白き巫女と消えた侍女たち1
「ロザリーが行方不明ですって?」
ある朝、いつものように王宮の診察準備をしていたわたしの耳に、そうした報告が飛び込んできた。下級侍女のロザリーといえば、先日まで再診が必要だと聞かされていた娘だ。なのに、どうやら突如と姿を消したらしい。
「まさか当日ドタキャンとか? いやいや、侍女が勝手に外へ出られるわけないしね」
からかい混じりに問いかけてみると、白衣の同僚たちの顔がなんとも言えない困惑を帯びる。しかも最近、似たような失踪例が続いているらしい。おかげで城のあちこちで「誰が次に消える?」と物騒な噂話がもっぱらだとか。わたしは安物の推理小説じゃあるまいし、と心のなかで呆れるしかない。
「確かに最近、やけに不穏な空気が漂ってるわよね」
突如肩を叩いてきたのは、裏方仕事に長けた侍女の一人。それでも何か言いかけた瞬間、ひそやかな気配を感じて振り返ると、廊下の向こうにマリアンヌが立っていた。いつものやや上品な笑みを浮かべているが、その瞳はどこか探るよう。そしてわたしをまじまじと観察したあと、まるで待ってましたと言わんばかりに話しかけてくる。
「セシリア様、ご存じなくて? 下級侍女が“白き巫女”様の到来を前にして……まあ噂が好きな方々は何でも騒ぎにしますから、信ぴょう性はどうかしら」
聞いてもいないのにさらりと“白き巫女”を引き合いに出すあたり、やはり仕掛けている。最近城内では、この“白き巫女”と呼ばれる謎の来訪者が間もなく現れると大盛り上がり。なんでも異国からの特使らしく、王太子殿下の病気とも関連があるとかないとか。挙句、一部では「殿下に奇跡をもたらす救世主かも」なんて無責任に持ち上げる者までいて、医師としては気が気じゃない。
そんな風に悶々としていると、アレクシス宰相がすぐにわたしを呼び出した。相変わらず神経質そうな切れ長の目で、「君もいろいろ動いているんだろう? やり過ぎるとまた危険を招くぞ」と、半ば呆れたように忠告してくる。
「お言葉ですが、わたしはただ消えた侍女のことを少し調べてるだけです。奇妙な噂を放っておいたら王太子殿下にも影響が出るかもしれない」
気づけばわたしの声が強くなっていた。アレクシスは肩をすくめるだけだったが、その表情には「君は本当に一度足を突っ込むと止まらないな」という諦念すら混じっている。とはいえ、裏ではしっかりと何か調査しているらしく、「白き巫女が正式にここへ来るのは数日のうちだろう。イザベル様がどう出るかはわからないが、気をつけて動くに越したことはない」と小声で耳打ちしてくれた。どうやら宰相殿もわたしを案じてくれているらしい。まだ利用価値があるとか、そういうやつかもしれないけど。
失踪騒ぎに関しても、イザベル様が怪しいというのはわたしの中では定説だ。あの方は王の側妃としてんん~となるほど優雅に過ごす一方で、人材は手段を選ばず囲い、不要な者は平然と切り捨てると噂されている。もしロザリーが何かを知っていたがためになどと考えると、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。そこにマリアンヌが絡めば、隠滅作業なんぞお手のものだろう。ぞっとするが、この宮廷に生きる以上、避けては通れない道なのかもしれない。
わたしは調合室で薬草を振り分けながら、ロザリーの失踪理由について頭を巡らせる。微かな手がかりでもいいからほしいところだが、侍女仲間も“誰が触れたのか、それすら知らない”と口をそろえて言うばかり。まるで彼女が煙のように消えたみたいだ。ただ、話を聞いていくうちに、ここ数週間で同じような失踪が他にも起きていたとわかった。表沙汰になっていないが、その数は思った以上に多い。
「相変わらず、人の消え方が雑ですねえ。いっそ、わたしの調薬棚にも紛れ込んでるんじゃないかしら」
自虐気味に呟いたところで、侍医仲間に「どんな薬棚だよ」と茶化されて終わり。いや、わたしがそんな怪しい組織の一員なわけないでしょう? でもこうして噂を少しずつ集めると、誰かが徹底的に証拠を消して回っているように思えてならない。そこへ“白き巫女”登場の下面が合わさるとしたら、一体どれだけの陰謀がうごめいているのか。
やがて夕刻、ふらりと現れたヴィクトールが、ばさっと古文書を広げて言う。「巫女伝承に関する資料は皆無に近いですが、どうにか一篇だけ、異国の祭儀に似たものを見つけました。興味があればご覧になりますか?」
あいかわらず穏やかな口調で、それでいて目は笑っていない。たぶん“妙なトラブルには首を突っ込みすぎるな”という暗示だろう。しかし「調べたいなら手伝ってやるから騒ぎを抑えろよ」という含みも感じる。ありがたい支援には違いないので、わたしは素直に礼を言った。
こうして、行方不明のロザリーを探しつつも、“白き巫女”の正体をつかむための資料収集が同時進行で始まることとなった。病弱な王太子殿下を救うためにも、くだらない噂をそのままにしておくわけにはいかない。どれだけ不気味な呪術が関わろうと、解体するのが医師の仕事だ。
――といっても、わたしが焦れば焦るほど、周りからは「セシリアはせっかちすぎる」と笑われる始末。自分じゃよくわからないけれど、もう少し冷静になれと言われても困る。わたしは至って冷静なつもりなのに、どうやら周囲には違って見えるらしい。
「まあ、医師として当然の行動だろう。実際に腕は確かなんだから、もう少し気を緩めたらどうだ?」
アレクシスがそんな言葉を投げてくるから、少し戸惑ってしまう。ほめてるのかからかってるのか、まるでラインが読めない。
けれど気遣いばかりを受け取っている暇はない。ロザリーの捜索、そして噂の“白き巫女”とやらが引き起こしそうな騒乱、さらにはイザベル様の思惑が重なって、いよいよ宮廷は慌ただしくなる一方だ。この混沌の渦に巻き込まれたなら、後戻りできなくなるかもしれない。
でも、いいじゃない。わたしは転生した薬師。必要とされるなら、最後まで医務を全うするしかないのだ。こんなドタバタ、うんと楽しんでやろうと思えば意外と悪くない。そう腹を括って、わたしはロザリーの痕跡を追いかけるために廊下を駆け出した。突き抜けるような夕陽が、まるで次の幕開けを告げるスポットライトに見えて仕方ない。
行く手には、必ずや厄介な闇が待ち伏せしているだろう。それでも、王太子殿下や城の人々を放っておくなんてできないから。巫女の真相? 謎がいくら重なっていようが、まとめて解体あるのみ。彼女が救いをもたらす存在でも、破滅を呼ぶ存在でも、結末はわたしの目で見極めてみせよう。さあ、どんとこい。不穏な宮廷こそ、わたしの活躍が映える舞台に違いないのだから。




