白き娘の噂と新たな任務1
翌朝、わたしは治療用の器具を両手いっぱいに抱えながら、王宮の医療区画を小走りで駆け抜ける。よくよく考えたら、わたしに「新たな任務」とか「補佐業務」の話をくれた本人、アレクシス宰相だって一言くらい先に説明してくれたっていいのに。ま、あの冷淡な美形はそういうところが憎たらしいのだ。いつもいいタイミングで現れては、わたしをこき使う――正確には“活躍”させようとしてるらしいけど、絶対に多少の下心はあると踏んでいる。
扉を開けると、早速場違いな視線がわたしを出迎えた。そう、ここには現場歴の長い侍医先生たちがずらりとそろっている。彼らの服装は立派で、おまけにどことなく鼻が高い。それもそのはず、貴族出身の人間ばかりなのだ。そんな高貴な方々が、下層平民あがりの薬師に好意的なわけがない。
「君が噂の……ああ、セシリア・ローズウッド? まことにご苦労だが、王太子殿下の定期検診を頼むよ」
表には柔らかな笑みを貼りつけているが、明らかに「雑用でもしてろ」という視線が混じっている。だけど、気にしたところで始まらないので「はい、喜んでー」とだけ返す。わたしから見てみれば、彼らが使う治療道具の配置や薬の配分はちょっと古い気がするし、下手をするとエドワード殿下の症状を悪化させかねない。“さっさと任せてくれて助かったわ”というのが正直な本音だ。
そんなこんなでエドワード殿下のベッド脇へ向かうと、穏やかな青い瞳がこちらを見上げた。一目で分かる虚弱体質。呼吸が浅く、血色も悪い。だが、かすかに微笑む表情からは、どこか優しげな人柄がうかがえる。
「ぼくのこと、助けてくれるの?」
とでも言いたげな目を向けられて、わたしは胸の奥がきゅっとなる。何とかしてあげたくなる衝動が湧いてくるのだ。もっとも、その背後でひそひそ噂話をする侍医連中の声がわずらわしいが。
と、すぐ横を通り過ぎる看護係が、ちらっとわたしを見たあと急ぎ足で消えていった。妙に忙しそうだが、別の部屋で騒動でも起きているのだろうか。それ以上考える暇もなく、薄手の手袋をはめてエドワード殿下の体温を測る。血圧をチェックし、脈拍も確認。ふむ……客観的数値が前より落ちている。検査結果が出たら、原因を徹底的に突き止めないと。正直に言うと自然治癒を待つだけじゃ危ない状態だ。
一方で、廊下のあちこちからは「白き娘の再来だって」と、子どもの怪談じみたささやきが聞こえてくる。誰が言い始めたのかは知らないが、どうやら王宮内にふわふわと広がっているらしい。その噂はなぜか女性の姿らしく、古い伝承にも記録があるとかないとか。まったく、厄介なネタはどこからでも湧いてくるものだ。
それにしても、イザベルとマリアンヌのことが引っかかる。以前から王宮の情報裏工作には定評(?)のあるコンビだから、とっくにこの噂を利用した動きをしていると見た。あの手合いは“病の原因は呪いだ!”とか真顔で言い出しそうで怖い。いや、笑い事ではなく、本当にそういう筋書きで世論を誘導してしまうのだから油断ならない。
だからこそヴィクトール・クロフォードという文書管理官が、わたしにこっそり古い書物を渡してきたのだろう。あの人、いつも隅でひっそり笑っている割に、いざという時に情報を投げてくれる。ありがたいけれど、やはり「自分は表に出たくない」タイプなのかもしれない。ともあれ、その古文書には“かつて王宮で失踪した薬師”の名と、“白い肌と赤い瞳を持つ謎の娘”の伝承が書かれていた。たまたま同じ時期に現れ、そして二人とも行方不明になったというのだから、さすがに偶然とは思えない。
さらに厄介なのが、レノーラ・ダルベールなる異国の公女の存在。ちらほら聞こえる話によると、珍しい異国の薬草を持ち込んでいて、誰かと内緒で取引をしているとかしていないとか。これはわたしが自分の目で確かめるしかない。 peligrosa(ペリグローサ?)なんて呼ばれる不思議な葉っぱという噂があるけど、真相は定かでない。
エドワード殿下の検診を済ませたあと、わたしは書類整理室の隅でこっそりメモを広げる。病の症状と薬草の成分、そして蔓延する奇妙な伝承――これらがどう結びつくのかはまだ不透明だ。でも、エドワード殿下が苦しむ姿を黙って見過ごすなんてできないし、陰謀の尻尾をつかむ絶好のチャンスでもある。というか危険を承知で突っ走るのが、どうもわたしの性分らしい。
時計を見れば、もう夕刻近く。急いで休む間もなく、侍医からは「追加の雑用を頼むよ」と無遠慮に声をかけられ、わたしは内心「これだから貴族は!」と毒づきたくなる。しかし、表向きは「はーいお任せください」と涼しい顔で請け負う。だって、さっさと仕事を終わらせて、薬草を調べに動きたいのだから。
こうして一見地味に見える医療区画の一日が過ぎていく。でも、わたしの中ではむしろ高揚感がじわりと高まっていた。王宮全体を覆う不穏な気配、そして“白き娘”をめぐる奇妙な讒言。それらをまとめて看破できたら、どれほどスカッとするだろう。
「絶対に証拠をつかんで、みんなを見返してやるんだから」
小声で決意しながら片付けをしていると、背後からふわりと気配がする。振り返れば、アレクシスらしき影……いや、ちょっと待て、あれは人違いか? 暗がりの奥でこちらを見つめる瞳が鋭く光る。そのまま足音もなく踵を返して消えていった。
妙に胸がざわつく。でも、面白い。大歓迎だ。どうせならとびきり派手な陰謀でも仕掛けてこい。わたしは医師として、そして薬師として、その毒を見抜き、解毒し、暴いてみせるから。
そんなふうに、どうしようもない“わくわく”を噛みしめながら、わたしは明日の準備に取りかかった。まさか本当に命を狙われるかもしれないのに、なぜか笑いがこぼれてしまう。大丈夫、今のところわたしには味方がいないわけじゃない。鼻持ちならない貴族医師連中に鼻を明かす瞬間を想像しながら、しっかり眠って備えることにしよう。なにせ、地獄みたいな毎日はまだ始まったばかりなのだから。




