白き娘の噂と新たな任務2
翌日、わたしは王宮医療区画に足を踏み入れるや否や、周囲からの視線の圧がどっと押し寄せてきた。というより、昨日にも増して皆が慌ただしく右往左往している。聞けば、原因不明の熱を出す住人がポツポツ増え始めているらしい。まさか呪いとか言い出さないでしょうね、と内心ため息をつくが、あいかわらず侍医たちは「魔力の乱れかもしれない」などと大真面目に囁いている。はいはい、どうぞご勝手に、と思いつつも一応耳をそばだてておく。前に見た“白き娘の再来”という怪談めいた話が、こういう形で利用されてしまうのは最悪のシナリオだ。
だからこそ、わたしは黙々と自分の医療作業を進める。立てかけられたガラス瓶を注意深く取り分け、多忙な侍医さんたちには「はい、どうぞ」と笑顔で渡す。するとさぞ不思議なものを見るように怪訝な顔をされるが、適当に流しておいた。利用したいならどうぞ、陰謀まじりの要望だけはしっかり精査してやるからね、なんて胸の内で呟いたところ、こっそり見ていた侍女がクスッと笑った。わたしって見た目に出やすいのだろうか。
そんな雑務をこなしながら、今日のいちばん重要な予定はエドワード殿下の定期検診。弱々しい身体にさらなる不調の兆しがあると報告を受けている。侍医たちが必死になって“銀の針治療”とかいう旧式の療法を提案し始めたときは、さすがに頭を抱えそうになった。血が噴き出すわ毒が入り込むわ、とろくな予感がしない。なんとしても阻止せねば。
廊下を駆け抜けて殿下の部屋へ向かう途中、思いがけずレノーラ・ダルベールとイザベル妃が静かに言い争っている場面に行き当たる。ドレスの裾をふわりと揺らすレノーラが、細い指先でイザベルを指しながら何かをまくし立てている。耳を澄ませば、「あの“白き娘”が現れれば、王宮はひとたまりもない」なんて物騒な言葉が飛び交っているではないか。
これじゃあ間違いなく噂が膨れあがって、いつか王太子殿下まで狙われる。冷や汗が背筋を伝う。だが、イザベルがわずかに挑発的な笑みを浮かべて「ならば、殿下のご病状をみなに知らしめるべきでしょうか」と返したときは、背中に氷塊を押し付けられたような心地がした。何の権限か知らないが、あの人は確実に自分の駒を操りながら事態を大きく動かそうとしている。
「……セシリア様、大丈夫ですか?」
突然声をかけてきたのは、どこか怯えた様子の若い看護係。どうやらわたしが浮かべる険しい表情を心配してくれたらしい。
「ありがとう、でも心配ご無用。わたしはお化けでも怪しい噂でも平気だから。むしろ、ますます燃えてきたわ」
と返すと、看護係がこそっと微笑んでくれた。そう、こうやって小さな味方を作っていくのは得意なほう。侍医たちに嫌われても、現場の本当の声を拾わなきゃやってられない。
エドワード殿下の部屋に入ると、思ったより辛そうな顔をした少年が、不透明な瞳でこちらを見つめていた。脈や呼吸を確認しつつ、症状をチェックする。前回と比べて数値が落ちているのは確か。鎮痛薬だけじゃ根本解決にならない。わたしは「とびきり良いことを考えた」とばかりに、異国の薬草リストを脳内でパラパラとめくる。この国にはない植物の成分で、似た症状に効果があるものがあった気がするのだ。
部屋を出たところで、やたら華やかな紙箱を抱えた侍女とすれ違う。あとで自分あてに届けられたとわかり、「なんだろう?」と開けてみれば、見慣れた焼き菓子の下からヒラリと紙片が落ちた。「白き娘を知りたければ蒼き扉の奥を覗け」――何そのワクワクを煽る展開。思わず笑ったわたしだが、次の瞬間ゾクッと悪寒が走る。何者かがわたしをこの陰謀のど真ん中へ誘い込もうとしているのだ。
そう思いながら無造作に書庫へ立ち寄ってみると、案の定マリアンヌ・ルグランが古い記録をあさっていた。悪びれた様子もなく「また余計な書類が見つかると困りますもの」と呟いて張り付いた笑みを浮かべる。とたんに殺気立つような雰囲気が漂うが、わたしは可愛く首を傾げて、「じゃあわたし、余計なことしないようにしますねー」と返しておいた。こういうタイプには表面上の明るさで対抗するのが吉……なんの説得力もないが。
とにもかくにも、エドワード殿下の病状悪化を防ぐには新たな治療法を探らなきゃならない。それにはレノーラが持つ異国の植物が有力で、そして“白き娘”伝承はイザベル妃の手段ときた。さらに“蒼き扉”という気になるワードが浮上し、マリアンヌの妨害が入りそうで、油断できる要素など一ミリもない。
廊下の端で控えていたヴィクトール・クロフォードが、わたしを見かけるなり軽く目礼してきた。その瞳に漂うニュアンスは「妙な動きは慎重に」の合図だろうか。まあ、今さら後戻りなんてするはずがない。こうなったら正式にアレクシス宰相へ相談するしかない。それにしても、あのヒト、きっとまた仏頂面で「放っておけ」とか言いだすんだろうな。
――だったら、こっちも遠慮なく利用させていただくまで。すでにわたしの胸は高鳴りっぱなしだ。
こうして、やることが雪だるま式に増えた一日が暮れていく。呪い騒ぎに伝承に病の悪化。まともに夜眠れそうもないが、それがむしろ面白い。次の手が決まっているわけでもないのに、妙な高揚感だけがわたしの心を満たしてしまう。
自分で言うのも何だが、ここまで強気でいられるのは、どこか根拠のない自信があるからかもしれない。転生者としての医学知識? それとも大切な患者を見捨てない、ただの意地?
いずれにせよ、わたしは立ち止まらない。たとえ“蒼き扉”の先に恐ろしい秘密が待ち構えていようと、殿下の苦しみを救うためならば、片っ端から暴いてやる。狙われようが何だろうが、どんと来い。
さあ覚悟してよ、王宮の皆さん。わたしは“白き娘”の影も、権力闘争のどす黒さも、とっくに視界に入れてる。あえて挑発するように自室の扉を閉めながら、明日の計画を頭の中で組み立てる。それはちょっとした快感をも伴う、“決戦”への号砲の響きでもあった。




