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告死の噂と偽りの葬儀2

王都まであと少し。重い馬車に揺られながら、私は妙に落ち着かない気分だった。理由は隣に座る“死を呼ぶ医師”クリストフ。あの噂が真っ赤な嘘ではないにしても、彼の冷静な指さばきや穏やかな話しぶりを見ていると、死ではなくむしろ生を運ぶ男にしか見えない。アルミンの取り計らいで合流したのだけれど、途中で私がちらっと「王宮には怪しい事件が多くてね」と言えば、彼はほんの少し眉を動かして「そうかもしれませんね」と上品に笑っていた。世間がやいのやいの囃し立てる“死神”感はゼロだ。逆にこっちがばかみたいに意識してしまって損だと思う。


 

そんなぎこちなさも、王都の門が見えると同時に吹き飛ぶ。だってほら、そこには大量の手紙が待ち構えているのだ。私がいない間に届いたアレクシスからの文やら依頼やらが、部屋じゅうに雪崩のように広がってるって聞いただけで、目の前が真っ暗になる。


 

「それじゃあ私はここで失礼しますね」

「……え? あ、はいはい」


 

私がふと我に返ったとき、クリストフは馬車を降りて軽くお辞儀をしていた。穏和な口調で「また機会があれば」と言い残し、あっという間に人混みに消えていく。私も何か言えばよかったかと少し後悔するが、その直後に荷物の整理で大混乱が始まり、そんな余裕は秒で消滅した。


 

部屋に戻ると想像以上に書簡の山が積み上がっていて、私の顔を出迎えるどころか、バサッと中身が飛び散って足場さえ危うい。天井から降ってきそうな封筒をかき分けながら、ため息ばっかり出る気分だ。面倒くさくて寝たフリして逃げたくなる。


 

「あら、お疲れのところ悪いわね」

いつの間にか宰相アレクシスの声が背後から響く。いつもながら不吉なタイミングで登場する男だ。意味ありげな笑みを浮かべて、私の手元を覗き込む。


 

「今回はちょっと仕掛けがあるから、全部燃やすのはいけないよ。折り目を確認してみてね、愛しいセシリア」

「愛しくないから。というか、こんなの全部読めと?」


 

ちょっと投げやりな口調で言い返すと、アレクシスは「がんばれ」とだけ言って肩をすくめる。彼の言う“仕掛け”が山のようにあるってことでしょ? さすがに開いた口が塞がらない。恋愛小説でも読んでさっさと寝たい気分なのに、宰相様の嫁にも行かず仕事漬けコースなんてまっぴら御免だ。


 

しかし面倒だと思う一方で、やっぱり気になるから嫌になる。ひとまず折り目付きの文を選り分けてみると、たしかに他の手紙とは違う質の紙に、透かし文字のような箇所が仕込まれている。どうやらある貴婦人が突然“病死”した件を調べてほしいらしい。だが、その“病死”がどうも嘘くさいというのが宰相氏の見立てだ。


 

「それと、クリストフとか言う男が王宮の医療体制に関わるかもしれないって噂もあるよ。面白い展開でしょう?」

「へえ、あの男も余計な波乱を運んでくるのかしら。それとも私を助けてくれる運命の人だったり?」

「まさか。セシリアが惚れたなんて展開期待してるんだけど?」

「そこは起きろうが起きまいが関係なくてよ。第一、私は恋愛より毒のほうがまだ好き」


 

意地悪く見つめてくるアレクシスの鼻を、パチンと手紙で軽くはたいてやる。彼はちょっと大袈裟に「いてっ」と芝居じみた仕草をしつつ、最後にはまるで私の苦悶を楽しむような笑い声を漏らす。どう考えてもこいつは私が振り回されるのが趣味なんだわ、と確信する瞬間だ。


 

そんな騒ぎのまま、王宮への顔出しを再開する。久しぶりにエドワード殿下にも会うと「セシリアがいないと寂しかった」と素直に言われて、むず痒いような、でも悪い気はしない。まあ、これ以上踏み込まれたら面倒だから牽制しつつ、いつも通り優しめの笑みで切り返す。


 

どうやら宮廷ではやっぱり暗い噂が充満していて、マリアンヌだのイザベルだのが密かに動いているらしい。文書管理官のヴィクトールまでこっそり近寄ってきて「貴妇人の死を確認する資料が妙に少ないんですよ」と耳打ちする。まるで最初から証拠隠しを見越したかのような手際の良さだとか。やだ、こんなうさんくさい事件、私の大好物じゃない。


 

「ここは一発、内幕を暴いちゃいます? せっかく戻ってきたんだから、活躍してほしいですしね」

ヴィクトールが控えめな声で囁くから、舌の根がムズムズする。見え見えのお誘いだけれど、断る理由は…あんまりない。どうせ騒動には巻き込まれる運命だし。


 

そして夜――添えられた手紙の折り目をじっくり辿っていくと、私の胸がざわつくようなヒントが浮かび上がった。どうやら死んだはずの貴婦人の“遺体”が一時消えたらしい。だとすれば、何がおこった? 病死と発表する一方ですぐ葬儀をしたって聞くが、それも時間が合わない。これを知ってしまえば、眠気なんて吹っ飛ぶ。興味丸出しのハートがどんどん騒ぎ出すのだ。


 

「ホント、ろくでもない連中が陰で踊ってるんだろうなあ。これだから王宮は楽しい」

ニヤニヤ笑いが止まらない。平穏なんて退屈すぎる。死人の謎が渦巻く現場に行けば、きっとまた新しい毒だの闇取引だの、ワクワクするネタが転がってるに決まってる。私は広がる巻きスカートをばさっと払って、早速出かける準備にとりかかる。


 

ふと頭をよぎるのは、あのクリストフ。いずれ王宮で再会するのなら、彼の医師としての妙技を、この事件の中で思う存分見せつけてほしいものだ。何かしらの狙いがあるのかもしれないけれど、それも含めて知りたい。死を呼ぶより、むしろ人間の本性を暴く医師なのかも、とか。……勝手な推理だけど、楽しいじゃない。


 

「さて、泥沼の恋愛劇より、泥沼の事件を解くほうがずっと好きよ」


 

心臓がバクバクする興奮を抑えきれず、手紙の束を小脇に抱える。魔性の噂が囁かれる宮廷で、今度はどんな連中が私を呼んでいるのか――。恋愛なんて御免だけど、厄介ごとには正直ワクワクしてしまう。それがセシリア・ローズウッドの性分なのだから仕方がない。


 

まもなく来るだろう次の波乱に胸を高鳴らせながら、私は夜の廊下を一人駆け抜ける。…焼死体か人形か、どんな死体偽装でも掛かってこい。そしてその裏に、どんな奴が潜んでいようと、必ず白日の下へ引きずり出してやる。そんな予定を勝手に立てる私の耳に、控えの間からエドワードの寝息がほのかに届く。ごめんね殿下、私はこんなことにやる気満々だけれど、せめてあなたを変な事件に巻き込みたくはないと思ってる。


 

――とはいえ、世の中そんなに甘くないのが常。いずれあなたも、私の毒舌とこれからの修羅場に巻き込まれてしまうだろう。だけど何が起ころうと、私は私のお仕事をまっとうするだけ。死を呼ぶ医師と連携するか、それとも敵対するか、それは次の幕が開いてからのお楽しみ。

さあ、暗号の解読はまだまだ続く。今宵は徹夜で最高に好みの“毒”を探り出すのもいいかもしれない。どうせなら、私が一番ゾクゾクする形で事件を引き裂いてあげよう。──そんなちょっぴり背徳的な期待を抱きながら、私は部屋の扉をそっと閉めるのだった。

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