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告死の噂と偽りの葬儀4

私は地味色の喪服に身を包んだまま、屋敷の玄関で思わず口元をひきつらせる。


──泣き女がこんなに勢ぞろいするなんて、どこの見世物だ。


周囲ではまだ涙声がちらほら聞こえるが、実際のところ、私を含めた“泣き女”のほとんどは悲壮感ゼロだ。心から嘆き悲しんでいる人などごく一部で、あとはうさんくさい音程で「うわーん」と泣いてるフリ。そんな中でも私のオーバー演技は「妙に板につきすぎ」と評判らしい。隣にいた見知らぬ泣き女に「あなた、才能すごいわね」と肩を叩かれたときは内心噴き出しそうになった。まさか人前でこんな賞賛を受けるとは思わなかった。


もっとも、ほめられて喜ぶ間もなく、棺の周囲に集まった参列者が妙な気配を醸し始めた。お世辞にも美しいとは言えない貴婦人の肖像画を飾った祭壇があり、その手前で司祭らしき老人が儀式を取り仕切っている。けれど台の下の幕が唐突に揺れ、係の使用人がばたばたと大声を上げた。


「棺を開ける準備が整いました! けれど…その、暗幕を――」


暗幕? 口ごもる使用人の声に、私の耳がぴくりと反応する。さっきまで確かに“何か”が布の下に潜んでいたはず。そこを覗こうとしたら、沢山の手に止められた。明らかに時間稼ぎしている感じがモロバレだ。どうやら中に収められた“ご遺体”とやらが、だいぶこの場を混乱に巻き込みたいらしい。


「いっそ棺を見ずに済むなら最高なんだけどな…」

つい口走った独り言が、近くにいたマリアンヌの耳に入ったらしい。彼女は小さくクスリと笑い、私の耳元で囁く。

「セシリア様が嫌がっても、宰相殿のご命令を無視するわけにはいきませんわ。頑張ってね?」


そう言い残しながら、彼女は私の肩に手を添える。その指が妙に冷たく、鳥肌が立った。──何かを知っているくせに、どこか楽しんでいる風なのが厄介だ。彼女はコントロールに長けた女。しかも美人。あちらこちらから「マリアンヌ様、手ほどきしてくださらないかしら」と言い寄られているが、当の本人大して興味なさそう。みんな私と同じ気持ちね、と少し親近感を覚える。


そこへヴィクトールが「司祭の合図があります。そろそろ動作を」と小声で促してきた。どうやら泣き女たちが順番に棺にすがりつき、思いきり号泣する段取りらしい。なるほど、あざとい猿芝居だ。私もわざと声を張り上げる。

「あ゛あ゛…なんたる無念…!」

などと叫びながら棺の蓋に触れると、ついに中が見えた。──吸い込まれそうに、空っぽだ。


「えっ?」

一瞬、脳が停止する。いや、違う。宰相アレクシスからの手紙にあった通り、“死体偽装”の可能性は予感していた。でもここまで堂々と入っていないのは予想外すぎ。参列者も戸惑いの声を上げ、司祭は「なっ…止めろ、止めろ!」と大慌て。だがその声もむなしく、泣き女たちの目が一斉にギラリと光る。要は金儲けと噂話を求めて群がっている人々だ。桶の底をひっくり返したような大混乱になるのは当然だろう。


その隙に私は棺の縁をまさぐり、巧妙に貼り付けられた紙人形を回収。どうやら今回も“あの組織”が裏で手を回しているらしい。裏面にはバラの花びらを模した印がうっすらと刻まれている。例の“白薔薇”──度し難い演出がお好きなようで。


「まさか本当に生存してるってわけね」

呟いた瞬間、私の後ろに立っていたマリアンヌが言う。

「生存していなければ、こんな空曠(から)な真似はしないでしょうね」


やはりか。棺の底は冷たい結露に濡れている。氷の痕跡が溶け残っている証拠だ。死んだふりをさせ、その体を氷で保存する計画だったら、急に何かしら支障が生じたのかもしれない。おかげで私としては混乱のどさくさに紛れて証拠をいただけたわけだが。


そのとき、背後からむんむんした熱い吐息がかかる。振り返ると、怪しげな恰幅の男がにじり寄っていた。顔を近づけ、低い声で絡んでくる。

「嬢ちゃん、なかなか可愛い顔してるじゃねえか…」

……げっ、よりによってこんなときにナンパか。泣き女っぽい衣装とはいえ、私が他人からどう見られているかは自覚していないが──うん、嫌すぎる。即座に男の手を払って言い放つ。

「私、男より毒草の方が好物なので。話しかけないでいただけます?」

「はぁ?」

「その体格なら、ふくよかな腹から猛毒が出たりするのかもしれませんし、あなたも気をつけて?」


キョトン顔の男を横目に、私はスタスタ逃げ出す。どうせここは大騒ぎの渦中。誰も私を引き止める暇はない。お陰で思いきり暴言を吐けるのはストレス発散になる。


そのまま屋敷を出ようとすると、ヴィクトールが顔色を変えて駆け寄ってきた。彼の手には、大量の書類が握られている。

「これ、屋敷の使用人が捨てようとしていたものです。どうやら各地に“おくやみ”を出す準備が進められていたらしい。つまり本気で葬儀を形だけで済ませようとしていたようですよ」

踏みつけられた紙には、貴婦人が“確かに亡くなった”と明記されている。全ての手筈が整っていたのに、何故いま棺が空…?

私とヴィクトールは目配せし合い、黙ったまま首をかしげる。だが後ろのほうでは司祭がわめき散らし、近くにいたマリアンヌがそっと苦笑している。どうやらこの騒ぎ、あまり長引かせる気はないらしい。


結果として、強引に“公的な葬儀”は幕引きされ、参列者は追い出される形になった。手招きするマリアンヌの視線に従って私たちも門を出る。白い月光の下、屋敷のまわりにはそこはかとない、不吉な予感が漂っていた。


「また厄介事、増えそうだな」

ヴィクトールがため息混じりにささやく。私は苦笑を返しながら、ポケットに隠した紙人形を撫でた。これが“白薔薇”のメッセージなら、私たちに寄越された挑発としか思えない。


裏を返せば、まだ黒幕は遠くでほくそ笑んでいるということだ。しかも次の舞台は、おそらくあの王宮。エドワード殿下にも何かしら危険が迫るかもしれないし、そもそも、呼び寄せられたクリストフの存在も気になる。あの医師が何を企んでいるのか、あるいは誰かに利用されるのか──想像すればするほど胸がざわつく。


……嫌な予感こそが最高のスパイス。眠たい恋愛よりも濃厚な陰謀劇こそ、私の血を一番たぎらせる。まったく、面倒なのにワクワクしてしまう。どうしようもなく性格が悪いと思いつつ、今はただ次の手を打つしかない。


王宮の夜はまだ深い闇のまま。そんな闇に潜む“白薔薇”を暴くのは誰か。他でもない、この私が先に見つけて断罪してやりたい。だって死人ごっこは大好物だから。


──さあ、次はどんな秘密が転がっている? 少しばかりイザベル殿にも協力してもらって、マリアンヌの隠し事も引きずり出して、ついでにあの傲慢宰相への仕返しも図って……忙しくなりそうだ。

けれど一番いま欲しいのは、美味しい茶とフカフカのベッド。死体のニセモノなんかより、ちゃんと眠れる現実の布団がずっと優先だなんて、我ながら欲深い。


そんな我欲だらけの胸の奥で、こみ上げる名状しがたい高揚感をぎりぎり飼い慣らしながら、私は屋敷を後にした。恐らくこの先、醜悪なお芝居が第二幕、第三幕と用意されているに違いない。どうせなら、とことん恨みと毒を浴びせてやる。お望みなら棺なんて何度でも開いてみせようじゃない。愛も恋もお断りだけれど、この暗い世界で舞台に立つのは楽しいに決まっているから。

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