祝祭に湧く王都と迷い子の謎3
祝祭当日の早朝、朝の光と同時に王宮の廊下をドタバタと走り回っている自分の姿に、少しばかり呆れそうになる。毒茶騒動の捜査を続けながら、王太子エドワードの健康管理まで併行しようなんて、よく考えれば無茶もいいところだ。
それでも私に余裕がないと見て取ったのか、宰相アレクシスはやり手の衛兵を追加配置し、王宮周辺の見回りを強化してくれているらしい。といっても彼は彼で外国使節の出迎えやら礼式の打ち合わせで引きずり回されているそうだから、そちらもなかなか地獄みたいだ。つい先ほど顔を合わせたとき、「お前、あまり無理をするなよ」と言いながら書類の山を私に押しつけたのは何の冗談だろう。人に仕事を丸投げしておいて、その言葉は寝言かもしれない。
とはいえ、毒捜査の続きは私にしかできない部分が多い。ヴィクトールは協力的だし、何か怪しい報告があればすぐ駆けつけてくれる。一方、イザベルと侍女マリアンヌの動きも若干不穏だ。あの薄ら笑いの裏でどんな仕掛けを用意しているのか想像するほど、背筋がゾクッとする。しかしそれだけ不安を覚えながらも、妙に胸が高鳴るのだから我ながら性格が悪い。
そんな落ち着かない気分を抱えつつ、私は昼下がりに宮廷の門を出た。どうやら「ナディア」という異国の少女が行方不明になったというのだ。ナディアはソリーナに仕える無表情の付き人で、言葉がほぼ通じないらしいが、珍しい薬草を携えているかもしれない。毒見役としては、彼女が持ち込む物に触れてみたいところだ。それに、ソリーナの容体が悪化しているという報せまで入った以上、ナディアを探し出して連れ戻さねばならない。
王都の大通りは祝祭ムードに包まれ、花飾りや派手な衣装の人たちでごった返していた。道端の露店からは香ばしい甘菓子やスパイスの匂いがして、こっちも混乱、向こうも大騒ぎ。祭りを楽しむ声に混じって、妙な視線を感じる気もするし、マリアンヌあたりが私を尾行していそうな妄想まで浮かぶ。こんな大混雑の中で少女一人を見つけるなんて、なかなかの難易度だ。
「セシリア様、こっちです!」
ふいにヴィクトールが小走りで近寄ってきた。私が手を挙げて合図すると、彼は人波をかき分けながら苦笑する。
「露店で見かけた子どもたちが、白髪の小柄な少女を市の外れで見たと言っていました。ひょっとするとそれがナディアかもしれません」
市の外れ、孤児が集まる場所か。正直、そちらは屋根も傷んだ家屋が多く、お世辞にも住みやすいとはいえないエリアだ。どうして彼女がそんなところへ? しかし考えていても始まらないので、私たちは一気に人混みを突破することにした。
舗装が剥がれかけた路地裏を進むと、風がやけに冷たい。祝いの喧騒が嘘みたいに、人気がない密集した家の影はひんやりとしている。そこでようやく、小さな影を見つけた。異国特有の白銀の髪をもつ少女。間違いない。彼女こそナディアだ。
ナディアは床に膝をつき、何かを強く握りしめている。声をかけても鋭い目つきでこちらを警戒するばかりだが、私がソリーナの名を口にすると、みるみる目が揺れ、まるで救いを求めるような表情になる。
言葉は通じなくても、「ソリーナが危険な状態」である以上、ナディアは彼女のもとへ戻りたいはず。私はゆっくりと片膝をついて目線を合わせ、言葉は分からずとも両手で「一緒に帰ろう」と示した。すると、ナディアは一瞬ためらいながら、宝石のように澄んだ瞳でこちらを見る。まるで「私の持っている薬瓶を信じていいか確認したい」とでもいうかのように。そして意を決したのか、彼女は小さな瓶を取り出して差し出した。
私はそっと受け取って覗き込むと、中には不思議な色の薬草が漬け込まれている。においを確かめた瞬間、思わず動悸が早まった。これは滋養効果が高いが、調合次第で毒にもなり得るものだ。間違いなく手強い薬草だが、この国にはあまり出回っていない。ソリーナの治療に使うのか、それとも……?
「セシリア様、やはり海外由来の薬ですね」
ヴィクトールの低い声に、私は頷く。そしてナディアを安心させるように、「ソリーナのもとへ帰ろう」と再度声をかける。すると、彼女はか細い指先で私の袖をギュッと握って立ち上がった。まだ警戒心が解けたわけではなさそうだが、頼られる気配はある。祭りを楽しむどころか、よくこんな場所に入り込んでしまったものだ。
急いで王宮に戻り、ソリーナの部屋に駆け込むと、召使たちがバタバタと不安そうに動き回っていた。ソリーナは重い呼吸を繰り返しており、顔色がひどく悪い。現場に居合わせたアレクシスが、これ以上ないほどの険しい顔をして立ち尽くしている。
「やはり、何らかの中毒症状かもしれない」
私がそう言うと、アレクシスは即座に執事に命じて水と薬道具を用意させる。ナディアが持参した小瓶の薬草を応急的に煎じる必要があるが、下手を打てば効果が裏返って全身に悪影響が及ぶ。正直、リスクは大きい。
「ああ、やるべきだ。お前なら大丈夫だろう」
例によってアレクシスから無責任――いや、絶大な信頼を伴うコメントが飛び出した。周囲から私に向けられる「あの人なら何とかする」的な視線が痛い。でも覚悟を決めるしかない。素早く薬用の葉を刻み、加熱と冷却の工程を何度か繰り返す。手元が少し震えるが、ここで冷静さを欠くわけにはいかない。
しばらくして完成した薬湯を、ソリーナの唇にそっと当てる。ナディアは息を呑み、祈るように見つめている。その濃厚な香りは、常人なら胃がひっくり返りそうなほど独特だけれど、少しでも彼女を救う糸口になるなら惜しむ必要はない。
するとやがて、ソリーナの苦しげな呼吸が徐々に穏やかになってきた。完全には回復しないものの、一時的には危機を脱せられそうだ。ナディアは安堵のあまり小さく肩を落とし、アレクシスも深く息を吐く。まるで背中の岩がゴロリと落ちたような雰囲気だ。ただし、毒茶騒ぎの真犯人を見つけ出すには、この程度では終わらない。
イザベルの動きも変わらず見えないままだし、マリアンヌがどこで何をしているのかもわからない。祝祭は予定通り盛り上がったらしいが、宮廷内ではそんな皆の笑顔とは裏腹に、不穏な影がじわりと広がっている気がする。
そんな中、王太子エドワードが部屋に姿を現し、空気がぴりっと引き締まった。相変わらず顔色は蒼いが、私をいたわるような眼差しを向けて言った。
「ありがとう、セシリア。ソリーナを助けてくれたと聞いた。お前がいなければ……」
心底ほっとした声に、私は少し居心地が悪くなる。だって、まだ核心にたどり着いていない。それに、毒混入のルートを突き止めない限り、いつまた新たな中毒者が出るかわからないのだ。
アレクシスが脇から小さく鼻を鳴らした。「お前がこんなに頼られると、僕の立場が危ういじゃないか」とでも言いたげな皮肉げな顔に見える。私は少し睨み返してから肩をすくめる。彼は苦笑して小声でささやいた。
「ついでにイザベル様にも薬でも飲ませてやれば? どんな毒舌も一発で黙る妙薬があればいいんだが……」
そんな冗談めいた嫌味で気を和ませてくるんだから、本当に憎めないやつだ。そこで思わず笑ってしまった私は、ナディアが不思議そうに首をかしげているのに気づき、慌てて咳払いでごまかす。
祝い歌が遠くから聞こえる祝祭の夕暮れ。思い描いていた“平和な祝祭”とはだいぶ様相が違うけれど、この国を守る戦いはまだ途中だ。ソリーナの病、とろけるような甘い笑みのイザベル、ひそやかに動くマリアンヌ、そして解明されぬ毒の正体――全部ひっくるめて、今宵はたぶん眠れそうにない。
正直、まだ何も解決していない気がする。明日にはさらなる波乱が待っているかもしれない。でも、そこの謎をどかんと暴いて、周囲が目を丸くする瞬間を見たい自分がいる。周りに「あなたなら仕方ないわね」なんて嫌味ったらしく言われながら、気づけばいつもどおり最前線に立っている。祭りの歓声のすぐ裏で不穏が踊るこの宮廷で、私は今日も毒と闘いながら笑ってみせるしかないのだ。
そう、どんな秘薬よりも痛烈で強力な“ざまぁ!”を、誰かさんに叩きつけるために。いずれその機会はきっとやって来るはず――そんな予感を胸に抱き、私はちらりとナディアとソリーナを振り返りながら、祭りの熱気うずまく外の景色に視線を移した。折しも赤く染まりゆく夕空が、何かを暗示するように揺らめいて見える。これはただのお祭り騒ぎじゃ終わらなさそうだ。私たちの物語は、まだまだ続く。




