白き巫女と消えた侍女たち4
アレクシスの手配で、私はヴィクトールが秘蔵していた古い資料を読み漁ることになった。彼が「これはお役に立つかもしれません」と差し出す冊子はどれも年季の入った革表紙で、ページをめくるたび黴くさ…いや、厳かな文献の香りが漂う。うっかりくしゃみしてしまいそうだけど、ここでツンと鼻水を垂らすわけにもいかない。何しろ、先代の宮廷医師が不審死を遂げた当時の記録とやらが無数に眠っているのだから。
ページをめくれば、さりげなく登場する「ロザリー失踪」の一文。あの侍女の名前が、こんな古文書にまで散りばめられているなんて、さすがに妙な胸騒ぎがする。しかも同じ文脈で「火傷を負った者」という単語も登場し、まるでピースが一瞬ぎくしゃくと噛み合いかけた気配。被害者が複数いた? それとも主犯に跡が残っているの? 頭の中で疑問が渦を巻くなか、ヴィクトールがふと呆れ顔で呟いた。
「セシリア様は本当に吸い込まれるように記録を読まれますね。先代医師の手帳なんて退屈な暗号だらけでしょうに…」
「退屈? いえいえ、むしろ胃痛がするぐらい興味深いですよ。こんな物騒な文献、普通なら読み捨てたいところですけど」
「確かに。ですが、そこに“大事な鍵”が隠れているかもしれない」
鍵、ね。彼が言うからには、絶対に何かがある。と同時に、イザベル周辺でちらほら聞こえる“火傷を負った者”の噂が、この文献に集結している気がする。これはどう見ても偶然じゃない。あの側妃は、人に探りを入れるときも微笑を絶やさない冷徹な策略家だ。――でも、だからと言って「わたしがいやいや読んでるだけ」みたいに思われるのも尺に触る。どうせなら喜んで調べ尽くしてやろうじゃないの。
資料読みを終えたあと、アレクシスに進捗を報告に行くと、彼は迎えるなり渋面だ。「エドワード殿下の容態がまた崩れかけている。お前の医術で何か手はないのか?」と、激しく書類をめくりながら訴えてくる。心配なら先に医師団を呼んで欲しいが、あの殿下の病は一筋縄ではいかない。こういうときこそ私の出番なのかもしれない。
「ついでに“白き巫女”の到着が近いそうだ。妙な噂も流れてる」
「妙な噂? また毒殺未遂とか? それとも余計な來訪者が勝手にエドワード殿下を癒やすために怪しげな儀式をする…とか?」
「あながちハズレでもない。巫女がエドワード殿下の病と深く関係している可能性がある」
うわあ、これまたロザリー失踪の謎と平行して頭がごちゃつく。宮廷中が大宴の準備に忙しい中、次々と火がついていく感じだ。ぼや騒ぎどころか炎上パーティーの気配が濃厚。「さっさと解決してくれませんかね?」なんて言われても、「そちらが材料費をケチらず払ってくださるなら頑張ります」って皮肉を言いたくなる。
そうぼやきながら廊下を出ると、マリアンヌがちょうど待ち伏せしていた。彼女は「あら偶然」とか嘯いているが、あからさまに私の進路を塞いでいるようにしか見えない。
「セシリア様、“火傷の件”はどう? わたくしちらっと耳に挟んだのだけれど、あなた、ヴィクトール様と何やら古い文書を…」
「ええ、拝見しましたけど、あんまり大したことは…ないような…あるような」
「まあまあ、じらさないで。イザベル様だって気になさってるのよ。“白き巫女”の到着と奇妙に重なる事件に、何か妙味があるんじゃないかって」
マリアンヌの含み笑いが耳障りと思いつつ、私も黙っては動かない。なにせ私の宿敵(?)ぽい彼女が、ここまでオープンに駆け引きしようとするなんて珍しい。何か既に掴んでいるのかもしれない。でも一瞬の躊躇を見せると、彼女は上機嫌に扇子を翻して去っていった。ああもう、こういう隠し球をちらつかせてくるから気になって仕方ない。
いっぽうで、ロザリーの安否がますます私の胸を突く。行方不明事件をうやむやにしては、彼女の無念が救われない。もしかすると“白き巫女”が来る頃には、さらなる手掛かりが表に出るのかもしれない。何かが引き寄せられるかのように、陰謀も人の思惑も一堂に会してきている気がしてならない。
そうこう考えを巡らせていると、またヴィクトールがひょっこり顔を出す。「セシリア様、先ほどの記録、未整理の部分が数箱あるので後日お渡ししても?」「もちろん」と即答すると、彼が微笑む。「あなたほど熱心に読んでくれる人はいないので、資料たちも喜ぶでしょうね」――いやいや、資料に感情はないって! でも、このペースでめぼしい情報を集められれば、ロザリーと“火傷を負った者”、そして“白き巫女”の謎が一気に繋がる可能性が高い。
だけど、私が核心に近づこうとするたび、イザベル勢力の圧力がじわりと強まるのも感じる。あちらさんも黙っていい子にしてくれるわけがない。何を企んでいるかはわからないけれど、明るい未来を期待できる雰囲気ではない。
それでも先走りたい気持ちをこらえて、落ち着いて全貌を見極めないと。ロザリーが、あるいはエドワード殿下が、あるいは私自身が、今後どう巻き込まれていくのか想像するだけで息苦しくなる。でも、謎を暴いてしまえば全部スッキリ解決…となる保証もない。それでも私の性格的に、やりかけのパズルを放り投げるなんて選択肢は最初からあり得ないのだ。
次に“白き巫女”が宮廷の門をくぐったとき、どんな地獄絵図が繰り広げられるのか。目を背けたくなるほど嫌な予感がするけど、ここまできたら自分の好奇心に任せるしかないし、正直ちょっとワクワクしている。
ロザリーは無事なのか。火傷の秘密は何を示しているのか。巫女がもたらす力は本物なのか、それとも宮廷の闇に染まる幻なのか。ページをめくるたび揺れ動く感情が、今にも噴火しそうだ。だけど私は、涼しい顔で次の手を考え続ける。ここが踏ん張りどころ。騒ぎが大きくなるほど、得られる答案用紙も増えるかもしれないから。
その答え合わせの瞬間が楽しみだ――なんて軽口を叩けるのは、もしかすると私が自分の有能さをまったく自覚していない証拠かもしれないけれど。いまはそれで構わない。どうせこの宮廷では「使える駒」くらいにしか思われていないんだから、せめてその駒っぷりを存分に発揮し、逆にこちらが大逆転を狙ってみせるまで。
胸をざわつかせながらも、私は次の資料を手に取る。どれだけ暗号が厄介でも、解かなくちゃ気が済まない。それが今の私の仕事であり、意地でもあるのだから。いざ、真偽のほどを暴くための踏み込みを開始だ。…それにしても、報酬アップは絶対に譲らないけど。




