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白き魔女と宿命の呪い3

夜が更けた王宮の回廊を歩いていると、そこら中で不穏な噂がささやかれているのがわかる。先ほど、王太子エドワードの部屋から帰る途中にたまたま通りがかった私は、どこか不自然な沈黙と視線を覚えた。扉の向こうで騒々しい声が聞こえる。どうやらレナータ嬢が夜道で襲われたらしい。負傷は軽いとはいえ、ヴァンスタイン家にとってはまさに寝耳に水だ。


 


「セシリア様! レナータが、レナータが……!」


 


廊下の角でばったり会ったニコラスは、まるで生気を失った顔で飛びつかんばかりに駆け寄ってきた。あまりに必死すぎて、こっちは完全に不審者を迎える気持ちで後ずさる。


 


「落ち着いて、怪我の具合はどうなんです?」


「大したことないと聞きましたが、あの“白き魔女”が言っていた呪いかと思うと、僕……!」


 


ニコラスの目には鬼気迫るものがある。それでも彼が慌てる理由はわかる。妹を守りきれなかった自責の念と、白き魔女から存在しない“呪い”を吹き込まれた恐怖。心が折れそうになるのも無理はない。


 


そこへ、宰相アレクシスがすっと姿を現す。整いすぎた顔立ちに冷徹な光を宿したまま、ニコラスを一瞥し、静かに言葉を吐き出した。


 


「病院じゃあるまいし、ここで取り乱しても誰も助けてはくれないぞ、ニコラス。まずはレナータ嬢の安否を確認するんだ」


「は、はい……」


 


まるで糸の切れた操り人形みたいに、ニコラスは力なく頷く。その瞳にはまだ何か言いたそうな色が残るけれど、一度冷静になって自室へ引き返すらしい。私はホッと息をつき、アレクシスに向き直った。


 


「で、真相はどうなんです? ただの暴漢に襲われたのか、あるいは本当に“呪い”が絡んでるのか」


「今のところ僅かに薬品の匂いがするらしい。誰かが仕組んだか、あるいは恐怖を煽る目的か。セシリア、いつものように傷の診断を頼む」


 


要するに、面倒事は全部私担当というわけだ。わかりきったことだけど、いちいち確認してくるあたりが腹立たしい。


 


「かしこまりました。どうせ休暇なんて最初から捨ててますから」


 


私の皮肉に、アレクシスは微かな笑みを見せる。どうせこの人は、裏でいろいろと策略を組み立てているに決まっている。表のまつりごとだけ見ていては、彼の本心なんてわからない。それでも、私の腕を買ってくれるのは多少の利点があるから、まあいいか。


 


王宮の離れに急ぎ向かうと、そこには青ざめたマリアンヌやイザベルが集まっていた。イザベルは優雅に扇子を振りながら、こちらをチラリと見下ろす。


 


「レナータは自室にいるわ。まだ意識ははっきりしているけれど、あなたの診察が必要よ」


「ええ、行ってきます。ついでに、妙な薬の痕跡があれば調べますので、何か見つかったら報告を」


 


イザベルは「ご苦労さま」と不敵な笑みを浮かべる。彼女がこの騒ぎをどう利用するのか想像するだけで頭が痛いが、今はレナータの様子が最優先だ。


 


――部屋に入ると、レナータ本人は思いのほか落ち着いていた。左腕に軽い刃物の傷。血が少しにじんでいるが、急所には当たっていない。ひとまずホッとする。


 


「傷口を見せてもらいますね。痛むようならすぐに言ってください」


「はい……。その、すみません、こんなことでお手間を取らせてしまって」


 


表情は怯えているけれど、しっかり言葉を返すあたり、レナータは案外気丈だ。消毒薬を含ませた布で拭うと、確かに微かな薬草の臭いに似た痕跡が感じられる。攻撃者は素人ではないか、あるいは特定の薬を塗った刃物を使ったか――どちらにせよ妙な気配だ。


 


「やはり普通の事件じゃなさそうですね。しばらくは安静にして、軍属の方や護衛などに見張りを頼んだほうがいいでしょう」


 


そう告げると、レナータは縋るような目を向けてくる。ニコラスの不安も当然伝わっているのかもしれない。けれど、今はあまり刺激を与えないほうがいい。 


「お大事に。怖い夢を見ないよう、軽めの鎮痛と安眠の薬を出します。過度な応急処置はかえって毒になりますからね」


 


重々しく首を縦に振ったレナータを残して部屋を出ると、そこにはヴィクトールが待っていた。彼は穏やかそうな顔でこちらをじっと見つめる。


 


「セシリア様、いかがでしたか?」


「けっこう怪しい薬が使われた形跡がありますね。呪い云々よりも、何者かが周到に準備した感じですよ」


「なるほど。王宮の文書管理官として、私も記録にまとめておきましょう。いずれ白き魔女と関連付けられるかもしれませんので」


 


彼がそう呟きながら手帳に走り書きしていると、遠くからアレクシスの低い声が響いてきた。なにやら、ルシアン公との密談を終えたらしい。廊下を渡って来る足音は統率がとれていて、二人の交渉が終わった空気を漂わせている。


 


「セシリア、蠱毒こどくのように陰謀が重なり合っているな。ヴァンスタイン家はしばらく私の監視下に置こう。君はレナータ嬢の身体的ケアを頼む」


 


アレクシスの目がぎらりと光る。彼が本気で動くときは、きっと王宮じゅうに嵐が吹き荒れる。まったく、私もまた残業確定ってわけだ。


 


「承知しました。どうせヒマなんて死ぬまでなさそうですし。ああ、どうか誰も“結婚を前提に近づいてこない”ことを祈りますね。傷よりそっちのほうがよほど恐怖ですから」


 


そんな私の嘆きに対し、アレクシスはクスッと笑い、言葉少なに踵を返した。張り詰めた空気の中で、どこか楽しげに駒を動かす――彼はそういう男だ。イザベルもマリアンヌも、疑わしい笑顔を浮かべながら彼の後ろに続く。


 


“白き魔女”の呪いなのか、それとも単なる権力闘争か。レナータを襲った黒幕はまだ見えない。しかし、この王宮には“黒幕だらけ”と言ってもいいくらいの火薬庫が控えている。ひとつ火を放てば、面倒くさい連鎖反応が始まるのは目に見えているのだ。


 


――病室の扉をそっと閉じ、長く息を吐く。ああ、明日も早起きして診断と調合の準備をしなくてはいけない。ゆっくり休むどころか、この先さらに忙しくなりそうだ。


 


だけど、拒んでもどうせ次々と厄介事は降りかかる。私は転生薬師として、毒と薬を手足にして突き進むしかない。レナータの傷口が意味するもの。ニコラスの恐れ。ヴァンスタイン家とアレクシスの取引。そして白き魔女の影――。すべてが絡み合い、複雑にうねっている。ならば思い切り解体して、最後の最後まで暴いてやるまで。


 


「さて、“クライマックス”とやらがもう近いなら、こっちはとっとと終わらせて楽になりたいんだけど」


 


小さく毒づきながら、私は忍び寄る夜の黒幕たちに宣戦布告するかのように足を踏み出す。次の事件の呼び声がもう、背後から聞こえてきそうだったから。

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