白き娘の噂と新たな任務4
エドワード殿下の病状が急に悪化したと聞きつけ、医療区画へ駆けつけたときのあの騒がしさといったら、まるで市場の特売日だった。しかも侍医たちは一様に眉をひそめ、わたし(セシリア)の顔を見て「また君か」という態度を隠そうともしない。
「さあ、お得意の妙ちきりんな治療を見せていただこうか?」
鼻をうごめかせる年配の医師が皮肉っぽく言う。ほかの誰かが吹き出しそうになるのを堪える気配も伝わってくる。まるで寄ってたかって嘲笑したいのだろうが、タイミング悪く殿下がうめき声を漏らすと、一瞬で彼らの表情が凍りついた。やれやれ、もっと上品に慌てていただきたい。
わたしは脈拍と熱の度合いをさっと確かめ、必要最低限の薬を殿下の口元へ運ぶ。動揺する侍医が口を挟んでくるが、無視して構わないものは無視。王宮に来てから身につけた小さなコツだ。おかげでひとまず熱が落ち着いたらしく、エドワード殿下は浅い呼吸ながらも顔色を取り戻していく。見守っていた若い侍医が「や、やるじゃないか」と小声でつぶやいたが、それ以上の感想は出なかった。わたしのほうも評価を求めるつもりはないので、どうぞご自由に。
そんな場を背にして廊下へ抜けると、待っていたのはマリアンヌの狐のような笑顔。
「セシリア様、実はイザベル様が“白き娘の呪い”というものをやけに気にされていまして。何やら『殿下に近づく者を選ぶべきでは?』と大変ご心配なさっているご様子ですわ」
わたしをちらりと見上げるその目は、自分が“選ぶに値しない人物”だと言いたげに輝いている。ふふ、どうぞ好きに疑ってくださるといい。ただでさえ王太子殿下のお側薬師として面白くないのでしょう。
そこにひょいと現れたのがヴィクトール・クロフォード。文書管理官らしく、羊皮紙を山ほど抱えている。
「命に直結する資料を探すなら、こちらをお使いください。ああ、ただし大騒ぎになりませんように」
さらりと口にする警告は、半分わたしを案じているのか、半分“手の内を見せすぎるな”ということなのか。どちらにせよ感じのいい人だ。わたしは踵を返しかけたが、脳裏に浮かぶのは、あの“白き娘”の怪談が一夜にして広まっている事実。イザベル様が意図的に不安を煽っているのは間違いないだろう。こういう手合いは一度勢いづくと止まらないから厄介だ。
ところが間もなく、廊下の向こうから今度はレノーラがゆったりした足取りで近づいてきた。彼女特有の異国訛りで、わざと媚びるように笑いかけてくる。
「セシリア様、謎の“白き娘”が殿下の具合に影響を与えているだなんて、面白い話ではありませんこと? あの蒼き扉とやらの噂も含めて…今はほんの前奏曲にすぎませんよ」
小さく身震いしそうになるほど、彼女の言葉には底知れない含みがあった。しかも“前奏曲”というからには、まだ続くわけだ。いったい何を狙っているのか。気軽に突っ込みたいところだが、彼女の目の奥は笑っていない。うっかり踏み込むと危険だと直感して、わたしは一歩距離を取った。
そんなやり取りを見ていたひときわ冷えた視線がある。アレクシス・フォン・エバーハート宰相だ。相変わらず完璧に整った姿勢を維持しながら、近づいて低い声で囁く。
「君、また面倒な種を拾っているようだな。……大丈夫か?」
心底心配しているのか皮肉混じりなのか、判別しづらい声色が何とも彼らしい。若き宰相というより、得体の知れない腹芸師というほうがしっくりくる人だ。わたしは苦笑いしつつも、小声で返す。
「ご心配には及びません。ただ、殿下を支えるためには回り道できないこともあるんです」
わざわざ教えて差し上げたが、アレクシスは仏頂面をわずかに緩めるだけ。これでも見えないところで情報をかき集め、わたしの背中を押してくれる存在だ。大っぴらに味方をする気もなさそうだが、裏で動いてくれるのだから十分ありがたい。
その後、手早い対処でエドワード殿下の容態は小康状態に戻ったものの、“白き娘の呪い”なる噂は炎のように燃え広がっていた。もはや医療区画だけの混乱ではなく、宮廷全体が「病の原因は奇怪な力だ」「いや呪詛に違いない」と騒いでいる。イザベル様の差し金だろうと聞いて、まったく要領が良いのか悪趣味なのか判じがたい。
そこへ追い打ちをかけるように、わたしの部屋に一通の手紙が届けられた。中を覗くと短い文章が一枚。
“蒼き扉の向こうで真実が待つ”
まるでわたしを誘うような甘い囁きに見えるが、控えめに言って怪しさ大爆発だ。うずうずする好奇心と、「ああもう面倒ごとだらけ」という疲労感が入り乱れて頭がぐるぐるする。ジェットコースターも真っ青な高低差で、心臓に負担がかかりそうだ。
けれど、ここまで火の粉をふりかけられたら、完全に逃げ腰になるのもつまらない。謎だらけの“白き娘”、イザベル様の怪しい動き、レノーラの不敵な微笑み、そしてアレクシスの警戒。不安ばかりだけれど、こう見えてわたしは医師として“諦める”という選択肢が嫌いだ。王太子殿下を救うためにも、この扉の向こうを確かめるしかない。
「さあ、どう転んでも後戻りはできないわね」
わたしは手紙を胸ポケットに滑り込ませ、ひとつ大きく息を吐く。いずれ“白き娘”の騒動が頂点に達するときが来る。それが国の命運を揺るがす暗示なのか、単なる悪趣味な怪談で終わるのか。結末を知るには、結局わたし自身が足を踏み入れるしかないのだろう。
扉の先に待つものが希望か絶望か、それともそのどちらとも違う何かなのか。読者にでも見せるように、わたしは軽く笑ってみせる。こんなにスリル満点なら、もう少し楽しんでもバチは当たらないに違いない。そんな浮ついた気分を必死に抑えながら、再度王宮の廊下を駆ける。待っていろ、蒼き扉。どうやら次の幕は、これまで以上に派手な仕掛けになりそうだ。




