白き魔女と宿命の呪い4
レナータの傷口は、昨夜よりも幾分落ち着きを取り戻しているようだった。あくまで「見た目は」だけれど。触診してみると、どうも普通の刃物傷とは違う嫌な感触がある。まるで薬草か何かの粉末を塗り込まれた形跡が残っていて、身震いするほど胡散臭い。呪いなんてオカルトめいた話にはあまり乗り気じゃないけれど、こうまで露骨に“何か”が仕込まれていると、否応なく疑いがわいてくる。
「レナータ嬢、痛みはどうですか? 昨日と比べて動きづらさや熱などは?」
「ええ、少しは楽になりました。でも、昨夜は悪夢を見まして……それがあの“白き魔女”に絡んだものだったのかと思うと、やっぱり怖くて……」
青ざめた顔の彼女を安心させるために、わたしは淡々と微笑を返す。そして、ややこしい呪い騒ぎは一旦横に置いて、消毒と包帯の交換に集中する。人の傷口って、まずは現実的なケアをしてから、呪いだのお化けだのを考えるものだ。
そんなこんなで治療を終え、一息ついたところに、すごい形相のニコラスが勢いよく部屋に踏み込んできた。……あの、レナータ嬢、あなたの兄上さんですが、もう少しノックというものを学んでくれませんか?
「セシリア様、昨日はごめんなさい。僕は……あのままだと気が変になりそうで、一度だけ外に出ようとしたんです。でも、宰相閣下の部下が門を塞ぎやがって――」
そうか、彼は家督やら呪いのプレッシャーやらで、夜中にこっそり逃げようとしたらしい。そこをアレクシスに見張られてたってわけね。まったく、宰相閣下はさり気なく鉄壁体制を敷いていて怖いんだか素晴らしいんだか。
「お兄さま……!」
レナータは呆れ混じりの視線で兄を見つめるが、ニコラスは半分泣きそうな顔でうろたえ続ける。仕方ないので、わたしが代わりに盛大なため息をついた。
「ニコラス様、無断で雲隠れなんてお行儀が悪いですね。どのみち、アレクシス閣下は“こうなる”ことを見越して手を打ってたんでしょうから、逆らうだけ無駄ですよ」
「ううっ、わかってますけど……僕はレナータを守れなかった罪の意識に押しつぶされそうで……」
同情してほしいのか、怒ってほしいのか。そのへんは謎だけれど、一応わたしも相手は病んだ心を抱えた青年貴族。むやみに突き放すのは人としてよろしくない。仕方ないので、軽く肩を叩いて励ます。
「今はレナータ嬢の早期回復が最優先ですからね。あなたが沈んでたら彼女、余計に不安になりますよ」
肩に手を置いた瞬間、わたしが何か呪文でも唱えたような顔で彼がハッとする。いやいや、ただの声かけでそんなに感激されても困るんだけど。いつものことながら、自分には何のつもりもないのに相手が勝手にときめきそうでイヤな予感がする。ほんと、妙な恋愛フラグなら折るに限るわ。
――と、その場の空気が変わったのは、ルシアン公が部屋の外に現れたからだ。扉越しでもわかる、あの貴族特有の威厳と嫌味なほどの香水のにおい。背後にはアレクシスが控えていて、二人の間に微妙な緊張感が漂っている。
「セシリア殿、ご苦労だったな。先ほど宰相閣下と少々取引をしての。ヴァンスタイン家は、しばらく閣下の庇護を受ける代わりに、それなりの情報を公開することになった」
ルシアン公が憔悴した声でそう言い放つ。つまり地位や体面を守るため、白き魔女がらみの怪しい文書や噂話を引き渡し、そのかわり家の断罪を免れようってわけか。なんとも貴族らしい取引だなあと、わたしは心の中で冷笑する。
アレクシスはその話を少しも否定せず、むしろ当然のように頷く。瞳の奥にはいつもの冷徹な光が宿っていて、わたしを見ると少しだけ口角を上げた。
「セシリア、今後もレナータ嬢の療養に加え、この一連の怪事件について調査を頼みたい。例の呪い騒ぎが単なる迷信かどうか、医療の面から見極めてくれ」
「承知しました。正直、呪いより契約結婚のほうが怖いですけどね」
皮肉交じりに応じると、アレクシスはいつものように生真面目な顔で小さく笑った。どうやら彼は、わたしの捻くれた返答を多少楽しんでいる節がある。性格が悪いか、もしくは懐が広いか。その両方かもしれない。
そんな白けた空気に、イザベルが鮮やかなドレスを翻しながら登場する。彼女はニコラスをちらっと眺めると、わざとらしくため息を落とす。
「まあ、まだ騒ぎは収束していないのね。白き魔女とやら、実際には出てこないくせに存在感だけは一人前だから困るわ。まるで王宮じゅうを踊らせる亡霊のようね」
「ほんと、そのとおりです。おかげでこちらは踊らされっぱなしですよ」
わたしが曖昧に返すと、イザベルは得意げな笑みを浮かべて去っていった。きっと彼女は彼女で、別のシナリオを進めているのだろう。宮廷の権力闘争なんて、こうやってしれっと横槍を入れてくる人ばかりだ。
――案の定、エドワード殿下も黙ってはいないようで、夕方頃には護衛を増やしたり、王宮内の巡回を強化する命令を出したという。体が弱いながらも、意外にしっかりしている方だ。慌てふためくニコラスと比べれば、王としての器の差をまざまざと見せつけられた感がある。
ともあれ、ヴァンスタイン家との取引により騒ぎは一時的に落ち着くかもしれない。しかし、片付いたように見えて、白き魔女の姿は影も形も現れない。裏で暗躍する連中の狙いが読み切れないまま、わたしはレナータが使っていた薬の成分を再調査することにした。
「ま、こういうごたごたが一気に終わるわけないですよね。お望みなら最後まで付き合いますけど、そのあとで思いっきりぐうたら寝かせてくださいよ」
ブツブツと毒づきながら、わたしは医務室へ向かう。王宮に巣くう闇を、徹底的に暴くにはまだ時間がかかるだろう。けれど、結末がすぐそこだとしたら、多少の残業も仕方ない。乏しい自由をリスクに投じてでも、白き魔女の正体や、彼女を動かす真犯人を見つけてやらなきゃ気が済まない。
どうせなら、最後の大花火で派手に撃ち抜いてあげましょうか――そんな不敵な思いが、胸の奥でじわりと熱を帯びてくるのを感じながら。私が細めた視線の先には、いつもよりも濃い闇をまとった王宮の回廊が、妙ににやけた顔をして待ち受けているように見えた。




