新たなる来訪者と試練の医術試験4
夜明け前から目をこすりつつ、朝の冷たい空気を一息吸いこむ。特別試験の当日だ。眠気よりも、ついに来たかという妙な高揚が勝っているのが自分でもわかる。
薄曇りの空を仰いで、まずは筆記の最終チェック。毒と薬の特性を頭の中で整理する。文字通り命がかかった問題ばかりなのに、わたしにとっては日常業務の延長みたいなものだ。とはいえ、ひとたびミスをすれば負け犬扱いは必至。遠巻きに見ていた貴族医師たちが拍手喝采で「女薬師(笑)」と嘲笑する図が浮かんでくる。それだけは勘弁。
「おや、ずいぶん早い到着だね。よほどヤル気があると見える」
しれっと後ろから声をかけてきたのはアレクシス。宰相ブースト全開で、鼻で笑っているようにしか見えない。相変わらず態度は煩わしいが、妙に頼もしいのもまた事実だ。
試験会場に足を踏み入れた瞬間、妙な空気が肌を刺すのを感じた。貴族医師やその取り巻きらしき人々がひそひそやりあっている。どうやら既に数種類の薬草と器具が行方不明、という名の隠蔽工作が行われているらしい。ああ、わかりやすい。
無駄にこそこそ隠すから逆にバレバレなんだけど、当人たちは「これでセシリアの試験妨害は完璧!」とドヤ顔に違いない。わたしは軽く肩をすくめる。
「まったく、姑息な真似ばっかりね。こんなの想定内だけど」
「むしろ、やりすぎてバレてると思うけどね」
傍らでアレクシスが小声で含み笑いしながら、裏で別の根回しも進めているらしい。あいかわらず腹黒いが、敵じゃないので結果オーライというわけだ。
そうこうしているうちに筆記試験が始まる。“実技で役立つ薬品の組み合わせ”だとか、“毒性の強いハーブを誤って飲んだときの対処法”だとか、それこそわたしの得意分野が次々と出題される。拍子抜けするほどするすると筆が進み、周囲が必死の形相で書き込みをする中、わたしはさっくり終了。見回りをしていた試験官が「むむ?」という疑いのまなざしを投げてくるが気にしない。
筆記終了後、今度は実技試験だ。用意された患者役の騎士がベッドに横たわっていて、まずは問診を行うのだが……突如、騎士が激しく痙攣しはじめた。周囲が「予定外だぞ?」と動揺を隠しきれない中、わたしは迷わず飛び込み、その場にあった最低限の道具だけで応急処置にとりかかる。呼吸確保、脈の安定、そして痙攣を抑える薬液の分量を素早く調合しながら「ふむ、たぶんこの症状は…」と頭を巡らせる。
数分後、騎士の息はなんとか落ち着きを取り戻した。適当に周囲を威張り散らしていた貴族医師の一人が「ちょ、ちょっと待て、なにを勝手に…」と声を上げるが、わたしがちらっと睨むと何も言えなくなる。不服そうに唇を曲げるその顔がちょっとおもしろい。
さらに追い打ちをかけるように、バスティアンが突然ぐったりと崩れ落ちた。ここまでくると、あまりに都合のいいタイミングで「仕組まれている?」と疑いたくなるが、それどころではない。バスティアンの意識はぼんやりと遠く、さっきの怪我の後遺症が暴れ出した可能性も考えられる。わたしはすぐさま彼の脈を取り、脇に控えていた侍女に指示して氷水と薬草液を用意させる。若い衛兵たちが慌てて動く中、バスティアンの呼吸を整えるため必死に処置を進めた。
「何なんだ、この素早さ…」
素直に感嘆している声が遠くで聞こえる。正直、自分としては“ああ、またか”って感じで、無心に手を動かしていただけだ。時々バスティアンが弱々しく目を開いてくれるのを確認しながら、発作の波が収まるのをじっと待つ。やがて彼は大きく息を吐き出し、顔に少し血色が戻った。
「人為的な毒かもしれませんね」
わたしがそうぽつりと告げると、周囲は一瞬でざわめく。さっきまで余裕ぶっていた貴族医師連中も目線をそらしはじめて、どこかしらあわてふためいている。そりゃ味方だろうが敵だろうが人命を危険にさらすやり口は、さすがに見過ごせる問題じゃない。
「…これで彼女の医術は公式に証明されたも同然だな」
アレクシスの言葉に、試験官たちもうなずかざるを得ない雰囲気だ。ここまで見せられて「いや、やっぱ無し」とは言えないだろう。胸をなでおろしかけたそのとき、試験結果を記録していた筈の紙がない、という報告が飛び込んできた。
「え、どういうこと?」
みんなが一斉に辺りを探すが、見つからない。まさか今度は書類まで隠されたのか。頭が痛くなるが、呆れを通り越して笑いがこみあげる。よくもまあ、次から次へと手段を選ばない連中だこと。
冗談じゃないけれど、これで試験の合否が有耶無耶になるかもしれないのだ。事情を知らない周囲も「そ、そんなの困る…」と焦っている。アレクシスは薄く笑いながらも目がまったく笑っておらず、何やら新たな策を練えているらしい。その横でマリアンヌが静かにほほ笑んでいるのが不気味で仕方ない。
嵐はどうやら次の段階に入ったようだ。試験の成功を確認できないまま、バスティアンとともに静かに運ばれていくわたし。王宮の中枢で暗い陰謀がさらにうごめきだした、そんな嫌な予感がひしひしと迫ってくる。
それでも、ここまできたら後戻りはしない。わたしが王宮にいる理由はただ一つ、必要としてくれる人がいるからだ。
欠けた書類が見つからずとも、事実は揺るがない。わたしは必ず資格を手に入れて、ここにしがみつく。どれほどの策を弄されようとも、やることは変わらない。この混沌の渦の先に、どんな真っ黒い闇が待ち構えていようと、構わない。
そうして幕を下ろしかけた試験会場を一瞥して、わたしはひそかに自分自身に言い聞かせた。
「勝手に人を消そうとしてるなら、こっちも本気で返り討ちにしてやるからね」
次に仕掛けられる罠が何であれ、派手に跳ね返すのみ。そう思った瞬間、胸の奥に怪しい炎が灯るのを感じるのだった。




