白き巫女と消えた侍女たち3
扉を開けた瞬間、イザベルの冷ややかな眼差しが飛んできた。廊下から入る風すら凍らせそうなオーラに、思わず「さては今度こそ処刑宣告かしら」と変な冗談が頭をよぎる。けれど彼女の口から出たのは、意外にも「宮廷医術助手」としての役職名だった。
「セシリア、あなたの才能をここで存分に活かしてもらうわ。余計なことを考える時間なんてないはずよ」
と、悠然と言い放つ。そう来ましたか。いきなり私的招集されたと思えば、この報酬なしでハードワークさせられる予感。実際、使い潰されるか利用されるかの二択にしか思えない。
でも、イザベルはわたしを値踏みするように見つめつつ、しれっと微笑む。その美貌につられて、つい言葉を失いかけるのは我ながら悔しい。彼女の言葉どおり、今は黙って“助手”を務めるほうが得策だ。正面切って敵対するほど勇気も余裕もない。
とはいえ、部屋を出るきわに耳打ちされた「最近“火傷を負った者”を探していると聞くけれど、あなたも手を貸してちょうだいな」というひと言にはぞくりとした。“火傷”といえば、つい先日マリアンヌが暗号の断片を持ち込んできたばかり。いったいどこからそんな情報を仕入れたんだか。イザベルがこうも探りを入れてくる以上、彼女とマリアンヌはやっぱり繋がっているんだろうか。あーめんどくさい。できることなら華麗にスルーしたいところだ。
けれど次の瞬間、廊下へ出たところでマリアンヌ本人が待ち構えていた。彼女は扉に寄りかかって、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「セシリア様、火傷の件、何か掴めました? お優しい宮廷医術助手様なら、とっくにお調べになってると思ったのですが」
鼻につく言い方だが、その刺激に乗せられて「そちらこそ、横流しする情報はないんですか?」とやり返してしまう。するとマリアンヌは軽い笑い声を立てて、
「まあまあ。見返りがあるなら、こっそりお教えできるかもしれませんわ。例えば、わたくしの秘密を抱えていただくとか」
どこまで信用していいのか皆目見当もつかないけど、少なくとも彼女はわたしの“探求心”が燃えていることを知り尽くしている。わたしは渋々、条件次第では協力することを匂わせて、その場を引き下がるしかなかった。
その後、気づけばアレクシスからも呼び出しがかかった。ああ、もう今日は何人に振り回されるんだろう。彼の執務室へ足を踏み入れると、めずらしく少し焦った声音でこう言うのだ。
「セシリア、“白き巫女”が近々到着するらしい。あの存在が絡むと、王宮全体が妙に浮き足立つ。君も警戒を怠るなよ」
アレクシスがこんなに煽ってくるとは。それだけ“白き巫女”が持つ影響力は遥かに大きいのだろう。外国の神秘とやらでエドワード殿下を救う奇跡が起きれば、権力図がガラリと変わる可能性もある。でも、その奇跡が本物とは限らない。そういうときに限って毒やら陰謀やら、もう盛りまくりな悪夢が展開されそうだ。
わたしが思わずため息をつくと、アレクシスはほんの少し苦笑して、棚に乱雑に積まれた書類を指さす。
「ついでにこれも見てくれ。殿下の病状がまた悪化した。お前の腕で何とか先延ばしできないか?」
「はいはい、けっこう重責ですね。報酬は後でたっぷりお願いしますよ」
あまりに投げやりな依頼だけど、エドワード殿下に罪はないし。どうせ放っておけば、また誰かの陰謀に利用されるのは目に見えている。わたしは秘薬の材料リストを更新しながら、内心では「手間賃ぐらい多めに出せ」とブツブツ悪態をついた。
一方、王宮中では煌びやかな大宴の準備に忙殺されているらしく、廊下を行き交う侍女や従者も落ち着きがない。飾り紐や花束を抱え、大声でやり取りする様子など、見てるだけでこちらの胃が痛んでくる。それでも集中して歩を進めていると、ふとすれ違いざまの下級侍女が「ロザリーはどうなったの? まだ見つかってないみたいで…」と隣の侍女にささやくのが耳に入ってきた。
ロザリーか。やっぱり姿を消したまま。大宴を前に、彼女の失踪はさらに影を落としている。でも、「闇に葬られた」という噂しか飛び交わないのが腹立たしい。あの子の行方を突き止めるには、火傷疑惑や先代医師の不審死、いくつもの謎をひもとく必要がある。やれやれ、切り張りだらけのパズルをなんとか完成させろってことか。
そんな折、マリアンヌから渡された暗号の写しを懐から取り出し、廊下の隅でコソコソ眺めていたら、まるで待ち構えていたかのようにヴィクトールが声をかけてくる。
「お困りですか、セシリア様。わたしの管理している古文書が必要でしたら、いつでもお貸ししますよ」
いつも穏やかな彼だけど、そのほんのり笑う口元には妙に悪戯っぽさが宿っている。何か含みがあるんじゃないかと勘繰りそうになるが、今は素直にお世話になるとしよう。いずれ“白き巫女”が到着するまでに、手がかりは一つでも多いほうがいい。
というわけで、あらためて決意した。なにかと余計な御用ばかり引き受けてしまうけど、それで問題が解決するなら安いもんだ。エドワード殿下の病にしろ、ロザリーの行方にしろ、わたしはあくまで「医術と知識」で解体するつもりだ。華麗なる陰謀劇? 大いに結構。そういう派手な騒ぎこそ、潰し甲斐があるというもの。
もちろん、宮廷の闇に踏み込むほど危険が増すのは承知のうえ。でも、わざわざ転生してまでこの世界に来ちゃったし、どのみち周りに引っ張り回されるなら、自分で新しい薬の調合でも何でも試してみる方が性に合っている。毒見役は望んでやる仕事じゃないが、「人を診ること」はわたしの生業だから。
いつになったらロザリーと再会できるのか。あるいは再会した瞬間、宮廷の闇が一気に爆発するのか。どちらの未来が来ても、きちんと傍観せずに立ち向かってやる。
火傷の手がかり、暗号の秘密、白き巫女の正体――すべてまとめて暴き出して、そうしてわたしは胸を張って言いたい。「だいたい原因は全部わかりましたよ」って。決して自惚れているわけではない。どちらかというと、わたしより周囲の方がよほどわたしの“有能さ”を期待してるんだから、こうでもしなきゃ彼らがうるさくて仕方ないのだ。
まったく馬鹿みたいだけど、いまいち自覚はない。ただ、拾ったものを捨てずに一歩ずつ繋いでいけば、いずれこの宮廷の真髄が見えてくるんじゃないかと思う。だから今は、自分に割り当てられた“助手”の仕事に全力を注ぎながら、視線は遠く、“白き巫女”とロザリーの行方を探し続けるしかない。そう、わたしには無茶をするだけの理由がちゃんとある。
それにしても、どうやら次の大宴では大波乱が待っているみたいだ。心の準備なんてする暇はなさそうだけど、まあ、いつものことか。ならばこのまま突き進むのみ。飲み込まれる前に、先手を打ってやる。暗黒宮廷が何を隠そうと、余計なお世話すらかって出るのがわたしの生き方だから――。




