白き娘の噂と新たな任務5
王太子エドワード殿下の病状が落ち着いたかと思えば、今度は宮廷中に“白き娘”とやらの噂が爆発的に広がり始めた。先日まで単なる怪談扱いだったはずが、いつのまにか「呪いだ」「魔術だ」という物騒な言葉が交錯し、なかには「殿下があの女の力で操られている」と真顔で囁く者までいるらしい。確実に誰かが火に油を注いでいるのだろう。
“誰か”と言えば、イザベル様が第一の候補だ。王の側妃として華々しく振る舞いつつ、こういう機を逃さず人心をかき乱す手腕は感心するを通り越して恐ろしくなる。おかげで侍医たちは妙な緊張感のもとに振り回されているし、わたし(セシリア)がいくら「騒ぐほどのことでは」と言っても信じてくれない。むしろ医術より奇怪な噂のほうが面白いらしく、「それで、君は“白き娘”について何か知っているのか?」などと皮肉まじりにきかれ、毎度ため息が止まらない。
さらに厄介なのは、マリアンヌが裏で暗躍している気配をキャッチしたこと。わざとらしく「セシリア様、ご存じないのでしょう?」なんて笑むときほど、決まって何かを隠している。こちらがあれこれ突っ込もうとするたび、絶妙に話題をずらすあの技術、一体どこで培ったのか。まるで情報操作のお手本だ。しかしかすかに見えた“殿下の診察記録”が散逸している事実を考えると、どこかに改ざんや隠滅の痕跡があるはず。いっそまともに問い詰めてもいいが、相手は宮廷侍女として狡猾に立ち回ることで有名なマリアンヌ。下手に向こうを逆撫でしても得るものがない、というアレクシス宰相の忠告は実に的を射ている。
さて、そんな状況の最中、異国からの王妃候補レノーラが「薬膳をご用意いたしましたわ」とにこやかに現れたときにゃ、冷や汗が出る思いだ。彼女の笑顔は天使のように無邪気だが、その実、何を仕込んでいるやら分からない。しかもこの“異国式の薬膳”は、曰く「胃に優しく、体力回復に最適です」とのこと。タイミングが良すぎる。わたしはあえて受け取りつつ丁重に調べ始めた。本当に胃袋に優しいだけの料理なのか、それとも背後に別の狙いがあるのか。うかつに口にするわけにもいかない。王太子殿下が口にする予定となれば、なおさら用心だ。
そんな検証作業をしていると、ヴィクトール・クロフォードが突然ふらりと姿を見せる。あの穏やかな人柄と静かな声、そして膨大な文書の束を軽々と抱えたままである。「必要な情報があれば、これをお使いください。ただし、お騒がせはご遠慮願いたいのですが…」と小首をかしげる。その一瞬にだけ見せる目の冷ややかさが、彼の内面に眠る鋭い警戒心を物語っていた。どうやら“蒼き扉”にまつわる古い記録を探すという無茶をするつもりだろうと、わたしが察したことに気づいているらしい。「バレてるんですね」と苦笑いすると、ヴィクトールは「ご自身が危険に首を突っ込むおつもりなら、せめて背面の扉は開けたままにしておいてくださいね」と冗談めかして言う。要するに、ひとりで全て抱え込むなという意味だろう。ありがたい。
わたしはひとまずアレクシス宰相に経過を報告。呆れ顔で「君はまた面倒を買い漁る」と渋い声を漏らしつつ、まるで仕方ないなといわんばかりに追加情報をくれる。内容はイザベル様の取り巻き達がこぞって“白き娘”を話題にし、怪しげな儀式うんぬんまで騒ぎだしているというものだった。騒ぎをわざと盛り上げることで、エドワード殿下への視線を別方向へ誘導する狙いなのは明白だ。マリアンヌもそこに絡んでいるとなれば、簡単に踏み込める領域ではなくなる。アレクシスが慎重にもなるわけだ。
しかし、宮廷中が疑心暗鬼に陥るなか、エドワード殿下は一進一退のまま。いまは安定しているが、病が再発したら取り返しがつかない可能性もある。そのためにも、どうしても蒼き扉の先とやらを突き止め、噂だけが先走っている“白き娘”の正体を解き明かさねばならないだろう。わたしは医師として、ありもしない呪いのせいで殿下を放っておくなど考えられない。どうせ厄介事なら、とことんとっ捕まえてひっくり返すのみだ。
「で、結局あの蒼き扉って何なんだい?」
そんなタイミングで侍医のひとりが、わざと大声を張り上げて聞いてくる。わたしに絡むことで注目を集め、何かおいしい情報でも引き出そうという魂胆か。
「さあ、私にもわかりませんね。とびきり怪しいことだけは確かでしょうけれど」
皮肉で切り返すと、侍医は「ふん」と鼻を鳴らして引っ込んだ。だけどその後ろでコソコソ笑っていた連中の顔が、少し歪んで見えたのは気のせいではないだろう。どうやら陰で「それが呪いの入口だ」とか噂しているらしい。益々馬鹿らしいが、ほっとくと宮廷全体が手の付けられないほど腐るので、ここはわたしが動くしかない。
レノーラが差し出した薬膳をほんの少しだけ試し、その効果成分を確かめると、組み合わせ自体は穏やか。王太子の体に毒を与えるほど危険なものではなさそうだ。だが奇妙な点があって、普通なら血行促進を促しすぎるハーブが抑え気味に調合されている――つまり、わざと大量に摂取しても即時には害が出ないよう調整しているように見える。もし「少しずつ」長期的に摂っていけば、ゆるやかに体内へ蓄積する可能性があるのだ。いやらしい細工を疑わなくもない。
とはいえ、今は殿下の治療が優先事項。薬膳に注意しつつ、手元の薬草を調合して治療を支援する。忙殺される日々のなか、微かな恐怖と高揚感が胸をざわつかせる。イザベル様の煽り、マリアンヌの情報操作、レノーラの穏やかな微笑の裏に潜む影、そして“白き娘”にまつわる奇怪な伝承。すべてが混ざり合って、宮廷はまさにジェットコースターの如き騒動に染まりつつある。
それでも、わたしは諦めない。扉の向こうにある真実を、必ず見極めてやる。そして大切な王太子殿下を守る――そう腹をくくったとき、ひと際大きな鐘の音が鳴り響いた。次の難関がすぐそこまで迫っている合図のようだ。わたしは深呼吸をひとつし、覚悟を決める。今宵、蒼き扉に足を踏み入れると決めたなら、きっと戻れないかもしれない。けれど背中を押してくれるのが自分の信念なら、「逃げるのは性に合わない」くらいの毒舌を吐いてやるのも悪くない。
「さあ、行こうじゃない。白き娘とやらがどこで待っているのか知らないけど、ここからが本当の見せ場でしょう」
そう嘯いて、わたしは立ち上がった。まるで宿敵との舞台へ向かう舞姫のように、ひたりひたりと廊下を進む。めくるめく陰謀と恋愛のトラブルが、さらに激しく絡み合う気配がする。引き返すには今さら遅いし、どうせなら徹底的に楽しませてもらうしかない。ページをめくる手を止めないほどに、次の幕はきっと波乱の連続。さあ、行こう。呪い? 魔術? それならわたしが解体してみせましょうとも。どこかで誰かが高笑いしていようと、望むところだ。絶対に最後には、わたし自身の手で真相をあばき出してみせるのだから。




