から飲んできたものなんです」なんて言うけれど、その説明だけでは腑に落ちない。体のあちこちにうっすら浮き出る痕跡は、まるで性ホルモンのバランスを強制的に変化させたような印象があるのだ。 


 


このまま踏み込んでもいいものかと逡巡していると、ドアの外から軽い足音がする。ジュリエットだ。 


 


「セ、セシリア様、宰相閣下から『診察の様子を報告せよ』とのことで……」 


 


相変わらず挙動不審気味の彼女は、ご奉仕というより“命令を受けたメッセンジャー”のていで駆け回っているらしい。おかげで彼女の頬は真っ赤。 


 


「報告ねえ。アレクシスも随分せっかち……ま、いいわ。ついでだからあなたも看てなさい。怪しい薬といえば、最近“偽侍女薬”なんて嫌な噂があるでしょう? その手の調合の専門家が、もしここに潜んでたら?」 


 


わざと声に出してやると、巡礼者の付人が一瞬こちらを見た。行儀のいいフリをしつつ警戒しているのが丸わかり。「おや、もしかして図星ですか?」と口の端が勝手に釣り上がる。 


 


そこへ、ちょうどアレクシス本人が姿を現した。護衛を伴わず、静かに扉を開けて入ってくるあたり、相変わらず人を驚かせる天才だと思う。 


 


「ほう、さすがは我が宮廷薬師殿。鼻が利くようだな」 


 


アレクシスは鋭い目で巡礼者の肩先を見やり、小さく鼻を鳴らす。「まったく、オレの部下がどこまでしっかり仕事するか気になってな。……で、どうなんだ? “怪しい巡礼者”の診立ては」 


 


「やめてくださいよ、そんな直接的に言うなんて。まだ断定していませんってば」 


 


内心では「よくぞ言ってくれた」と思わなくもないけれど、ここで言質を取られるのも困る。ピクッと揺れた巡礼者の口元に目をやりながら、私はなるべく穏当な声で続ける。 


 


「ただ、長旅の疲れに加え、特別な(くすり)を飲んでいることは確かです。必要以上に体の変調を招く恐れがあるので、しばらく別の薬法で様子見を提案します。それでおかしな副作用が出るようなら……詳しく調べましょう」 


 


白髪の巡礼者はほんの一瞬、私に体を預けるように伏せ目になった。「そう……わかりました」と囁くその声は湿り気を帯びている。もしかすると本人も気づいているのかもしれない。あの薬を飲み続ければ、やがて自分自身が壊れてしまう可能性を。 


 


ふと、褐色肌の付人が私に一歩近づき、小声で何かを言おうとしたが、アレクシスの視線と遭遇して口をつぐむ。ジュリエットはそれを目で追いかけ、目まぐるしく左右に首を振っている。もうマンガみたいにわかりやすい緊迫感だ。 


 


「巡礼者様、冬の庭宴に参加されるのでしょう? その前に、体調を一度落ち着かせる必要がありますね」 


 


私がそう言うと、すぐ脇からヴィクトールが現れ、例の渡航記録について訊ね始めた。さすが文書管理官、気になる点は徹底的に突くようだ。 


 


「会話が進むのはいいが、ひどく人が増えたな……」 


 


巡礼者が小さく苦笑したかと思えば、イザベルを護衛が呼びに来た。どうやら庭宴の催しについて急ぎ相談したいらしい。彼女は“特別な香薬”を披露するとか、王太子の接待に使うのだとか。意図が透けて見えるようだけれど、皆さん堂々と策略をめぐらすなら、私だって対抗策を練らないといけない。 


 


「あら、宰相閣下。あなたもご一緒に? セシリアと巡礼者様のお話、興味があるでしょう?」 


 


イザベルのお誘いは妖艶な微笑つきで、まるでアレクシスに「協力しないと痛い目見るわよ?」と暗に脅すようでもある。彼女の背後に立つマリアンヌは相変わらず美しい人形みたいな無表情。 


 


アレクシスは軽く肩をすくめ、「勝手にしろ」と視線をそらす。でもその顔、明らかにやる気満々だわ。絶対に何か策を練っている。 


 


こうして離宮の一室は、短時間のうちに妙な熱気を孕んだ。巡礼者と付人の秘密、イザベルの計画、エドワード殿下の弱り具合、“偽侍女薬”の不穏な噂……どれも関係ないようでいて、何か一本の線で繋がっている気がする。 


 


私の胸も、正直ハラハラと沸き立っていた。いっそ面白いじゃない。守るべき人は守る。そのうえで、幕開け前の“黒幕”を引きずり出す――やるしかないわ。 


 


「さ、巡礼者様。とりあえずお部屋で安静に。過度な緊張は毒になりますからね」 


 


そう声をかけると、巡礼者は弱々しい笑みを浮かべ、付人の肩を頼りに立ち上がる。通り際、褐色肌の付人が私をチラリと見た。それは単なる警戒か、それとも再会を確かめる合図か。 


 


きっと、庭宴の夜には、もっとはっきりした秘密が顔を出す。私の勘は当たるほうだ。どうせなら刺激的な種明かしを望むけれど、被害が最小ですめばそれに越したことはない。 


 


この波乱続きの王宮で、誰がどんな姿で最終的に笑うのか――結果を考えるだけでゾクゾクする。ならば全力で踊りましょう。危ない薬もややこしい陰謀も、私の目と手からは逃がさない。 


 


そう決め込んだ私は、アレクシスに向かってわざと聞こえるように呟いた。 


 


「今日は徹夜で自分の調合メモを整理します。報告書も書きますけど、寝不足で頭が回らなかったら悪しからず、宰相閣下」 


 


「おい、僕を巻き込むな。倒れたら本当に困るんだぞ」 


 


やりとりの一言ごとに、ジュリエットが目を丸くして笑いをこらえているのがわかる。いっそ笑えばいいのに。ここは矛と盾が入り乱れる宮廷。可笑しな毒舌と一筋縄ではいかない思惑が隣り合わせの場所なのだから。 


 


さあ、ここからが本番だ。白と黒、光と闇が交錯する冬の庭宴。胸の高鳴りを抑えきれないまま、私は離宮の廊下を一歩ずつ踏みしめる。果たして次の一手は誰が打つのか――この物語の糸は、まだもつれ始めたばかりだ。

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