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謎めいた化粧品と川旅への誘い3

川幅がゆるやかに広がる河川敷。私たちは小さからず大きからず、そこそこ豪勢な川舟に乗り込み、風にあおられながら到着した。


 


その名もサザンクロス号――さも高貴そうな響きだが、デッキはやや古びている。アレクシスいわく「船宿を急遽押さえたせい」とのこと。うん、誰のせいとは言わないけど、バタバタの段取り感がモロに漂っているんだが?


 


「セシリア様、足もとお気をつけくださいね。あ、わたくしがお手を——」

「結構です、サミュエルさん。」

「そうおっしゃらずに、ほら…」

「くすぐったいっつーの、離してくださいっ!」


 


 疱瘡痕を持つ薬師サミュエルに手を取られて思わず声が上ずる。お互い薬の知識を持つ者同士ってことで意気投合…とは思えない微妙な空気感がある。最近やけに距離感を詰めてくるというか、これって私に興味があるのか、それとも私の“腕”に興味があるのか。どっちでもいいけど、強引にボディータッチはやめてもらいたい。


 


「ほう、けっこう大胆だな、サミュエル。僕が見ているのはお構いなし?」

 横から鼻で笑うのはアレクシス。相変わらず人のちょっとした気まずさを見逃さない。

「宰相閣下が美しい女性に絡むわけにもまいりませんでしょう? 代わりに私が役得を……おや、お気を悪くされたなら謝罪いたしますよ、セシリア様。」

「あーもう、二人で勝手に盛り上がらないで。私には恋愛どうこうなんて予定、ないんです。毒との闘いで手一杯って、昔から言ってるでしょ」


 


 口にすると虚しくなるけど、事実だから仕方ない。私の目下の関心は、エドワード殿下の容体と先日発覚した“危険な原材料”をどうやって洗い出すか、そして謎の薬師サミュエルが握る書簡の正体。サミュエルは「国なんて持っていない旅の身」と言うが、その割に殿下の体にやたら適切な薬を与えてくる。あれ、本当にただの行商人か?


 


 ぷかぷか揺れる船が河岸の交易拠点へ向かうと、岸辺に見慣れない群衆がちらほら。噂によれば、ここでイザベルの化粧品の裏取引が進められているらしい。要は、さらなる効き目を求めて毒性を高めた“闇仕様”の品が横流しされているとか。すでに王宮の貴族が何人も手を出しているという話もある。


 


「儲け話に目がない方々が、ずいぶん集まってるわね。」

 あたりを見回しながら小声でつぶやくと、ヴィクトールが静かにうなずく。

「先代宮廷医師の日誌を読み返してみたら、砂地帯特有の毒草が記されていました。微量摂取で血流を活性化させる一方、長期使用すると内臓を真っ黒に蝕む可能性があると……」

「最悪のパターンだな。使う人間がうっとりハイになってるうちに、体がどんどん壊れていく。本当に悪質。」


 


 私が嫌悪感をむき出しに言い放つと、アレクシスは薄く笑った。

「悪質だからこそ、人は飛びつくものだ。ほら、あそこに運びこまれている箱。どうやら件の化粧品の“強化版”だね。」

「……強化版て、どなたがそんな需要求めるんですか。頭おかしいでしょ、ほんと。」

「いやいや、良いじゃないか、危険な刺激を求める人は常にいる。あとは市場の買い手次第。」


 


 思わず舌打ちしそうになるところを堪え、さりげなく周囲に目をやる。気づけばナディアの姿が見当たらない。トラブルの磁石みたいな女だから、一緒に見張っていないとまた厄介ごとを引き寄せかねないのだけど……。


 


 と、その瞬間、桟橋の向こうから水音とともにナディアの絹のローブが翻った。何やら商人の一団と楽しげに談笑している。いかにも「交渉進行中」って面構えだ。やれやれ、毒入りであろうが人気が出そうならガンガン売り出す気か。


 


 さらにその背後、マリアンヌの姿を発見。遠目には優雅に佇んでいるようだが、目線はキョロキョロ落ち着かない。誰かと密かなアイコンタクトを交わしたように見える。まるで犯罪計画のため、合図でも送っているみたい。

「もしや、また証拠隠滅を狙ってるんじゃ……」

 つい小声が漏れる。こっちがこっそり追跡していると、突然ぬっと横から腕がつかまれた。

「ごめんなさいね、セシリア。ここの人々、みんな警戒心が強くて私とあなたを引き離そうとしてるみたい。あちらでお話し、いいかしら?」

 ナディアの甘ったるい声が耳元をかすめ、思わず鳥肌が立つ。そんなにピタッと距離を縮められたら、色香に惑わされそうなんだけど、あいにく私にはその趣味はない。


 


「商談なら、わざわざ二人きりにならなくたっていいでしょう?」

「まあまあ、串刺しにされる前に私が先導してあげているのよ。あそこの舗装されてない小径、足場が悪いから気をつけてね?」

「言われなくても平気です。もう勝手にはぐれないでよ……」


 


 ふいに足もとを滑らせかけ、ナディアに支えられる形になった。正直、胸元のやたら開いたドレスが視界に入って気まずい。見慣れた毒瓶より刺激が強い気がする。

 背後ではアレクシスやサミュエルの低い声が聞こえるが、はっきり捕捉できない。いずれ合流できるだろうが、今はそれどころじゃない。


 


 そして、細い路地を抜けた先で目に飛び込んできたのは、山積みの木箱。一つをこじ開けると、案の定、硬く固められたラベルのない調合群がぎっしり。エドワード殿下どころか、一般人にまで使わせたらどうなることか。こんなもの、絶対に野放しにできない。


 


「あら、興味深い顔をしているわね。手に取ってみたら? 女性の魅力を高める幻惑の蜜薬。体が痺れて、もう意識が蕩けちゃうくらい快感——」

「そこまで言うなら、あなたが先に試したら?」

「ふふ、私は商談があるからパス。」

「……やっぱり、口だけか!」


 


 怒鳴りそうになった途端、視界の隅で何かきらりと光った。見るや否や、誰かが石畳の影からこちら覗いてる。まさか狙撃でもされるんじゃと戦慄が走るが、相手は一瞬で身を引いた。

 と同時に、ナディアが私の腕をぐいっと引っ張る。

「ここは危ないわ。もう一回アレクシスたちと合流しましょ。私たちが撃たれちゃ困るもの。」

「あんた、最初からわかってて私を……」

「ちょっと試したのよ。セシリアは本当に、危険に踏み込んでも強気を崩さないのかってね。大丈夫、あなたはやっぱり強い。」


 


 まるで女芝居を打ってるような目線に、むずむずする苛立ちを覚える。どいつもこいつも、私を勝手に試すんじゃない!


 


 息を荒らげながら戻ると、向こうでサミュエルが例の薬箱を広げ、エドワード殿下の腕を押さえていた。殿下は顔色が悪い。舟酔いかしら……いや、もっと厄介な症状かも。そばでアレクシスが半眼で苦笑しているが、笑ってる場合?


 


「セシリア、殿下の脈が乱れているようだ。サミュエルの薬を飲んだら少し持ち直したが……」

「聞いてないよ、殿下! また無理して動き回ったわけ? はあ、もう!」

 殿下がか細い声で「ごめんね」と眉を下げる。そこにサミュエルがさらりと私に目をやり、頷く。

「大丈夫、あと少し休めば落ち着くはずです。でも、やっぱり原因を根本から対策しないと危険ですな。」

 言いながら、まるで将軍のように指示を出すサミュエルに、私は胸の奥でくすぶる違和感を拭えない。あまりに殿下の病状を熟知してない?


 


 こうして、私たちは一時退却を余儀なくされた。この交易所を徹底的に調べたいが、下手に騒げば銃を向けられる可能性もあるし、殿下が倒れでもしたら全てが台無し。

 とりあえず集まった情報と、未だ謎だらけのサミュエルの存在を抱え込みながら、川船は王都へUターンすることに。


 


「引き返すってことは、陰謀の根がまだまだ深いってことね。」

 私がぼそりとつぶやくと、アレクシスが不敵に笑う。

「まあ、平穏より刺激的でいいじゃないか。君の出番はまだまだ続く。退屈なんて言わせないよ、セシリア。」


 


 誰だ、こんな陰謀喜んでるのは。もううんざり。でも、船の揺れと同じぐらい、私の胸もざわざわ落ち着かない。殿下の病、イザベルの不安、ナディアの商談、そしてサミュエルの甘い誘惑じみた薬の謎。

 その全てが一枚の絵に繋がる日は近いのか? 遠いのか? いずれにせよ、次に王宮へ戻ったとき、また一波乱あることは間違いない。


 


 そして私はもう逃げ出せない。解毒と毒撒き散らす魔手の攻防に、この薬師・セシリアは最後まで挑むしかないのだ。どうせ危険なら、とことん立ち向かってやるわよ――せめて「死ぬまでには、快感も味わっとこっかな」なんて半分本気で思いつつ、揺れる舟の上、私は笑みを苦々しく噛み殺した。

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