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王妃の看護と孤立の密室4

その日の朝、王妃の寝室から出て行こうとしたわたしを、ヴィクトールがひっそりと呼び止めた。手にしているのは、あの「不審な薬瓶」らしい。彼の柔和な笑顔の裏で瞳が鋭く光っているのを見て、思わず顔が引き締まる。


「できるだけ早く成分を割り出します。ただ、厄介なことにマリアンヌ殿が妙に周りをうろついていて…」

「わたしのものじゃありません。さあ、王妃の寝室でどうぞ勝手に調べてくださいな、なんて言われそうで?」

「ええ、それが面倒で。下手すると証拠隠滅されるかもしれない」


そんな嫌な予感をつぶやくと同時に、廊下の向こうからマリアンヌがすっと現れた。ちょうどこちらの会話を盗み聞きしていたかのように、彼女はすこぶる優雅な笑顔を浮かべている。あまりに演技が板についていて、やっぱりこの人を敵に回したくないなあと感じる。


「ご苦労さま。王妃さまが落ち着いているうちに、寝室のお掃除をしなくては」

うわ、まさか今がチャンスとばかりに薬瓶やら書類やら隠そうって魂胆? ヴィクトールもほとほと困った顔をしているが、彼がこれほどまでに露骨に「まずい」と口にするのは珍しい。つまり、隠された“何か”がそろそろ表沙汰になるということ。


実際、宮廷では「王妃暗殺未遂」の噂がじわじわ拡散しているらしい。毒見役であるわたしがいるのに犠牲を出したとなれば責任問題にされるし、さらにイザベル側妃が「セシリアは医療知識を過信しているのでは?」と声高に批判し出した。おいおい、王妃さまが助かったのはわたしのおかげでもあるんだけど。もしわたしがいなかったら今頃どうなっていたか…と思うけれど、それを口に出しても誰も褒めてくれないどころか、嫉妬の材料になるだけだ。


アレクシスはアレクシスで、厄介なバランスを取るのに忙しそうだ。今朝も王妃の容体を確認に来て、深刻そうにノックをしてきたのに、わたしの顔を見るや否や「ずいぶん余裕そうだな」と皮肉を言い放つ。しかも憎たらしいことに、そのくせ口調には微かな安心がにじんでいるのだ。


「セシリア、表向きにイザベル殿下の要求を受け入れざるを得ない。お前を宮廷からほどほどに遠ざけるよう取り計らう、と返事しておいた」

「は? 冗談ですよね…。それじゃわたし、ここにいられないじゃないですか」

「違う。あくまで“仕方なく”遠ざけた形を取りながら、王妃さまのそばにはお前を残す算段だ。目くらましさ」

彼の言葉を聞いて、あまりに器用な立ち振る舞いに唖然とする。こうしてもらえるのはありがたいが、正直巻き込まれる身としては胃が痛い。宰相殿はかっこよく立ち回ってるつもりだろうけれど、こちらはハラハラ度マシマシである。


いっぽう、王妃さまは小声ながらも意思を伝えられるくらいに回復してきた。今朝、わたしがお茶の温度を確かめていると、上ずった声でこう囁いたのだ。

「…エドワードを守って…わたくしには…」

途中で喉が詰まったらしく、そこで言葉はぷつりと途切れたが、異様な切迫を感じた。たぶんイザベル側妃やら誰かの陰謀をかぎ取っているのだろうか。それとも、未だ見つからないナタン騎士が関係しているのか。王妃さまは深く恐れる何かを知っている。わたしはその根っこを知らなきゃならない。


しかも、さりげなく耳に入ってきた噂では、「王妃を狙った密約が水面下で交わされていた」と囁かれ始めている。もはや疑惑は大きく膨れ、わたしの周囲は先ほどの廊下みたくむせ返るような空気だ。ミステリ好きの若い娘たちなら「最高に盛り上がってきた!」と喜ぶかもしれないけれど、当事者としては心臓に悪すぎる。


一方でヴィクトールは極秘に薬瓶の成分を分析すべく、わたしとアレクシスに協力を求めている。しかし、さっそくマリアンヌが壁際をうろうろしているあたり、これはあちらも行動を始めたっぽい。どいつもこいつも、証拠が出そうとすると同時に隠滅しようと必死で笑えてくる。いや、笑えないけれど。


そんなギリギリの綱渡りを続けながら、わたしは王妃さまの看病を続行中だ。看病というよりほぼ警備に近いけれど。スープの毒見はもちろん、王妃さまが身に付けるハンカチや寝間着の状態までチェックしている。毒が使われた形跡がないかどうか…。いっそ大騒ぎして犬でも連れてきたいくらい。しかし目立ったら最後、工作側にとっては絶好の狙い目になるんだろうな。


夕刻になり、思った通りマリアンヌがまた動き出した。ヴィクトールが隠していたはずの薬瓶を、なぜか彼女が手にしているところを目撃したのだ。しかも、あろうことか「王妃さまのご気分をよくする甘い香り」とご説明付きでわたしに差し出してくる始末。蓋を開けてみたらただの香油に見えるけれど…まさかこれに細工を混ぜているのか? 鼻先まで近づけかけたわたしに、マリアンヌはにこりと笑って言った。


「お嫌なようでしたら、アレクシス様にでも差し上げてくださいまし。あら、セシリア様と仲がよろしいものね?」

ドキッとする皮肉に、思わず背筋がぞわりとしたが、ここで引くわけにはいかない。返す刀で言い放つ。


「ご心配なく。わたしに必要なものは、すべて自分で用意しますので。香油は遠慮しておきます」

「まあ、残念ですわ。きっと王妃さまもお気に召したはずなのに」

うっとうしい笑顔を浮かべるマリアンヌを尻目に、わたしはこっそりアレクシスを探す。彼も彼で手一杯なのか姿が見当たらない。仕方がない、自力でどうにかするしかないかと腹をくくる。


その夜、王妃さまは再び弱々しい呼吸音を繰り返していた。今度は何かの香りで喉をやられかけている? トラブルの種をまいた犯人がマリアンヌかどうかはまだ断定できないけれど、やはり怪しいとしか思えない。わたしは慌てて別室に隠し持っていた解毒薬をいくつか取りに行き、王妃さまの様子を確かめに戻る。


けれど、その途中でふと見えたアレクシスの横顔がやけに険しかった。どうやらイザベル側妃からの要求がさらに厳しくなったらしい。王妃がこのまま回復しなければ、責任者であるわたしを追放しても文句ないという書簡を投げつけられたとか。くそ、どいつもこいつもうるさい。人ひとり救おうとしてるのに、邪魔ばかりしやがって。


「セシリア、少しでも証拠をつかめ。あとは俺が全力で庇う」

短く吐き出された一言。宰相としてではなく、個人的かつ真剣な響きが伝わってきた。珍しく彼の眉がひそめられていて、一瞬どきりとしてしまう。そういえば偉そうだけど常に冷静なんだっけ、と再認識しつつ、とにかくわたしは大きくうなずいた。


その直後、王妃さまが苦しげに咳をもらす。薬包を慌ただしく準備し、寝室に飛び込もうとした瞬間、彼女はかすれ声でこう告げたのだ。


「わたくしの声が、ちゃんと…届きますように…お願い…。エドワードを…奪われては…」


震える指先が空を掴み、何かを必死に押しとどめようとしているかのよう。わたしは王妃さまを支えるように抱え、解毒用の湿布を首筋に当てて呼吸をうながす。もしこれがまた別種の毒だったら厄介だけど、すでに腹をくくっている。何度でも対処してみせるしかない。


部屋の隅ではマリアンヌが「さすが優秀な薬師様ですこと」と鼻を鳴らしているが、貴女こそ気が早い。まだ勝った気でいるなら、痛い目みるかもしれないわよ。だってわたしは“有能なだけ”の薬師じゃない。王妃さまと王太子を、どんな手を使ってでも守るためにここにいるのだから。


その決意を宿したまま夜が更けていく。外では噂がますます膨れ上がり、宮廷内の緊張はピークに近づく予感がする。これがバレたら、誰かが破滅的な代償を払うはず。いっそ毒仕掛け集団をまとめて一網打尽にしてやりたいが、今はじっと耐えるしかない。


相変わらず嫌がらせや陰湿な視線は絶えないものの、それがむしろわたしの闘志を燃え上がらせる。ナタン騎士の失踪、謎の香油、イザベルの策略。複雑に絡み合う糸が、最後には一本の道筋を示すはずだ。その瞬間、きっと味わいがいのある「ざまあみろ」を放ってみせる。


王妃さまの呼吸が少しずつ安定してきたのを見届け、アレクシスに一瞥を送る。彼はわずかに笑いを浮かべてうなずいた。もうじき決定的な証拠が見つかる気がしてならない。宮廷全体が疑惑に揺れる中で、わたしも自分の安全を確保できる自信はあまりないけれど、このまま引き下がったりはしない。


──夜の闇が幕を下ろす頃、王妃さまは小さく息を吐く。守るべきものを見失わずに。一方で外の廊下では、またしても誰かの足音が響いた。毒にも負けない、嘘にも惑わされない策を練りながら、わたしは次々と巻き起こる騒動の予感を腹の底で受け止める。今はまだ深い静寂だが、とんでもない嵐がすぐそこまで迫っている気がした。次の瞬間を待ち構えるかのように、心が異様に高鳴っている。

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