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謎めいた化粧品と川旅への誘い2

ざわざわと華やぎ、きらびやかな衣装がせわしなく行き交う晩餐会の大広間。ふんだんに飾られた花と燭台の光が交差するなか、私はひそかに胃のあたりを押さえてため息をついた。こういう大規模イベントが突如ねじ込まれるのが王宮の通例としても、あまりに急すぎる。いやもう、がっつり準備もろくにせず立食スタイルで押し通そうってところに、誰の思惑が絡んでんだか。


 


「みなさーん、ご歓談中失礼いたしますわ!」


 


 イザベル側妃が最前列で声を張り上げる。毒入り化粧品のせいで先日まで具合を崩していたのが嘘のように、今は自前の美貌をこれでもかと振りまいていた。さっき廊下で見かけたときは、「私ってばすぐに回復する才能に恵まれているのよ」と誇らしげに笑っていたっけ。おいおい、毒の影響がぶり返さないように、まだ油断は禁物なんだけどなあ。


 


 それでも、周りの貴族たちはその笑顔にホイホイ釣られる。後ろに控えるイザベルの侍女、マリアンヌは相変わらず不安げな顔でちらちらと周囲をうかがっているが、主が上機嫌なうちは邪魔もできないらしい。私の視線に気づき、まるで目をそらすようにくるりと踵を返してしまった。何か後ろ暗いことを抱えてそうだけど――いずれ尻尾、掴ませてもらうわよ。


 


 一方、晩餐会にまぎれて外国要人として堂々と振る舞うのは、ナディア・ド・ベルモア。隣国の特使という肩書きは、まばゆい装飾に身を固めた彼女によく似合う。けれど、今回の立食晩餐会は単なる社交の場じゃない。化粧品の取引と外交交渉を一緒くたに進める壮大な“商談会”でもあるから厄介だ。

 しかも、ナディアは隣国の飢饉だの聖女伝説の崩壊だの物騒な話まで速攻で披露してきた。余裕があるのかないのか、まったく分からない調子で、周囲の貴族たちに「もしわが国が崩壊したら、そちらだって打撃でしょう?」なんて、りんとした目で威圧しているのだから恐るべし。


 


「セシリア、君、今夜は乗り気じゃなさそうだね」

 低い声の主は、宰相アレクシス。いつもながらの涼やかな笑みを貼りつけ、私の手元のグラスを指先ではじく。

「ご想像どおりです。人混み苦手なんで、できれば山盛りの料理だけちゃっかりいただいて帰りたいくらいですよ」

「そう言わず、もう少し付き合って。君の毒見役としての(笑)才能が、今夜は多くの人の肝を冷やしてるんだから」

「……マジでやめてください、その言い方」


 


 毒見役としての腕は確かかもしれない。けど「天才薬師」呼ばわりされるたびに、妙に注目されてしんどいのだ。今夜も「聞きたいことがあるのだけど」「毒にも詳しいんでしょう?」など、声をかけられっぱなし。しかも男女問わずちやほやされるから、モテるとか以前に私の心は絶賛げんなり中である。


 


「ところでセシリア、あの化粧瓶の件、何かわかった?」

 ひょっこり顔を出したのはヴィクトール。文書管理官のわりには要領がいいというか、こういう場でするする身をかわして要人のデータを集めているらしい。

「ええ、隣国の植物“眠り花”由来の成分が混入している可能性あり。微量なら一時的に体が熱くなって気分が高揚しやすくなる――まあ、ある意味で“媚薬”として使えなくもないけど、長期的には内臓への負担が大きい毒」

 さらっと小声で答えると、ヴィクトールは熱心にメモを取っていた。

「…………」

「何? 鼻の下、伸ばしてません?」

「い、いえいえ。媚薬とかちょっと面白いなって思っただけです」

「夜の玩具にする気なら、早々に地獄に落ちますよ」

「ヒィ、冗談ですよ!」


 


 そんなやり取りもつかの間、楽しげな音楽が一瞬止んだ。ナディアが中央に進み出て、わざと高らかにスカートをひるがえす。派手なドレスからのぞくスラリとした脚に、一部貴族がいやらしい視線を送っているが、当のナディアは頓着なし。

「皆様、ご歓談のところ失礼いたします。この度は飢饉に苦しむ我が国を救うための支援と、化粧品の新たな輸出ルートについて、ご協力をあおぎたく存じます。先ほどイザベル様とお話ししていて、あの高級化粧品の需要増が大いに期待できると確信しましたわ」

 場の端から「おお、いいねえ」と好奇心をむき出しにする貴族が続出。毒性のことを聞かされてもなお、儲け話に食いつきたがる性根にはほとほと呆れる。


 


 そんな空気に耐えかねて、私はついに声を上げた。

「ちょっと皆さん、お忘れじゃありません? その“高級品”には成分上、危険があるの。長期的に使えば、いずれ体をむしばむ可能性が高い」

 ぴたり、と息をのむ気配。ナディアがまばたきし、まるで「それを言うなよ」という目で私を見つめる。貴族たちの間には「あれ、そうだったの?」という様子が広がり、イザベルも気まずさに口を小さくへの字に曲げた。

 しかし私は止まらない。何せ黙っていたら、危ない商品が市場にばらまかれかねないのだ。

「容姿を磨きたい気持ちはわからなくもないですが、命あってのオシャレですからね。実際、側妃様だってひどい目を見たはずです」

「そ、そんなこと……別に、今はもう治りかけてるもの……」

 イザベルはふてくされたようにつぶやくが、その額にはうっすら汗が滲んでいる。うん、さっきまで浮かれまくってたわりには、やはり本調子とは言い難いようだ。


 


「要するに、この化粧品の安全性についてきちんと調査が必要ってことだろ?」

 アレクシスがわざとらしくささやかな拍手をひとつ打ち、場の空気を制した。

「安心してくれ。弊国が誇る薬師セシリアが調べてくれることになっている。怪しい成分の出所を突き止めるのは難しくても、解毒剤の開発は可能かもしれないからね」

 これまた勝手なぶち上げだ。だが、そう言われれば他の貴族たちは「その手があるか!」とばかりに目を輝かせる。要するに儲けの道を塞がれたくないのだろう。


 


 そして、あからさまに安堵したナディアはまるで「こんなタイミングを待っていました」と言わんばかりに、私に微笑みかけてきた。

「私の国も、命懸けなのです。どうか、細やかな毒性などに負けず、皆様と共に繁栄の道を探っていきたいわ」

 ……細やかな毒性、で済ますなよ。この中毒性がやがて国を揺るがすほどの騒動を引き起こすかもしれないのに。


 


「さて、ではみなさん、お食事の続きはご自由に」


 


 ナディアがそう締めくくり、音楽が再開する。浮ついたムードに戻った人々と、微妙に顔をこわばらせるイザベル。その横でマリアンヌは相変わらず目を伏せながら、時折誰かと目配せしているようだ。あれはただの気のせいとは思えない。


 


「お前の皮肉まじりの毒舌がなければ、この場はもう少し平和だったかもな」

 耳元で、くすっと笑う声。アレクシスが煌びやかな眸を細めてからかってくる。

「どのみち、いずれ問題は噴出しましたよ。私が片方の毒をぶちまけようが、誰かがもう片方の毒を混ぜようが、結局は同じこと」

 さらりと返す私に、アレクシスは満足げに口角を上げる。――ほんと、性格悪いぞこの宰相。まあ、私も人のこと言えないか。


 


「セシリア様、お話いいでしょうか」

 今度はエドワード殿下が静かに近寄ってきた。すぐ横には、さっきまで倒れそうだったイザベルの姿。どうやら私の正論に押されて、彼女も殿下に事情を説明させようと腹を決めたらしい。こぼれ落ちる汗と青白い唇が、彼女の内心を物語っている。

「セシリア、僕は……イザベルを助けたい。ナディアの話も聞くべきだと思う。でも、危険を野放しにはしたくないんだ。どうしたらいいんだろう」

 この王太子の真っ直ぐすぎる目を見ていると、守ってあげたくなるのに加え、なんか胸がチクチクする。すみません、私に愛だの恋だのを語る余裕はありません。でも最後まで巻き込まれたくもない……はずが、この感情はなんだろう。妙におせっかいを発動したくなる自分が憎い。


 


「ええ、できる限り調べてみます。方法は必ずある……はず。アレクシスも手を貸してくれるでしょうし、ヴィクトールの情報網もある。裏で誰かが毒を拡散させて私腹を肥やそうとしているなら――徹底的に叩き潰すだけです」

 この一言で、イザベルはかすかに目を潤ませ、エドワード殿下はほっと息をついた。

 私? 心中で「また面倒案件を請け負っちゃったよ」と嘆いている。でも、こういう陰謀劇にズブズブ踏み入っていく自分を、止められないのも確か。


 


 やがて宴は続行され、しばらくは色と欲の渦中に全員がどっぷり。化粧品の話題も再燃し、あちこちで「毒? それより効果が魅力的」「危ないからこそ値段が跳ね上がるんじゃない?」なんて浅ましい声が飛び交う。

 誰もが私に近づいては甘い言葉で解毒剤をちらつかせろと囁いてくるが、私は適当にあしらって即退散。何が何でも、無責任に「大丈夫ですよ!」など言えたもんじゃない。


 


 ようやく晩餐会がお開きの宣言を迎えたころ、アレクシスが低い声で耳打ちしてきた。

「川沿いの交易拠点を当たる準備が整った。ナディアも同行する。ヴィクトールと君で、化粧品の原料をしっかり追ってほしい。一緒に来てくれるね?」

 聞くまでもない、と言いたそうな顔がほんの少し腹立たしいが――正直、私も同意するしかない。ここまで暴れ馬みたいに騒ぎが広がった以上、見届けないと安心して眠れないから。

「……やれやれ。じゃあ次の休暇は水の上で過ごすってわけですね。豪華客船ならいいんですけど?」

「王宮から出張るのに、その程度の船は用意するさ。さあ、これからが本番だ」


 


 マリアンヌが誰かと通じ合うように視線を合わせた瞬間を見逃さず、私は胸中で舌打ちする。いずれ後悔の嵐を味わうのはどの陣営なのか、まだ誰にもわからない。

 でも、この絢爛豪華で腐りきった晩餐会を通過して、次なるステージに突き進むことだけは確かだ。川旅と新たな陰謀が、もう待ったなしで迫っている。

 さあ、次はどんな酔いしれるような毒が飛び出すのか。それともエドワード殿下の病と化粧品問題が絡み合って、さらに難題が噴出するのか。何にせよ――私、セシリア・ローズウッドはもう逃げられない。


 


 そうと決まれば……次が、ますます楽しみだ。文字どおりの毒と陰謀にまみれた、中毒性の深い波乱劇はまだ終わらない。

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