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祝祭に湧く王都と迷い子の謎1

本日はやけに背筋がぞくぞくする。というのも、王宮の茶に毒が混入されたかもしれないという疑惑が浮上したせいだ。しかも毒はごく微量で、今まで誰も気づかなかったとういうから始末が悪い。王太子エドワード様を狙ったのか、あるいは他の誰かの仕業を隠そうとしたのか――真相は霧に包まれたまま。でも、確かなのは私、セシリアが毒見役として休むヒマもなく立ち回らなくてはならないということだけ。


 


 「セシリア、さっさと茶に関わった給仕人を洗い出せ」


 助けを乞う前に、宰相アレクシスが低い声でそう言ってくる。王宮の捜査担当者が無能ってわけじゃないけれど、私の“医学的視点”とやらに期待しているらしい。いつの間にそんな側面に信頼を寄せたんですか、と問いただしたいが、彼は拳を握りしめたまま次々に指示を飛ばしている。半ば戦場の指揮官のように、そりゃもう恐ろしいテンションだ。宰相閣下は狂犬になったら手がつけられない。


 


 一方で、豊穣祭という大行事も間近に迫っている。まるで「毒? それより祭りよ!」という無邪気なお決まりのパターンが王都のお祭りムードを煽っているようだ。皮肉なことに、災いや陰謀が隠れていようとも、国民は祭りで浮かれる寸前なのだ。うっかり私も屋台でおいしいスイーツを買いあさりたい衝動に駆られるけれど、そんな暇あるわけない。ここ数日、エドワード様の体調管理と薬膳の試作で神経がくたくたになっていて、徹夜続きで肌荒れが怖い。だけど私にはルージュなんて似合わないし、あまり気にしないことにする。


 


 「セシリア様、毒について何か判明した?」


 文書管理官ヴィクトールが、いつものひそやかな口調で問いかけてくる。どうやら彼も色々と資料を当たっているが、いまいち成果が出ないらしい。海外からの不穏な薬草が最近王都に持ち込まれた形跡があるとか、神出鬼没の商人が売り歩いているらしいとか。だけど決定的な情報がない。まるで堂々巡りだ。私は小さく首を振って、彼に相談しかけたところへ、なんとまあ絶妙なタイミングでイザベル様の侍女であるマリアンヌが姿を現す。


 


 「まぁ、セシリア様。こんなにお疲れのようで? お顔が青ざめていますわよ?」


 その柔らかい笑顔の奥には、どう見ても下世話な興味と揶揄が見え隠れ。失礼な侍女だが、うかつに口ごたえするとイザベル様のお耳に入って面倒なことになる。私は愛想笑いを貼りつけながら適当に相槌を打つ。「私ちょっと過労なだけで毒にはあたっていませんよ」。マリアンヌはクスクスと笑って「それは何より」と言うが、その目が“次の手は何かしら”と探るように光っているから油断ならない。本当にイザベル様一派は宮廷を揺るがす面倒な存在だ。だけど彼女らが仕掛けたとはまだ限らない。どこまでも謎が深い。


 


 そして、王都で噂になっている海外の客人――今や豊穣祭の主賓とも言えるソリーナと名乗る女性が、明日の夕刻には正式に宮廷入りする予定だそうだ。彼女がどんな商隊を引き連れてくるのか、詳細は一切不明。ついでに従者の少女ナディアという存在も興味をそそる。どこかの領主が裏で結んだ密約が関係している…なんて声が流れてるが、なにが本当やら。一方の宰相アレクシスは、


 


 「数日で二つ依頼を同時進行とは……胃が痛い」


 とか言いながらも、書類に目を通す指の動きはどこか楽しそう。災難に直面すると燃えるタイプなのだろうか。なにしろエドワード様の毒混入事件と、海外客の歓迎準備を並行して扱うなんて、頭がパンクしそうな案件だ。


 


 「セシリア、悪いが豊穣祭でも毒見役として君に回ってもらう。危険は承知だが、その“有能さ”を期待してる」


 当の本人は私を褒めているつもりなんだろう。だけど私には自覚がないし、大変そうな仕事が増えるだけなので全然嬉しくない。「お断りしたいけれど、その選択肢はないんですよね?」とため息をつくと、彼は肩をすくめて「仕事の鬼」とか冗談めかしてくる。聞いてて頭痛が増すばかり。


 


 とはいえ、王太子殿下が再び不調に陥ったら、宮廷全体が大騒ぎになる。そうなればあのイザベル様だって「チャンス」とばかりに策を巡らせるだろうし、それに乗じて誰が毒を広めるかわからない。王宮で必死に裏工作をしている派閥はひとつやふたつじゃない。私も常にサンプルと麻袋を持ち歩いて、怪しいものは即刻検査したいくらいだ。ああ、早く平穏な日々が戻ってきてほしい、なんて切実に祈りたくなる。


 


 そんな最中、イザベル様が華やかな衣裳を翻して謁見の間を横切っていくのが見えた。煌びやかなドレスを纏いながら、まるでこれから自分が主役の舞台に立つかのような気迫。周囲の使用人たちにひそひそ指示を与え、瞬く間に立ち去っていく様は、“祭りを仕切る私”を宣言しているみたいだ。瞳の端には、エドワード様の容態よりも“どう祭りを盛り上げるか”のほうが優先されている光がちらつく。毒騒ぎさえ、彼女の策略を彩るスパイスなのかもしれない。


 


 マリアンヌの動きも引き続き観察しなくちゃならない。彼女は祝祭準備にかこつけて、こそこそと廊下で誰かと密談している姿が目撃されていて、どうも怪しい。王宮には備蓄されていないはずの珍しい薬品のリストを探しているって噂もある。それが今回の毒と関係してるかもしれないし、まったく別の企みかもしれない。可能性が多すぎてキリがない。


 


 とにかく豊穣祭までは時間がない。この事態、あれよあれよと加速している。私はエドワード様の次の健康チェックを済ませて、調合室をざっと片づけ、新しいサンプルを準備したらすぐ情報収集に駆け回らないといけない。マリアンヌとイザベル様の蒔いた種を踏まずに歩くなんて無理難題に思えるけど、幸いそばには神経を尖らせる宰相と文書管理官という頼れる(?)男たちがいる。私一人で抱え込む必要はない…はず。たぶん。


 


 「セシリア、さっきから落ち込んだ顔してるぞ」


 アレクシスがちらりと様子をうかがう。私は無理やり笑顔を作り、「いつもの仏頂面です」と言ってやった。すると彼は苦笑い。そのうちヴィクトールがぼそりと「毒を撒いた犯人も仏頂面でしょうね…」と皮肉をつぶやいて、思わず吹き出しそうになった。こんなふうにふざけていられるのも今のうちかもしれない。祭りと毒。まるで相反する言葉が、宮廷内でせめぎ合っている。


 


 さて、次はどこから糸を手繰るべきか。豊穣祭はきっと大勢の貴族に加え、海外賓客や商人たちで盛り上がる。意図的に混入された毒が表に出た今、さらなる大きな一手が動き出すに違いない。そして、なぜか私の胸はざわざわとした予感で逸る。怖いもの知らずと言われればそれまでだけど、守るべき人々がいる以上、薬師としても負けるわけにはいかない。


 


 「やるしかないか」と自分に言い聞かせ、私は小さく息をついた。嫉妬と陰謀と祭りの熱気が入り混じる王宮で、また一騒動起きそうな気配に満ちている。でも、どんな毒が使われても、こちらには知恵と度胸がある。瞬き一つで真実を見つけるのは難しくても、せめて滅茶苦茶にされる前に犯人の尻尾を掴んでやるつもりだ。


 


 そう心を固めたところで、廊下の奥からマリアンヌと視線が合った。彼女は小さく肩をすくめ、まるで「さあ、あなたが先に動くの? それとも私?」と言わんばかりの挑発めいた笑みを浮かべている。ひとまず私は目を逸らさないまま、意地悪く口角を上げてみせた。今度はこっちが先に仕掛けてやろう。いやがおうにも熱が増す陰謀劇に巻き込まれながら、私の頭の中には新しい調合レシピが次々と閃いていた。毒も祭りも、まとめて存分にひっくり返してやる――そんな決意を胸に、私は急ぎ足で次の部屋へと向かう。

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