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王妃の看護と孤立の密室5

王妃の容体が小康状態を保っていると聞いた瞬間、わたしは少しだけ肩の力を抜いた。とはいえ、今朝から嗅ぎ回っている者が増え、妙な視線が増大中。どう考えても「セシリアは何か隠している」と思われているらしい。確かにわたしはちょっとだけ“有能”かもしれないけれど、あまりあちこちから注目されると胃がキリキリするからやめてほしい。


この数日、アレクシス宰相が裏で必死に動いてくれている。といっても表向きはイザベル殿下の要求を受け、わたしの責任を追及する方向に同調しているふりをしているそうだ。おかげで、彼の執務室には「セシリア追放!」と意気込む者たちからの陳情がどっさり届いているとも聞く。その話を聞かされて、本人以上に苦笑いしてしまった。


「お前がいないと、王妃が持たんからな」

ぼそりと吐き捨てる彼には珍しく、声に険が混ざっていた。どうやら周囲の突き上げに相当うんざりしている気配。わたしも正直うんざりなので、この点ではまったくの同期だ。


一方、王妃の寝室には相変わらずマリアンヌが通い詰めている。どこを掃除するのかと思えば、わざわざ薬箱の中身まで勝手に整理し始めるのだから笑える。証拠隠滅の意図が見え見えなうえ、これみよがしに「まあ、王妃さまのために念入りに」と気取り顔。わたしが鋭く睨みつけても、彼女は余裕たっぷりの笑みを浮かべるばかりだ。


そんな中、ヴィクトールが確保していた不審な薬瓶のひとつが姿を消しかけた。まさかのタイミングで、誰かが保管庫の鍵をすり替えたようだ。あからさまに犯人は──マリアンヌか、もしくはその背後にいるイザベル殿下あたり? わざと衆目の前でやるあたり、ずいぶん自信がおありのようね。そう呆れつつ、ヴィクトールがこっそり見せてくれた“スペア”の薬瓶を見て、わたしはほっとする。彼だって伊達に文書管理官をやっていない。


「解析が終われば、真っ黒な証拠となるはずです。セシリア様、あと少し踏ん張ってください」

「踏ん張るしかないでしょう。逃げ場はないですから」

肩をすくめるわたしの言葉に、彼は穏やかに笑った。どうやら若干気にかけてもらっているらしい。ありがたいが、あまり「セシリアは優秀」などと吹聴するのは勘弁してほしい。余計な妬みを背負いたくないので。


そして夜――王妃さまが弱々しくも意識を戻し、静かな声で言葉を紡いだ。

「セシリア…あの子を…エドワードを守って…誰にも…渡しては…」

わたしが顔を近づけると、王妃さまのまぶたがうっすらと開いている。くしゃりと小さく指を握られて、胸がずきりとした。母としての必死な想いが伝わる。そのまま彼女はまた浅い睡眠へと沈んだが、その手の震えはしばらく止まらなかった。


アレクシスは扉越しに様子を窺っていたらしく、わたしが部屋を出るや否やぽつりとつぶやいた。

「王妃殿下は何か重大な秘密を握っているようだな。誰かがそれを封じ込めようとしている」

「たとえばイザベル殿下とか? そう言いたそうですね」

「……言わぬが花、というやつだ」

低く苦い声。わたしはあえて深く詮索しない。彼には彼の戦略があるだろうし、わたしはわたしで看病と調査、二つを同時進行するだけ。慣れっこというか、これでも現代の救急医療現場から来た転生者ですので(と誰にも言えないが)。


しかし、ナタン騎士の失踪の噂が再び広まり始め、廊下では「彼が毒を運んでいたんじゃないか」「いや、実は王妃を守りたかったんだろう」といういい加減な憶測が飛び交っている。おかげで精神的混乱はますます増し、わざわざ部屋まで見舞いにやってくる人も増えた。その分、マリアンヌも大忙しで証拠隠滅にいそしんでいるらしく、わたしがチラッと近くを通ると「まあ、なにか御用?」と皮肉げに微笑んでくる。ええ、あなたの仕事ぶりを観察しているだけですけどね。口にはしないが、頭の中では思いっきり舌打ちしている。


そして夜が更けるころ、王妃さまの寝室からまたひどい咳込みが聞こえてきた。わたしは急いで薬箱をひっつかみ、ドアを開け放つ。あの甘ったるい香油の香りがほのかに漂う中、王妃さまは苦しそうに胸を押さえている。やはり意図的に仕掛けられた毒か、それとも自然に悪化しただけか。


「セシリア様、どうなさるの?」

わざとらしく笑いながら邪魔になる位置でたたずむマリアンヌに、喉元まで出かかった毒舌を飲み込み、わたしは王妃さまへ駆け寄った。解毒薬を与えながら脈を取り、呼吸を整えさせる。今度はなんとか間に合ったはず。深呼吸できる状態に戻るのを確認して、ようやくひと息つく。


すると後ろから大きな足音がして、アレクシスが飛び込んできた。彼は乱れた息のまま王妃さまの顔を確かめ、わたしを見遣る。その目にはほのかな安堵が浮かんでいて、思わず胸がちくりとする。こんな宰相の表情、めったに拝めない。彼はわずかにうなずき、すぐさまマリアンヌに向き直った。


「マリアンヌ殿、今宵は随分と熱心にお世話を?」

「あら、もちろん。王妃さまに尽くすのは侍女たる務めですわ」

「…そうか。では、手薄だった外回廊にも目を配っていただきたい。万が一、不審者が紛れ込んでいては困る」


少々強引な形で彼女を部屋から追い払い、再び静寂が戻ってくる。王妃さまの小さな寝息に耳をすませば、微かに乱れはあるものの生命の危機ではなさそうだ。ほっと胸をなで下ろしつつ、アレクシスと視線を交わす。


──果たして、今回こそ決定的な証拠は得られるのだろうか。逃げる犯人と追う者たち。渦巻く陰謀に挟まれ、わたしの心臓はもはやジェットコースター状態だ。あと一歩。ほんの少しで、すべての歯車が噛み合いそうな気がする。そうしたら今度こそ、王妃さまとエドワードを徹底的に守り抜いて、あの皮肉屋どもに思い切り“ざまぁ”と言いたいものだ。


決意を噛みしめたそのとき、王妃さまの目元からまた一筋の涙が零れ落ちる。どんなに強がっても、人の命はこんなに儚い。それを守らなきゃ、誰が守るのだろう。わたしは王妃さまの手をそっと包み込むと、唇を引き結んだ。


まだ夜は終わらない。陰謀の種は消えていないし、ナタン殿やマリアンヌの動きも不気味に潜んでいる。けれど何が来ても、わたしは戦い続ける。なまじ“有能”な薬師として嵐の中心に放り込まれたのだから、もうこうなったらとことん抗ってやるしかない。


次の朝日が昇る頃には、きっとまた新たな波乱が押し寄せるだろう。それでも、恐れるより先にやることが山積みだ。アレクシスもヴィクトールも、それぞれの方法でわたしをサポートしてくれる。王妃さまの「守って」という祈りのような声が、頭から離れない。


…黙って酷い仕打ちを受けるなんて、柄じゃないもの。わたしは心の中でそう呟きながら、熱い茶をすすった。波乱万丈だけど、鉤のかかった扉の向こうにある真実を開け放つまで、もう後戻りはしない。さあ、舞台は整いつつある。最後に笑うのは、絶対にわたしたちのはずだから。

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