告死の噂と偽りの葬儀5
私は屋敷の門を出たあとも、あの空っぽの棺と舞台装置じみた紙人形の光景が頭から離れない。わざわざ形ばかりの葬儀を用意しながら、実際の亡骸はどこにもない。しかも“白薔薇”を名乗る組織がまたしても絡んでいる。これほど露骨な挑発を素通りできるほど、私はお人よしではない。
「セシリア様、今のお気持ちは?」
マリアンヌの涼やかな声が、まるで人ごとみたいに聞こえる。その立ち姿はいつでも優雅だが、なぜか少し機嫌が良さそうだ。問いかけへの返答を求める視線が刺さるけれど、私はとぼけて答えを濁す。
「ええ、まあ…楽しかったですよ。悪趣味な巡業芝居を観た気分で」
「さすが、何ごとにも動じないお方。私は今回も背筋が凍えましたわ」
表情を変えずとも、彼女はちょくちょく毒混じりに褒めてくる。これだから油断できない。
横合いからヴィクトールが走ってきて、汗を拭った。
「屋敷の使用人たち、さすがにここまで大騒ぎすると黙っていられないみたいです。集められた泣き女も半分は屋敷の裏手で酒を飲み始めたとか…何と申しましょうか、すさまじい混乱ぶりで」
「そのうち、この噂は王都じゅうに広まるわね」
私が漏らした一言に、ヴィクトールは肩をすくめる。きっとすぐに市井の人々が面白おかしく騒ぎ立てるだろう。中には“生ける亡霊”だの“呪いの儀式”だの、好き勝手に脚色して吹聴する連中もいるはず。
だが、重要なのはそこではない。問題はこの“葬儀ごっこ”を利用していた連中が、次にどう動くか。貴婦人が本当に生きているなら、その正体と目的を隠し通すつもりだろうし、“白薔薇”が裏で糸を引いている可能性も大。私たちはその尻尾を掴みかけながら、まだ手繰り寄せきれていない。
するとマリアンヌが、道端の街灯から漏れる灯りを受けながら、やや低い声で言う。
「セシリア様、いずれにしても王宮へ戻らなければいけませんわ。殿下がお待ちかねですもの。あの方、ずいぶんご不安なご様子……病も落ち着かないようですし」
「そうでした、お元気とは言えない殿下が、こんな騒ぎの話を耳にすれば余計に心労を溜めそう」
エドワード殿下の容態は、いつもギリギリの綱渡りだ。下手な薬を与えれば命取りにもなる。私にとっては、今回の偽装死騒動などより何倍も重大な問題かもしれない。
「宰相閣下のアレクシス様も、セシリア様がお戻り次第“王宮近郊の屋敷で起きた不可解な事件”について報告せよとのこと。かなり急いでおられるようですよ」
ヴィクトールの言葉に、私のこめかみがひきつる。あの人、手紙の折り目に暗号を仕込むくらいにはやる気満々の策略家だ。まさか私が全裸で葬儀に潜入したわけでもないのに、何をそんな焦っているのか。もしや“白薔薇”が絡む別件でも掴んだのかもしれない。
「それで、あなたはどうなさるのです?」
マリアンヌが先を促すように裾をさばき、優雅に微笑む。──こういう時の笑みは大抵ロクなことにならない。手ぐすね引いて私を見物しているからだ。
「そりゃあ、王宮へ帰るわよ。もとより逃げ隠れする趣味はないし…それに今度、クリストフって噂の医師が王に呼ばれるかもしれないんですって?」
「なんでも""死を呼ぶ医師""というすてきな異名を持つらしいですわね。噂が怖すぎて震えあがる人もいるそうで」
マリアンヌが“すてき”と言った瞬間、ヴィクトールが唇を引き結び、困ったように視線をそらす。どこかでその怪しい医師に会ったことがあるのだろうか。いずれにしても変人が一人増えそうで、胃が痛くなりそうだ。
「王宮に集まる面々、アレクシス閣下が思う存分こき使うに決まってるじゃないですか。私まで駒扱いされそうで気が進みませんけど」
ちょっとばかり悪態をつくと、マリアンヌはまるで子どもをあやすように、甘く笑う。
「まあまあ。セシリア様ほどの薬師はほかにおりませんし、宰相殿も本気で大切に思っておられるはず。それでいて、文化祭レベルの騒動なら喜んで放り込みそうですけど」
「そんな配慮いらないですよ。もし触れ合うなら猛毒でも盛って差し上げたいくらい、私、あの人には散々な目に遭わされてるんで」
「あら、愛の裏返しというやつ?」
「なければ愛よ再びもありません!」
口論じみたやり取りに、ヴィクトールが思わず吹き出す。彼はこの宮廷ドラマの傍観者のようでいて、ときどき鋭いジャブを入れてくるから侮れない。
「では、みんなで王宮へ戻るということで。エドワード殿下が喜ぶ顔が目に浮かびます。セシリア様は殿下の手も握って差し上げるんですか?」
「えー、どうしましょうね。私、正直あまりスキンシップ好きじゃないんですよ…」
「なるほど、ここには殿方も多いですし、むしろいろんな意味で殿下が危険になるかもしれませんね」
「……ああ、何か言ってる意味がわかった。やめてくださいよ、私ほんとにそんな趣味ないっての」
私のぶっきらぼうな返答に、マリアンヌが「ふふっ」と口元を押さえる。なぜか周囲が勝手に盛り上がっているようだが、当人の私には何が面白いのかさっぱりだ。誰にでも優しくする余裕なんて持ち合わせていないというのに。
そんなこんなで、私たちは夜の王都を抜け、暗い城門のほうへ足を進めていく。道端の明かりはまばらだが、楽に歩ける程度には整備されている。宮廷に戻れば、イザベル様あたりがまた妖艶な微笑みを浮かべて近づいてくるかもしれない。あの方の本当の目的は、王太子の庇護か、それとも自身の地位の強化か。どちらにしても私みたいな“邪魔者”を袖にするつもりだろうな。
だけど、いよいよあの国王の側妃まで踊り出す組織的な陰謀だとすれば、こっちも容赦していられない。“白薔薇”や、名前だけ耳にする“クリストフ”…少しずつ姿を現し始める影の者たち。バラバラに見える糸が、じわじわと絡み合っていくのを感じる。まるで足元からうねりをあげる闇の触手みたいで、正直ぞわりとする反面、好奇心が疼くのが自分でも怖いほどだ。
「あーあ、平凡にハーブと毒草の相手だけして生きていたかったなあ」
本音をぽつり漏らしながら、私は指先に残った紙人形の感触を思い出す。死を偽造してまで何を守ろうとしたのか、主役の貴婦人はもう見えないところへ逃走しているのか。
その答えがわかるのは、まだもう少し先。それまで私たちに何度の芝居に付き合えと? いざとなれば葬儀はおろか、婚礼の場だろうとなんだろうと暴いてみせる自信だけはある。何せ、死体を相手にするのも割と慣れてるんだから。
──王宮の灯火が視界に入り、私は口元をひそかにほころばせる。
そこに待ち受けるのは、黙り込む宰相か、薄笑いの美妃か、あるいは死神めいた医師か。それとも、夜な夜な不穏に揺れる“白薔薇”の香りか。
いずれにせよ、幕が開くのはこれからだ。下手な茶番ならとっくに卒業済み。盛大に仕掛けてくるなら、望むところ。
──遠慮なくやってもらいましょう。ここからが本当の“死者の舞台”かもしれないのだから。




