新たなる来訪者と試練の医術試験3
翌朝、バスティアンの病室を訪ねると、案外元気そうに首を回していて少し拍子抜けした。まだ完全復活というわけではないが、見舞いに来ていた侍女たちが「さすが騎士は丈夫なんだわ」と目を丸くしているくらいだ。
「昨日よりずっと顔色がいいですね。まあ、落馬で骨まで折れたらもっと長引いてましたから、あなたのタフさはありがたいです」
素直な感想を口にすると、バスティアンはなぜか照れくさそうに「騎士として面目ないですけど…」と眉尻を下げた。どうやら女子が施した治療で命拾いしたと騒がれて、周囲から失態と見られるのが気まずいらしい。本当に面倒な世界だ。
そんな状況にもかかわらず、わたしへの視線は昨日よりさらに増加中である。わざわざ廊下の端からひそひそ話をしながらこちらをうかがう医師や貴族の姿が目につき、率直に言って邪魔くさい。落馬事故をきっかけに、正式な医師免許を持たない「女薬師」の存在をどうにか排除しようとか、やたら盛り上がっている派閥があるらしいのだ。
しかもここへ来て、后妃候補のアイリーンがまた具合を悪くしたというニュースまで飛び込んできた。狭い王宮内で次々と病人が出るのは正常じゃない、と誰もが薄々感じているのに、肝心なときに腕の立つ医師は「女性の仕事を見守るなど不敬」などと意味不明なことを言って引きこもり気味で、役に立たないことこの上ない。
「セシリア、行くぞ」
まるで連れ去りの合図でもするかのような声。振り向くと宰相アレクシスが、いつも通り傲岸不遜な笑みを浮かべて待っている。どうせまた厄介事に巻き込む相談だと察しつつ、ため息混じりに応じる。
「いきなり連行しないでほしいんですけど。これ以上ヘタに目立ちたくないんですよ、貴方のせいで」
「私のせいだと? むしろ利用価値が見込めるからこそ、お前の存在が貴族医師にとって脅威なんだ。誇りたまえ」
…誇りたまえ、などと無茶筋の台詞を言いながらアレクシスはもう歩き出している。彼の早足に追いつきながら、聞かされたのは「女薬師を黙らせるには、正式な医術試験を受けさせろ」という貴族派閥の“要請”だった。本来なら異例中の異例だが、今の王宮は妙にギスギスしているので、ここであえて“特別試験”を行い、受かったら黙らせましょうや、というのがアレクシスの狙いらしい。
「まさかそれ、わたしが“落ちて大恥をかく”前提で楽しんでる嫌がらせにしか聞こえませんけど?」
「お前なら受かるだろう。第一、既に十分医術を実践しているんだ。それを公式に認めさせるだけだと考えれば、難しい話ではない」
まるで水でも得たかのように言い放つアレクシスに、わたしはわずかに苛立ちつつ首をかしげる。医師試験ってそんな軽々しく通るものだろうか? 資格を形だけでも獲得してしまえば、バスティアンやアイリーンの世話を続けやすくなるのは確かだけど…。
もやもやした胸を抱えたまま、午後に薬草商のカートを訪ねた。試験対策の参考資料がほしくて足を運んだのだが、そこではちょうど貴重なハーブが届いたばかりで、管理に手間取っているらしい。
「あ、セシリアさん! 助かった、天候不順でまさかの品薄で…しかも荷解き中に紛失しそうになって…」
カートが蒼白になっているのを見て、わたしはすぐさま保存用の袋や湿度対策の道具をかき集め、慣れた手付きで薬草を仕分けていく。まるで指が勝手に動くように無駄なく整頓してしまうらしく、カートは目を丸くして感嘆するばかり。
「相変わらず手際が良いね。っていうか、一瞬で配置も頭に入っちゃうの?」
「さあ? ただの慣れです」
自分としては大したことではない。でも、こういう光景を見た人たちは「恐ろしいほど有能」とか言うんだから困ってしまう。いい意味でも悪い意味でも、注目は避けられなさそうだ。
帰路の途中、廊下に差し込む夕日の中でアイリーンの侍女に呼び止められ、「どうか助けてください」と懇願される。アイリーンが熱を出して食事さえ受けつけないという。女医資格を持っていないわたしには許可が降りないと思われたが、侍女たちも必死で「このままじゃ后妃候補としての地位にも影響してしまいます」と泣きついていた。
そこに現れたのがイザベルの側近マリアンヌ。彼女は口元を歪めて「医師資格がない人に診せるなんて…ねえ?」と嫌みたっぷりに言い放つ。嫌なオーラを隠す気配もなく、何やら笑っているのが腹立たしい。
「資格を取れば、わたくしも何も言いませんわ。お気の毒、でもルールはルールですから」
完全に“早く退場してくださいね”とでも言いたげな視線。わたしも苦笑するほかない。そこへアレクシスが颯爽と登場し、「何なら試験日を前倒しにしてはどうか」とさらりと言ってのけた。見事にマリアンヌの狂言を粉砕。そりゃあ彼女も目を剥く。
「まさかそんなに早く…! 準備もなしで?」
「必要以上に先延ばしして、余計な闇討ちをされるのも面倒だからな。どうせ受かるさ」
もはやこの宰相、誰よりも自信満々だ。うさんくささを通り越して、ここまで振り切った態度をとられると妙に清々しい。
そして夜。“特別試験”が近いという噂は一気に王宮全体に広まり、否応なくわたしは注目の的だ。寝ようにもさまざまな憶測が飛び交い、けたたましいまでの騒音になっている。
マリアンヌ側からは、どうやら試験器具を隠すだの、わたしの答案用紙をすり替えるだの、次々と姑息な手段が準備されているらしい。でも、わたしも毒物やトラブルには割と免疫がある方なので、今さら驚きもしない。
肝心なのは、アイリーンを始め、治療を必要としている人たちを見捨てる気が微塵もないということ。実際には、彼らの苦しむ姿を黙って見過ごすのは胸糞悪いから、という極めて個人的な理由も大きい。
「やるしかないなら、さっさと蹴散らしますか」
そう心の中で宣言し、衝動的に机上の薬草ノートを開いてざっと目を通す。わたしなんかでいいのかと自問はするが、やるべきことは明白だ。
夜の静寂の中、廊下から聞こえてくる薄ら笑いと冷ややかな視線の気配。意地悪な観客が多い舞台ほど、逆に燃える――そんな自分の内側にわずかな高揚を感じる。
まるで王宮全体が、わたしの失敗を待ち望む観衆と、成功を信じてくれる数少ない人々との間で割れかけているみたいだ。ひとたび幕が上がれば、二度と引き返せない。
だが、望むところだ。試験を突破して「女薬師だからって侮るなよ」と証明してやる。もしそれで目障りに思われるなら、それも仕方ない。
翌朝、試験会場となる棟に向かう道すがら、わたしは改めて歩を進める。
バスティアンの励ましやアイリーンの苦しそうな面影が胸に浮かび、行く手をふさぐようにマリアンヌの冷ややかな笑みが追いすがる。
訪れる嵐の予感にひやりとしながらも、その一方で子供のようにわくわくしてしまう自分がいる。
痛快な結末と、どす黒い陰謀が入り混じる時間はもうすぐそこ。
果たしてこの特別試験がどんなカオスを生むのか、それは神のみぞ知る、というやつだろう。
わたしは肩の力を抜いて、ひとつ息をつく。そして軽く背筋を伸ばし、扉を押し開いた。




