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影を運ぶ雨の調べ4

毒キノコを盛られた男は、今朝ついに小さく息を吐きながら目を開けた。わたしは内心ガッツポーズを決めつつも、あからさまにはしゃぐと品格が疑われそうなので、ごく普通の薬師を装って微笑むだけに留める。彼はまだ言葉こそはっきりしないものの、衰弱しきっていた昨日に比べれば雲泥の差だ。


「おや、またなにか呟いていらっしゃる?」

隣からひょいと顔を出したのは文書管理官のヴィクトール。細やかな表情でこちらを伺ってくる。若干陰のある雰囲気なのに、なぜか人当たりは柔らかくて「ほんとに情報屋?」と疑いたくなる妙な魅力をたたえている。

男は苦しげに喉を鳴らしながら、震える舌で「し…ろがね…べに…」と繰り返す。やはり「白銀の髪に紅い瞳」の幻を見ているらしい。そこでヴィクトールが声を低めて言った。

「実は古い文献の断片に、それらしき記述を見かけたんですよ。白銀の髪と紅い瞳を持つ者がおこなう“禁忌の研究”に関するものがあって…」

聞いた瞬間、わたしの背中に冷たい水でも浴びせかけられたような感覚が走る。禁忌という響きが胸をざわつかせるのはなぜだろう。まさか毒キノコ男がこの研究に巻き込まれていたのか。


しばし沈黙が落ちたところで、突然ドアがガタガタと揺れ、宰相アレクシスが乱入してくる。

「セシリア、また一つ厄介な報せだ。『あの木箱』について、協力しようとした使用人が口を噤んでしまった。どうやら圧力をかけられたとしか思えない」

ええ、もう次から次へとめんどくさい。ひょっとして長雨だけじゃなく、王宮じゅうに“鬱陶しさ”が蔓延しているんじゃないの? ドロドロの陰謀のせいでこっちまで湿気過多になりそうだ。

アレクシスはいつも通りクールに見えるが、その眼光はピリピリと警戒心を尖らせているように思える。となると相当ヤバい繋がりが浮上しているのだろう。


さらに、そんな宰相の後ろから顔色の優れない王太子エドワードがぽつりと現れた。

「シャルロッテが送られた館から、また奇妙な報告があってね。侍女たちがやけに怯えた目をしているって…」

緊迫感を漂わせるエドワードに、思わず眉をしかめる。シャルロッテ自身も、どうやら軟禁に近い形で自由を奪われているらしい。一体その館で何が起きているのか、考えるだけで胃袋が悲鳴を上げそうだ。


そんなわたしたちを横目に、毒キノコ男はいきなり痙攣するように身を震わせ、苦しげな呼吸を繰り返した。わたしは少しでも安らげるよう、肩や胸を確かめながら補助を入れる。すると、彼は顔を歪めたまま低い声で「禁忌…研究…消えない…ちかい…」と掠れた声を絞り出した。


その瞬間、廊下の方から何かが砕け散る重々しい轟音が響き渡る。壁が揺れるほどの衝撃に、アレクシスは瞬時に鋭い構えを取るし、ヴィクトールは資料をひっくり返して目を丸くする。わたしも思わず男を抱きしめたまま固まってしまい、心臓が全力疾走でもしてるかのようにドクドクとうるさい。

「セシリア、下がってろ! 衛兵たちを呼ぶ!」


アレクシスがそう叫ぶと同時に、廊下から複数の騎士が慌てふためいてこちらへ雪崩れ込んでくる。その様子に、わたしは思わず頭を抱えたくなる。先日の襲撃騒ぎが落ち着いたばかりなのに、また事件? この王宮、平和という単語を忘れてしまったんじゃないかしら。


とはいえ、いくら嘆いても事態は待ってくれない。胸をかきむしる不安と、呼吸を荒げる高揚感が同時にわたしを追い立てる。こんなドタバタが愛されている(?)宫廷薬師の宿命なら、もうとことん付き合ってあげるしかないでしょう。


「禁忌だろうが何だろうが、全部洗いざらい暴いてやるわ…!」

鋭い眼差しで脈を確かめながら、自分でも驚くほど冷静な思考が浮かんでくる。トラブルが続発するほど燃え上がるなんて、わたしの性格、絶対にややこしいに決まってる。でも今はそれでいい。変人扱いでもどうとでも言われてちょうだい。ペースを上げて追い込むのはむしろ得意分野だ。


そう決意した途端、毒キノコ男の瞳がわずかに開いて、ばちりとわたしを見た気がした。かすかな口元が何かを言いかけて、それからスッと落ちていく。まさかもう一度危篤に陥るのでは…と背筋が凍りついた瞬間、「白銀…あ…駄目だ…」という最後の声が漏れた。


わたしは歯噛みしながら周囲へ助力を求める目配せをする。アレクシスとヴィクトールは、わたしを信じているような視線を送ってきていた。皇族への忠義か、それともわたし個人への期待か。どっちにしても「面倒くさい大役を押しつけてくれちゃって」と苦笑いするしかない。でも、あの二人を裏切るわけにはいかない。


「患者を守るためにも、そして禁忌の真相を暴くためにも、早いとここの件にケリをつけますよね、アレクシス閣下?」

「当然だ。お前が旗を振り、我々が裏を取る。そうすれば奴らに逃げ場はない」

さらりと上から口調なのに、妙に頼もしいじゃないか。つい笑いが込み上げそうになるが、今は我慢。すでに廊下には焦燥の色が濃く淀み、外からは時折けたたましい喧騒が聞こえる。


息つく間もない展開だけれど、この高揚感はなんだか嫌いじゃない。毒だろうと禁忌だろうと、わたしの手で解明してみせる。次こそは“あの木箱”の中身を暴いてやるし、白銀と紅い瞳の主の正体を暴くチャンスも増えるはず。

「もう逃がさない。全部、じっくり確かめてやるんだから」


そう呟いたとき、男のかすれた呼吸が再び苦しげに波打つ。外ではさらに人々の足音が増え、何かが始まる予感で宮廷全体が震えている。

間違いない、嵐のど真ん中に突入する気配だ。わたしは男を守りながら、ぐっと唇を噛み締めた。いつものように、ちょっとだけ辛口の毒舌でこの不条理に立ち向かうつもりだ。


いざ幕が上がるなら、見せてやるわ。

これが――転生薬師セシリアの本気、なんだから。

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