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祝祭に湧く王都と迷い子の謎4

朝日が昇る頃には、王都の中心部なんてすでに大騒ぎだ。私も早朝から王太子エドワードの様子を一通り診て、最低限の栄養と薬を用意したところで「こんな日に限って人手不足だ」と侍女に呼び止められ、祝祭の準備を手伝う羽目になった。忙しいのなんのって、毒捜査だってまだ終わっていないのに、軽く地獄を見ている気分だ。


     


それでも祭りというのは恐ろしい。見渡すかぎり色とりどりの屋台が立ち並び、どこからともなく笛や太鼓の音が聞こえてくる。あちこちで派手な踊りが始まっては、道行く人が足を止めて楽しそうに笑っている。まぁ王都が盛り上がるのは良いことだけれど、この人混みの中で妙な気配を感じるのは気のせいじゃないと思う。毒茶事件への警戒が抜けきらないからか、私の神経はピリピリしっぱなしだ。


     


そんなところへ突然、ヴィクトールが走ってきて息を整えながら言う。「セシリア様、ナディアという異国の少女が見当たらないそうです。さっきまでソリーナに付き添っていたのに、突然いなくなったと」──うわ、また事件の香りだ。ソリーナは毒か何かの影響で体調を崩しがちだというのに、その重要な付き人が消えたとは。吐き気を覚えるほど嫌な予感がするけれど、放っておくわけにもいかない。


     


私は呆れながらも、アレクシスに報告してみる。「あんた、こういう時こそ偉そうに指示を出してくれたら?」すると彼は、唇の端を引き上げて鼻で笑う。「では、お前が町を走り回りなさい。僕は外国使節の接待があるからな」「へーえ、つまり私に丸投げってことですね」一応了解してあげるけれど、あとで書類用のインクを全部赤にでもしてやろうかと思うほど、内心は毒づきたくなる。


     


ともかく、手掛かりらしきものを求めて雑踏をかき分けていると、露店の店主が「変わった布切れを拾ったんだけど」と教えてくれた。それには異国の紋様が描かれていて、どうやらナディアの所有物らしい。祭りの狂騒に巻き込まれた挙句、どこかへ転がっていったのだろうか。


     


そして、さらに厄介な情報がもうひとつ。果汁酒に微量の毒が仕込まれているかもしれないという噂が広まり始めている。騒ぎを大きくしたくないのか、イザベルも表立っては動いていない様子だけど、裏では何やら企んでいるかもしれない。マリアンヌまで妙にそそくさと情報を集めているのがちょっと不気味で、誰をどこまで信用していいやら悩ましい。


     


そんな暗い考えを振り払うように、狭い裏路地を覗いてみたら、ようやくナディアの姿を見つけた。人けの少ない場所にぽつんと立ちすくみ、不安そうに周囲を伺っている。その小さな背中が妙に頼りなく見えたので声をかけようとしたけれど、言葉が伝わらないから厄介だ。ナディアは私たちの足音に気づくと、まるで小動物のように目を見開いて後ずさりする。


     


困っていると、そこにひょっこりマリアンヌが現れた。「まぁ、セシリア様。偶然ですわねぇ。こんな路地で何を?」と首をかしげながらも、彼女の瞳は少しも笑っていない。ナディアをちらりと見据える視線には、妙な警戒と冷たさが混じっている。私は胸の奥で嫌な予感が膨らむ。「見ての通り、道に迷った子を探していただけですよ」そう答えると、マリアンヌはにっこり笑って「まあ、ご苦労様。私の方は用事がありますので」と言い残し、さっと踵を返してしまった。後に残る空気がやけに重たい。


     


一方ナディアは、震える手で何かを握りしめていた。私がそろりと近づいて、ソリーナの名前を出してみると、彼女は小さく頷き、細い声を震わせながら何かを訴えようとする。単語こそ聞き取れないけれど、ソリーナに戻りたい一心なのは伝わってくる。私はゆっくりうなずいてから、彼女の手を引いて人混みから安全な場所へ連れ出すことにした。ヴィクトールもさり気なく後衛に回ってくれて助かる。


     


ちょうどその時、王宮方面から慌ただしい知らせが入った。ソリーナの容体がぐっと悪化しかけている、と。ナディアがこれほど焦っていた理由が痛いほどわかった。合流した衛兵たちの誘導で、急いでソリーナの滞在先へ向かうと、そこには陰気な騒めきが漂っている。扉を開けた瞬間、空気がひりつくような緊迫感に包まれた。


     


ナディアはすぐさまソリーナの隣に駆け寄る。彼女の顔をそっとのぞき込んで、そのまましゃがみ込んでしまった。どうやら相当な高熱と痛みに苦しんでいるようだ。周りの召使が「祝祭用の果汁酒を少し口にしてから急に…」と口走るのを聞き、背筋がぞっとする。あの毒の噂がこんなに早く飛び火するなんて。


     


アレクシスの姿はまだ見えないが、とりあえず私が手を打つしかない。携帯していた解毒薬と安定剤を少し調合し、ソリーナの口元へ運ぶ。ナディアが不安げに私を見つめるけれど、余計な動揺は禁物だ。「大丈夫、何とかなるわよ」と自分にも言い聞かせるようにつぶやき、ソリーナの唇に薬を垂らす。しばらくして、小さく喉を鳴らしながら飲み下すのを確認すると、ほっと息を吐いた。


     


ここでひとまず大事には至らなかったものの、ナディアがこうも怯えているところを見ると、まだ何か裏がある気がしてならない。マリアンヌの奇妙な挙動も頭にひっかかる。さらに、毒茶とは別ルートで毒を仕込んだ者がいるのか。それとも海外から持ち込まれた薬草が反応を起こしたのか。


     


そんな混乱まっしぐらの場面で、扉が乱暴に開き、アレクシスが顔を出した。「おい、今度は大通りで妙な騒ぎが起きているぞ。そっちでも毒が見つかったとか何とか…」顔には疲労が滲んでいるのに、せっかく捕まえた私をまた戦力投入する気満々らしい。さすがは宰相殿、働き者をこき使う才能は私以上だとつくづく感心する。


     


祭りの笑い声が聞こえる外とは対照的に、この部屋の空気は疑念と不安でいっぱいになる。ソリーナを看取りながら復帰できればベストだが、多分そんな余裕はない。ナディアを落ち着かせつついったん体勢を立て直さなければ──と思ったところで、外から大きな喧噪が迫ってくるのがわかった。何かが起き始めている。毒捜査に、祝祭の警備に、異国からの来訪問題まで全部ひしめいて、王都の騒ぎはただの祭りで終わる気配がまるでない。


     


私は唇を噛みつつ、ソリーナとナディアの様子を見守りながら、心の中で息を吐いた。広がり始めた毒の影と、マリアンヌの行動、イザベルが影で企んでいる策略……すべてがじわじわと結びつきそうな予感がする。まるで毒虫の巣をつついてしまったような、背筋の凍る感覚。しかし、こうなったからには逃げ場はない。私にしかできない仕事なら、やるしかないのだ。


     


頭の片隅で、自分の有能さをみんなが当てにしているような気配をひしひしと感じる。それが自慢でも何でもないけれど、もはや慣れてしまった。いいわ、何でも来い。私は告げるように、そして呟くようにくすりと笑ってみせる。「ざまぁ、という答えを誰かに叩きつけられる日は遠くないでしょうね」と──あの怪しげな連中に向かって、心の中でそっと毒づいてやった。もう一波乱では済まない騒ぎの予感が、胸をかき立ててやまないのだから。

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