白き巫女と消えた侍女たち5
ざわめく大宴の会場、真っ先に私を狙い撃ちするような視線がいくつも突き刺さる。イザベルの取り巻きたちが妙に嬉々として私の動向を見張っているのだ。ひそひそ噂されようとも、こちらは花瓶でも眺める気分で流すしかない。なにしろ本日の目玉は“白き巫女”の来訪。彼女が現れるや否や、そこかしこで歓声なのか悲鳴なのか分からないざわつきが巻き起こった。
見渡すと、巫女という存在を半ば“神様”か何かと勘違いしている貴族婦人も多いらしい。ふわりとした白の衣に長いヴェールをまとい、透き通るような肌を覗かせるその姿は、たしかに一種の神秘を漂わせている。けれど近くで見ると、ちょっと怯えたような瞳がやけに生々しくて、人形のように完璧な存在とは言い難い。むしろ脆く儚げ――それが不自然に見えるのは、私の意地悪な観察眼が働いているからだろうか。
「よくいらしたわ、“白き巫女”様。王宮を代表して…いえ、私個人としても心待ちにしておりましたのよ」
イザベルが歓待の言葉を述べるが、その笑みは蛇が獲物を狙うように鋭い。巫女は目を伏せて応えず、隣に控える侍女らも口数が少ない。まるで喋れば喋るほど突っ込まれそうな種が隠れているのかと勘繰りたくなるくらいだ。
「セシリア、行け。診察せよ」
後ろから低い声で命じてきたのは、宰相アレクシス。気安く肩を叩いてきたかと思えば、ちらりと視線で“しっかり見ろ”と促してくる。なんだか厄介だけど仕方ない。これも私が宮廷薬師で、しかも毒見役兼・方便医(?)を兼務しているがゆえの職務だろう。それに、大宴の場を逃げ出したところで、マリアンヌがいじわるな扇子で道を塞いできそうだから諦める。
ちらりと巫女の顔色をうかがうと、本当に血の気が少ないようだ。輸血が必要になるんじゃないかってくらい。そもそも外見からアルビノのようだと噂されていたが、ここまで色素が薄いと、普通に外を歩くだけでも日差しにやられそう。心配ではあるけれど、それより先に、妙に胸を突く予感がある。傷つけられた形跡があるのか、あるいは薬の痕跡があるのか――確認したくてたまらない。
「失礼します。少し手を触れますね」
ヴェールをそっとどけて触診を始めると、巫女の骨張った指先が震えているのに気づく。脈は尋常じゃないほど不規則で、まるで長期間まともに休息を取っていないかのよう。それなのに、巫女はじっと私を見返して、微笑とも苦笑ともわからない表情を浮かべていた。
「ふふ、あなたがセシリア…」
それだけ呟いて、あとは視線を伏せる。私の名前をどうやって知ったのか。どれくらい調べ上げられているのか。なんだか背筋が寒くなってきた。巫女にどれだけの“力”があるのか、いや、裏で動いているのは誰か――考えがぐるぐるしていたら、急にマリアンヌの声が飛んできた。
「セシリア様、お済みになったかしら? いつまでも巫女様を独占しないでちょうだい。イザベル様とは歓談が山ほどおありなの」
はいはい、と受け流しかけて、思わず意地の悪い一言を付け足したくなる。「ご丁寧なお誘いで光栄です」と表面上は笑い、ついでに「でも、私だって宰相閣下や王太子殿下に重大な報告をしなくちゃいけなくて忙しいんですよ」とやんわり釘をさす。これを言うとマリアンヌが笑顔を引きつらせるから面白い。
アレクシスもくすっと苦笑したようだけれど、結局すぐに仏頂面に戻る。「火傷を負った者は見つかったか?」と低い声ですぐに問いかけてくるからだ。ここでうっかり人前で口を滑らせるわけにはいかない。私も声を落として、「まだ分からない。けど巫女さんの身体のあちこちに、古い火傷と見まがうような痕跡はないみたい…」と耳打ちする。
「そうか。なら、ほかを当たらねば」
彼は難しい顔をして、すぐに視線を四方へ飛ばす。心ここにあらずのまま、貴族の挨拶をやり過ごしているらしい。私もそそくさと会場の隅へ退散し、エドワード殿下の様子を確かめようかと一瞬考える。けれど医師団によれば、今日は比較的安定しているとのこと。ならば――さりげなく姿を消して、もう少し巫女の周囲を嗅ぎ回らせてもらおう。
そう思ってぐるりとテーブルを回り込むと、いつの間にか巫女は人々に囲まれ、大層な扱いを受けていた。ワインで乾杯されそうになり、さあこれを召し上がれと押し付けられ、困惑しているように見える。下働きの侍女たちもなぜか姿を見せず、代わりにイザベルの配下らしき連中が巫女の席を誘導している状態だ。傍から見ても、あれはあまり健全な空気感じゃない。
「セシリア様。あなた、今巫女様のおそばに近づいても無駄よ」
いつの間にかマリアンヌが背後に忍び寄り、ひそひそとささやく。うわっ、と慌てて振り返りそうになるのをこらえつつ、「どういう意味?」と問い返すと、彼女は愉快そうに唇を曲げる。
「ただの余興のお人形、という噂もありましてね。けれどあなたには、もう少し違う見方があるんでしょう?」
その言葉に返事する前に、マリアンヌはくるりと踵を返した。まるで私に「今は見逃してあげるわ」と言わんばかりだ。勝手なことをぬかしてくれるなと腹が立つが、焦って追いかけても罠にはまりそうだからやめておこう。
火傷を負った者の正体、ロザリーの行方、そして白き巫女の来訪。すべてが微妙に絡み合いながら、まだ全容を見せていない。ちょっとやそっとの調合じゃ、この重たい空気は晴れないだろう。まるで最悪な病気が拡大していくように、宮廷の陰謀熱が上昇していくのを肌で感じる。
そんなざわざわした空気の中、巫女は私と視線を交わし、こくんと小さく頷いた。まるで、「また後で会いましょう」と言っているようだった。まさか彼女から直接、踏み込んだ話を聞ける日が来るのだろうか――考えただけで心拍数が上がる。私、そんなに探偵気分に浸りたかったわけでもないのに。だけど、ここまで来たら引き返せない。
後ろで貴族たちが囃し立てる拍手や乾杯の声が、やけに耳障りに響いている。大宴の喧噪に呑まれながら、私はもう一度巫女の姿を探す。彼女は周囲に流されそうで、今にも消えてしまいそうに見える。その儚げな存在が、またしても私の好奇心をくすぐるのだ。
どこまで踏み込み、どこまで火傷を負う覚悟があるのか――そんなの決まってる。私は欲しい情報を得るまで、徹底的に足掻き続ける。もうしばらくは、あの巫女の行動を看過するわけにはいかないのだから。どうせ騒動が大きくなるなら、まとめて謎を引っこ抜いてしまうまでだ。
そう腹をくくった瞬間、会場がさらに大きく揺れるような歓声で満ちた。ああ、もう。確実に面倒な夜が始まっている――そう苦笑しながらも、私の胸には不思議な昂揚感が弾けている。何かずっと眠っていた“策師”じみた感情が、今こそ動き出す予感。自分でも怖いような期待が甘く疼くのだ。さあ、謎に挑む準備は万端。あとは――だれが先に仕掛けてくるか、手ぐすね引いて待ち受けるだけ。




