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告死の噂と偽りの葬儀1

王都へ戻る道すがら、私・セシリアは出会うはずもない奇妙な人物と鉢合わせした。


「“死を呼ぶ医師”だなんて物騒でしょ。それを言いふらしてるのは誰かしら?」


ゆったりとしたマントを翻す男、クリストフが穏やかな口調でそう呟く。彼は道端の旅人に的確な応急措置を施していた。加えて、半死半生に見えた相手がみるみる呼吸を取り戻す様子を目の当たりにして、私はその技量の高さに舌を巻く。死を呼ぶどころか、生を呼び戻してるじゃないか。


「お前さん、腕前は確かに見事ね。……あ、いえ、失敬。私も薬師のはしくれなものですから、つい興味を」


控えめに言ったつもりが、彼はそれ以上に冷静な瞳でこちらを見ていた。医療行為にまつわる冷徹さと慈悲深さが同居しているような不思議な雰囲気だ。そのまま何も言わず去るかと思いきや、彼は軽く笑って差し出された水をひと口飲む。


「あなた、名前は?」

「セシリア・ローズウッド。王宮で薬師を務めてます。……ま、戻る途中でこんなところにいるんですけど」


そこへ割り込んで来たのが、貴族のアルミン。以前に少しだけ顔を合わせたことがあるが、どうやらクリストフと私を引き合わせる段取りを組んでいたらしい。彼は場を取り繕うように微笑んで、クリストフの素性をぼんやりと説明してくれた。曰く「死を呼ぶ医師の噂は誇張」だとか。そりゃそうだろう、私の目には優秀な医師にしか見えないし。


「じゃあ、後日王都でね。私のほうから話を通しておく」


アルミンがすんなりまとめる中、クリストフも「はじめましてがこんな形とは面白い」と含みのある言葉を残して去っていく。正直、妙な魅力を放つ男だ。押しつけがましくないのに目を引くというか、ほうっておけない感じ。……といっても私は男漁りに興味なんてゼロ。薬と毒のほうが百倍スリリングだし、余計なトラブルは勘弁願いたい。


そんな経緯を経て足早に王都へ舞い戻ると、待ち受けていたのは宰相アレクシスからの手紙の山。部屋に入った瞬間、どっさり詰まれた封筒が雪崩を起こした。心底うんざりする。抱えきれないほどの依頼内容に、未処理の相談ごと。ほとんど差出人の名前すら確認できていない。


「セシリア、おや、思ったより早かったね。お帰りの祝福にしては乱雑かな?」

「乱雑すぎるでしょ、これ。落とし主の顔を拝みたいわ。……って、あんたか! アレクシス!」


高笑いをかみ殺しながら、アレクシスは「まぁまぁ」としか言わない。こいつ、まるで私が困る姿を見るのが娯楽のようだ。ただ、一方で「調べて欲しい死がある」と急に低い声で告げてきた時は、いつもの飄々とした顔がかすかに緊張感を帯びていた。


「ある屋敷で淑女が急死したんだが、どうも一筋縄ではいかない。表向きは病死って話だが、僕の手紙の折り目に仕込んだ暗号、気付いたろ?」

「せっかく残業の山に埋もれてた私をさらにこき使うつもりね。……よし、わかった。面白そうじゃない」


新しい厄介ごとには呆れるけれど、それ以上に興味をそそられる。死の原因が真っ当に解明されていないのなら、また誰かが毒や闇取引に手を染めている可能性が高い。私の胸は早くもざわつき、仕事熱心なわけでもないのにやる気が湧いてしまうのだから不思議だ。


消息を確かめるために巻き込まれた王太子エドワードにも挨拶する。久々に対面した殿下は相変わらず優しげで、私の顔を見るなり「帰ってくれて安心だよ」と微笑んだが、その笑みには不安の翳りが混じっている。宮廷では妙な噂が流れ始め、本人にも何やら心が休まらない要素があるらしい。「何もかも、平穏であってほしい」と呟く殿下の言葉を聞くたび、この場所ではそんな夢が叶うわけないんだよ、と言いたくなる。


さらに厄介なのは、王の側妃イザベルの動向だとか。あの人が絡むとき、だいたい何か裏がある。表向きは優雅に暮らしていても、少女趣味のマリアンヌを傍に置き、”情報隠蔽”に余念がないと噂が立っているのは聞いていた。それもどうやら今回の死と繋がりがあるのかもしれない。暗い雲が宮廷中に広がっている気がする。


私はクリストフの鮮やかな処置を思い返しながら、アレクシスの書簡に綴られた暗号をなぞる。噂の医師との再会が近い予感はあるが、それが吉と出るか凶と出るかはわからない。けれど、面白いのは断然ウェルカムだ。


「死の噂か……白い手袋の奥で、毒親父みたいな奴らが糸を引いているんじゃ?」


なんてジョークを飛ばしながら、酷い事件の気配にわくわくしてしまう自分も相当なものだと思う。でも今さらおしとやかに暮らしたいなんて願うほうが無理ってもの。おかげで恋愛要素なんて見る暇なし。寄ってくる男たちへの生返事もそこそこに、怪しい邸宅の調査計画を立て始める。


「さて、次はどんな死人が転がってる? その裏で誰が哂ってる?」

気持ち悪いほど昂る好奇心は、私にとって最高のエネルギー源だ。


こうして、帰還した矢先からまた騒動へ足を突っ込む形になった。死者をめぐる闇の真相を暴くのは、この私。噂通りの腕かどうか、あのクリストフもいずれ王宮で確かめることになるだろう。

生温い陰謀より、激薬みたいな事件のほうが刺激的で楽しい。エドワード殿下には悪いけど、もうしばらく退屈とは無縁だ。


「やだ、面倒くさいって声に出ちゃう。……ま、仕方ないか。それが私の宿命だもの」


そう呟いて、自分を追い立てるように夜明けまで道具を振り分ける。体が疲れたらエロ本じゃなく専門書で眠気を吹き飛ばすのが私のスタイルだし。

――王宮で再び蠢き始めた闇を、きっとこの薬師が炙り出してみせる。そして、誘い込む奴がどれほど怖い牙を持っているのか、確かめずにはいられないのだから。

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