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白き巫女と消えた侍女たち2

朝の薬草調合を終えて一息ついたところへ、あまりよろしくない気配が漂ってきた。警戒する間もなく、顔を出したのはマリアンヌだ。いつものごとく品のいい微笑を湛えつつ、声だけひそめてこう囁く。


「セシリア様、また侍女が一人、消えた模様ですわ」


 まるで「朝食のスープが冷めました」とでも言うかの軽さに思わず苦笑がもれる。どんだけ同じ話が続くのだろう。いったい宮廷の床下には何人埋まっているんですか、と皮肉の一つも言いたくなる。もちろん彼女の前でそんな本音は出さない。

 失踪者はロザリーだけじゃなかったのか。まったく、物騒な城だ。競争に敗れれば闇に葬られるなんて噂、誰が言い始めたんだか。実際こうも失踪が重なると、医師としては穏やかじゃいられない。


「白き巫女様の到来が近いと聞いて、皆さん浮き足立っているのでしょうねえ」


 マリアンヌは悪びれもなくそう言い放ち、ついでに意味深な笑みまでこちらに向ける。その人相見たいな目つき、ずっと慣れなくてゾワッとする。彼女が背後でどんな情報操作をしているのか……あれこれ考えていると、開け放たれた扉の奥からアレクシスがやってきた。


「セシリア、少し時間があるなら付き合ってくれないか」


 そしてさっさと手招きする。化粧室でも行くようなフランクさだが、中身はそう甘くなさそうだ。マリアンヌに視線をやると、彼女はにこりと愛想笑いを浮かべ、スカートの裾をからりと翻して去っていった。よし、これで少しはまともな話ができる。


 アレクシスに連れられ書庫の一角へむかうと、そこにはヴィクトールが待っていた。文書管理官の彼は飄々とした空気をまといながら、広げられた parchment(羊皮紙)をそっと指し示す。


「古い記録を調べましたら、なんとも気になる記述を見つけましてね。先代の宮廷医師が急死された理由は“悪性の熱病”とされてるんですが、どうも裏に毒物の影があったかもしれない」


 さらりと言うことが穏やかじゃなさすぎて、思わずわたしは目を丸くする。王家直属の立場にある医師が、もし政治的な毒殺に巻き込まれていたとしたら? それに失踪騒ぎと“白き巫女”が結びつくなら、いよいよ嫌な伏線しか感じない。


「おまけに、あのイザベル様も何やら活発に動いている感じがするんだよね」


 アレクシスは書類をぱらりと捲りながら、ため息まじりに続ける。王の側妃といえば、当代で最も権勢を振るう女性。手段を選ばぬ冷酷さを秘めていると、わたしですら耳にたこができるほど噂を聞く。ロザリーの失踪に何か関係があったとしても不思議じゃない。


 その一方で、エドワード殿下は相変わらず不安定なご様子だ。最近は少し落ち着いたかと思えば、また胸の痛みや微熱がぶり返す。謎の病が長引くほど、宮廷の緊張度は増すばかり。となれば、“白き巫女”の存在が救世主扱いされるのも無理はない。もし彼女が殿下を救う術を持っているのだとしたら、側妃や宰相、すべての権力者が黙ってはいないはずだ。


「で、セシリア。君は今回もおとなしくしていられないんだろう?」


 アレクシスの問いに、わたしは「ええ、当然でしょう」とあっさり答える。医学的に見過ごせない事柄が多すぎるし、なによりロザリーの行方が気になる。あんな素直な娘が陰謀の餌食になってるなんて、考えるだけでイライラしてくる。


「確かに君の腕は頼りになる。だけどあまり派手に動いて、イザベル様やマリアンヌに目をつけられたら面倒だ」


 と渋い顔をするアレクシスに、「わたしの仕事は地味ですから大丈夫ですよ」と返すと、彼は「はは、まったく説得力がない」と肩をすくめた。でも、その口調はどこか憎めない。利用されている気もするが、彼の助言がなければ集められない情報も多いのも事実。だったら、悪魔と取引してでも突破口を見つけてやる。


 その晩、調合室で一騒動があった。隙を見て忍び込もうとしたらしい侍女が、薬たるを誤って倒したのだ。あたり一面に甘い薬液の香りが漂い、わたしはゲンナリ。床がねっとりして歩きにくいったらない。何を盗もうとしたのかはわからないが、後宮各所に手を伸ばす動きがあるのは間違いない。ねえロザリー、あなたもこんな風に誰かに探られていたの?


 思考が重くなりかけたところに、ヴィクトールの控えめなノックが聞こえた。古文書の袋を抱えて小声で言う。


「“白き巫女”の来訪が正式に決まったようです。もうじき、王宮の大宴でお披露目の場が設けられるかと」


 わたしは洗い残しの薬液を急いで拭きつつ、「ふうん、その時に何が起ここうと不思議じゃないですね」と答えた。失踪騒ぎ、先代医師の不審死、そしてこのタイミングでの巫女のお出まし。どう絡むかはまだつかめないが、すべての断片が揃った瞬間、宮廷はとんでもない形にうねりそうな気がする。


「ロザリーを探すのはもちろんですけど、先代医師が何を治そうとしていたのか、その名残も気になります」


 自分でも知らず知らずのうちに熱がこもった声が出てしまい、ヴィクトールが苦笑する。


「セシリア様、くれぐれも御身大切に。騒動の中心にいらっしゃるのはいつもあなたですから」


 その言葉が、まるで「別に止められないので死なないでくださいね」と聞こえて、少し笑ってしまう。言われなくても、わたしにはまだ治さなきゃいけない相手が大勢いるのだから。


 城内を黙らせるばかりの大陰謀か、あるいは国外を巻き込んだ壮大な茶番か。どちらにしても、逃げ腰じゃ誰も救えない。白き巫女が奇跡を呼ぶか、それとも予想外の破滅を連れてくるのか。どっちでもいいわ、解体するのがわたしの仕事なのだから。


 さあ、次はどんな事件が転がり込んでくるのか。ロザリーが見つかったときには、「やっぱり生きてましたね」と笑い合えたらいい。そんなわたしの淡い祈りなど、聞き届けられるかどうかは分からない。でも信じずにはいられない。行方不明の侍女も、エドワード殿下の病も、そして白き巫女の噂さえも――すべて徹底的に暴いてみせる。それが転生薬師であるわたしの、唯一にして最大の務めなんだから。

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