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王妃の看護と孤立の密室2

夜の闇が深まるほど、この閉ざされた部屋の空気はますます重く感じられる。


扉は相変わらず開かず、外からは羽虫が壁をかすめるかのような小さな音だけ。わたしは王妃の寝台に椅子を寄せ、微熱気味の額を拭いていた。すると不意に、侍女の一人がわざとらしくくしゃみをしてみせる。ああ、嫌な予感しかしない。どうせ「あなたの看護が足りないせいでしょう?」とか皮肉を言いたいのだろう。


その侍女と目が合うと、すぐさまマリアンヌが前に出てきて自慢気な笑みを浮かべた。

「王妃さまのご容体、さぞかし芳しいのでしょう? こうして密室にこもっているのだから、あなた一人でも十分に救える…はずよね?」

「わたしより先にあなたがギブアップするかもしれませんが、まあ、心配ご無用ですよ」

とやんわり返したら、彼女の睫毛がビクッと震えた。口元が引きつっているので、少しは効いたらしい。自業自得だ。ここまで監視しつつ意地悪を仕掛けるなら、それ相応の覚悟があってほしいものだ。


もっとも、そんな応酬に時間を割いている余裕など本当はない。王妃はうわごとのように浅い声を漏らしていて、少しずつ呼吸が乱れてきている。このまま安全に寝かせるだけでは回復しきらないだろう。生活リズムも栄養もたっぷり改善が必要だ。……それ以前に、何者かの“意図”でこの部屋の環境がおかしなことになっているようだから厄介極まりない。


ちょうどそんなとき、壁の向こうから今度は低くて苦しげなうめき声が聞こえてきた。ナタンの声だろうか。昨晩の処置で一応止血はできたはずだけれど、もし何かが悪化しているなら放っておけない。


「マリアンヌさん、そちらの様子はどんな感じです?」

わたしが問うと、マリアンヌは「さあ?」と肩をすくめる。なんて無責任な態度。侍女の仕事は王妃の補佐が最優先とはいえ、怪我人を無視するなんてどうかしている。


「部屋の鍵なら、イザベル様が管理なさっていますし。わたくしは預かっておりませんの」

そう猫撫で声で言われても、見え透いてる。今さら素直に鍵を開けてくれるはずもない。わたしはぐっと息をのみ、ひとまず王妃の脈を確かめてから立ち上がった。もしかしたら、この密室に閉じ込めることで二人まとめて“片づける”算段なのかもしれない。


そんな重苦しい不安を抱えていると、不意に扉の向こう側で軽やかな靴音が響いた。続いて、聴き馴染みのある低い男の声がする。

「セシリア、聞こえるか。大丈夫か?」

アレクシスが来てくれたらしい。でもドアがガッツリ施錠されている以上、中に入る手立てはほぼないはず。


「こんな密室を作って誰が得をするのか、正直わたしには見当がつきませんけど。とりあえず内側から開ける手段はないです」

「こじ開ける方法を探している。しばし待て」

相変わらず淡々とした声だが、その中に怒りがにじむような気がした。どうやらイザベルたちの思惑がモロにアレクシスの逆鱗に触れたらしい。これは期待しても良いだろうか。


と思いきや、隣でマリアンヌが唇をとがらせる。

「宰相殿、ご不満なら今すぐ責任者を仰ぎつけてはいかが? 誤解を招くような行動は一切しておりませんわ」

妙に挑発めいた口ぶりで言うが、その実、後ろには複数の侍女が待機している。少人数でわたしを押さえ込み、王妃の容体を不自然な形で“仕上げる”気なのかもしれない。危なすぎる。


そのとき、庭がざわつくように足音が増えた気配がした。どうやらヴィクトールまで来たみたいだ。彼の柔和な口調が外から聞こえてくる。

「鍵穴をいじれば壊せるはずです。ですが、封鎖に使われている金具が頑丈で……少し時間がかかりそうでしてね」

結局、こっちからは何もできず、王妃の診察を続けるしかない。わたしは腹を括って、あえてマリアンヌたちの近くであれこれ確認し始める。意地が悪いと言われようと、この際それで彼女たちのボロが出るなら万々歳だ。


……と、わずかな息遣いの変化を感じて王妃の顔を覗き込むと、瞳が開きかけていた。そこには怯えと苦悶が入り混じった色が浮かんでいる。

「大丈夫、ここにいますよ」

そう声をかけると、かすかに指先が動いた。今にも消えそうな灯火だけれど、そこには確かな意志が宿っているように思えた。ああ、わたしは絶対にこの人を死なせるわけにはいかない。王太子エドワードの笑顔を曇らせてしまうなんてごめんだ。


その瞬間、バキンという大きな破砕音が響き渡った。どうやらアレクシスたちが本気で扉を破ろうとしているらしい。驚いたマリアンヌがばっと振り向き、顔から血の気が引いている。投稿に駆り立てられていた侍女たちも動揺を隠せない。ザマアミロ……とはさすがに言わないけれど、内心ではかなり溜飲が下がる。


「殺し文句でも書いておいたら面白かったんですけどね」

わたしは小さくつぶやき、王妃の脈拍をもう一度確かめる。ほんの少し安定してきたのが救いだ。そして緊迫する扉の向こうからは、アレクシスの冷厳な声がはっきり聞こえてくる。

「全員、その場を動くな。違反すれば反逆行為として処断する」


もう一撃、扉がミシミシと悲鳴を上げる。周囲の侍女が一斉に青ざめ、マリアンヌも狂ったように動揺し始めた。ほらほら、まだ何か隠していることがあるなら、今のうちにゲロってくれませんか? 威圧感に呑まれながらも、わたしは口角をひそかに上げた。


王妃の手をそっと握ったまま、部屋を満たす高揚感を噛みしめる。そう、こうして危機ちらしを煽ってくれるなら、それだけ大事が発覚しやすいというものだ。もう後戻りなどできない。扉が破られた瞬間に、何もかも明るみに出る。救いも破滅も、まとめてぶちまければいい。


次の瞬間、バキリと鈍い音が響いた。扉上部の金具が歪み、光が差し込む。アレクシスの姿はまだ見えないが、あと一押しだろう。わたしは鼓動を高鳴らせ、こう思った。


——さあ、ここからが本番。王妃の命も、あの騎士の謎も、全部ひっくるめて紐解いてあげる。

そして終わったあと、わたしは誰に向かって“ざまぁ”と言えばいいのかしらね。

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