祝祭に湧く王都と迷い子の謎5
散々にかき乱された祝祭も、夕暮れが近づくにつれ少しずつ静まりはじめた。色とりどりの屋台が店じまいを準備し、熱気を孕んでいた石畳の道もようやく呼吸を取り戻しつつある。
とはいえ、私の周囲はまだちっとも落ち着かない。ソリーナを救ったことで一応「お手柄」と言われたし、ナディアを保護した功績だとかで衛兵たちにも感謝された。ありがたいけれど、その度に妙な注目を浴びるのはどうにも落ち着かない。皆が「さすがセシリア様」と言うのを聞くたびに、内心は「仕事増やさないでちょうだい」と毒づきたくなる。
そんな私の心の声なんてお構いなしで、事件はまだ終わっていない。毒茶の犯人どころか、ここ最近ちらほら噂される別の毒騒ぎにしても、ろくに全貌が見えていないのだ。いったい誰が何を狙ってこんな面倒なことを仕掛けてくるのか。もういっそ王宮を丸ごと薬草まみれにして、全部洗い流してしまいたい気分だ。
ところで、救出されたナディアはソリーナのもとに戻ってからというもの、不安そうに彼女を見守りっぱなしだった。万が一に備えて私が診てみると、ソリーナの症状は小康状態。そのおかげで彼女は私の手をぎゅっと握ってきて、熱っぽい声で感謝を告げた。正直、異国語は半分もわからないけれど、「ありがとう」の気持ちだけは伝わってくる。
そのままナディアと何やら相談し合ったあと、ソリーナは懐から細長い筒を取り出した。中には異国由来の薬草の束が入っているらしい。緑の葉と褐色の根、ちょっと怪しげな棒状の茎まで――私は思わず鼻をひくつかせる。「これは何?」と身振りで尋ねると、ソリーナは静かに頷き、どこか誇らしげな表情を浮かべる。どうやら医術の秘伝書みたいなものも隠し持っているようだ。新しい調合法がうんと詰まっているんじゃないかと考えるだけで、私の脳内はちょっとした探求魂が火を噴きそうになる。
しかし、興奮してばかりもいられない。ナディアの安堵した顔が示すとおり、ソリーナの一時的な危機は脱したように見えるけれど、毒に関する問題が完全に解決したわけではないのだ。案の定、アレクシスがやってきて、いつもの冷たい瞳をこちらに向ける。「王太子殿下の体調はどうにか保っているが、毒の脅威が去ったとは断言できん。引き続き宮廷内外の捜査を強化させる。……おまえも口を挟みたいことがあるなら言えよ」
「いや、むしろ先にインクまみれの報告書を押しつけてくるかと思ったわ。随分気前がいいですね?」
「お前に書類仕事を頼むと、字がきれいすぎて官吏どもが舞い上がる。かえって面倒だ」
「あら、それはそれで困りものね」
お互い皮肉たっぷりにやり取りしていたら、後ろから「まあお二人とも、そんなところでいがみ合わずに」とヴィクトールが笑い混じりに止めに来る。何でも、毒茶に使われた成分が海外由来らしく、それとソリーナの持つ秘薬の一部に類似点が確認されたらしい。「実に興味深いですよ、セシリア様。文書管理所を調べていると、同じ植物名が古い記録にありました。ただ、詳しい学名までは載っていません」と彼が言うもんだから、私の知的好奇心はますます刺激される。
そんな時、廊下の向こうからヒールの音を高らかに響かせて登場したのはイザベルだ。豊穣祭が成功しただの何だのとホクホク顔で、王の側妃である自分の価値をさらりと誇示してくる。ああもう、この人の前ではこっちがうっかり頭痛になりそう。「祝祭はおかげさまで大盛況でしたわ。これで私の立場も揺るぎないものになるでしょう。王太子殿下には、引き続きご自愛いただきたいものですわねえ?」と、意味ありげな笑みを浮かべながら言う。
一方、すぐ脇に控えているマリアンヌが妙に無表情なのが気になる。どうやらイザベルの命で何かを動かしているらしい。一瞬、彼女と目が合ったけれど、どこか薄気味悪い冷たさを感じた。昨日の裏路地での不穏な空気を思い出し、背筋がぴりっとする。
さて、王太子エドワードに目を移すと、今は落ち着いた様子だが、あの華奢な体をいつまた毒が蝕むかと思うと気が抜けない。私が健診をするたび、彼はぎこちなく笑って「また、ひどい咳き込みが出るのでは」と怯えている様子。子どもらしい純粋さが余計に胸を締めつける。何にしても、早いところ毒の出所を断ってあげたい。
「セシリア様、新しい薬草の調合、やってみるのですか?」
部屋を出ようとすると、ナディアが片言でそう尋ねてきた。どうやらソリーナも興味津々らしく、先ほどの薬草をもう一度こちらに差し出す。試したい気持ちは山々だけれど、私が迂闊に使えば、もし害が出たときは目も当てられない。まずは成分の基礎を調べてから――と心の中で呟くと、アレクシスが隣で不意に口を挟んだ。
「その草が安全かどうか、検証が先だ。おまえに死なれても僕が困るしな」
「うわぁ、愛のない言葉ねぇ。……でもありがと」
アレクシスは鼻で笑うものの、ちょっとだけ目が優しい気がする。何なのよ、もう。こういうところが宰相の隠れたモテ要素なんだろうけど、面倒な複雑さもセットでついてくるんだから始末に負えない。
そんな調子で、いっこうに落ち着かない空気だけが漂う王宮内。表向きは祝祭の余熱でどこか浮かれた雰囲気を残しているけれど、裏ではイザベルの工作がじわじわ広がり、マリアンヌが何かを準備している様子。ヴィクトールの文書管理所でも、古い資料を引っ張り出してソリーナの病との共通点を探そうとしているらしい。みんなこちらの知らぬところでもぞもぞ暗躍しているのを想像すると、ますます胃に悪い。
けれど、新たな薬学への期待を思うと、少し忙しさが報われる気もする。海外由来の毒と薬が紙一重で存在する世界……怖いようで、ゾクゾクするほど面白い。私の能力が誰かに期待されているなら、まあ利用されてやるのも悪くない。どうせなら毒そのものを封じた上で、華々しく逆転してみせるのもいいかもしれない。
そう、自分に言い聞かせて廊下を歩き出す。背後から聞こえてくる諜報の気配、甘い香の奥に隠された炎の匂い。まるで嵐の前の静けさみたいに、王宮は見せかけの平穏を保ちながら、さらなる陰謀の種を育てているように思える。
こんなに嫌な予感がするのに、不思議と胸の奥がわずかに高鳴る。もしも絶体絶命の事態がやって来たら、その時こそ私の有能さを「ざまぁ」と突きつけようじゃないか。ま、被害を最小限に抑えるためには、頭脳働かせて行動あるのみ、だけど。
そうやって駆け抜けるように次の現場に向かう私を、アレクシスは「おまえ、倒れるなよ」と小声で呼び止める。それに振り向いて、私は軽く手を振った。心配か皮肉か判断に迷う微妙な言い方だけれど、悪い気分じゃない。「こっちにだって体力はあるわよ。使い潰すなら限界まで頑張ってもらうわ」
毒を巡る闇はさらに根を張りめぐらせている。それでも、手がかりは確実に増えている。誰が仕掛け、誰が踊っているのか。次の一手がどこから飛んでくるかはわからないけれど、毒見役と宮廷薬師を兼任する私の出番は、どうやらまだまだ続きそうだ。早く決着をつけないと、新しい薬の研究がしたいのに、ほんとに忙しくて泣きたくなる。
それでも――気持ちのどこかで、この戦いが俄然楽しみになってる自分がいる。顔に出さないよう全力で隠しながら、私は笑いを噛み殺して足を進める。次はどんな毒とどんな企みが待っているのか。そう思うだけで、さあ早く続きを見せてほしい、と心がはやるのだから、我ながら相当性格が悪いに違いない。けれどそれでいい。疑問も期待も抱えたまま、この王宮で繰り広げられる陰謀の幕は、まだ下りる気配がないのだから。




