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30 揺らぐ晩餐の余波と未解の毒

翌朝、私はイザベルの部屋の扉を開け、むわっと漂う甘ったるい香りに思わず鼻をひくつかせた。あの夜以来、彼女がひっそり愛用しているとされる“謎の化粧品”が気になっている。どうせなら大っぴらに見せてくれればいいのに、こそこそ隠すなんて逆に怪しさ全開だ。


「いらっしゃい。まさか本当に来るとは思わなかったわ」

色気たっぷりに笑うイザベルは、やたらと艶めいた仕草で容器を揺らしてみせる。この人、体が弱ってる割には、化粧にかける熱意だけは衰えないらしい。

「お具合はいかがですか?」

シレッと尋ねれば、彼女はわざとらしく額に手を当てた。

「ええ、まあ…やっぱり貴女の診察が必要かもしれなくて。あ、それと…これの匂いはどうかしら? 新作なんですって」

彼女が差し出した小瓶は、怪しく輝く琥珀色。鼻を近づけただけでピリッとした刺激が喉を焼く。これは、明らかにただの香料じゃない。


「ふうん…ちょっと成分が気になりますね」

そう言いつつノンキに微笑む私を、イザベルは探るように見つめる。一歩間違えると毒入り化粧水、なんて代物だってあり得るのだ。誰に狙いが向いているかはまだ不明だが、私が“勘のいい薬師”だと知っていて渡してくるなら、かなりの度胸か自信があるらしい。


部屋の隅では侍女のマリアンヌがいつも通り、無表情に立っている。彼女の瞳には警戒とも諦観とも思える色が混じっていた。イザベルの言動にどこまで共犯意識があるのか、見当がつかない。けれど私が嗅ぎ取った“薬”と“毒”の匂い――そこには絶対、何か仕掛けが潜んでいるはずだ。


「あら、セシリア殿下?」

後ろから低い笑い声。そして部屋へ遠慮なく入り込んできたのは、宰相アレクシス。今日も華麗に人のプライベート空間を踏み荒らしてくれる。彼は(わら)う目で小瓶を見やった。

「これは珍しい。まさかその化粧品が、何か妙な成分でも混ざっているとか?」

彼が私にちらりと視線を寄越すや、イザベルの唇が少し強張った。図星めいた反応がまぶしすぎる。思わず吹き出しかけたけど、ここはぐっと我慢。


そこへ、ほかならぬ王太子エドワードが杖をついて登場。顔はまだ青白いが、昨晩よりはいくらかマシらしい。大丈夫かと声をかけようにも、彼はイザベルと目が合うと、微熱が再発しそうなほど頬を赤らめてしまった。

「急に訪ねてすまない。でも、この部屋に強烈な匂いがするから…何か変わった薬でも使っているのか?」

なんとも純粋な質問。こんなピュアっ子を相手に、張り詰めた陰謀が絡みついていると思うと、気の毒を通り越して苦笑しか出ない。


「あなたが気に病む必要はないわ、エドワード殿下。ちょっとした美容の秘訣よ」

イザベルは壊れ物を扱うように彼の腕を取り、むやみに接近してみせる。すると殿下の体温が一気に急上昇するのが目に見えるようだった。その姿を見て、私の内心は「ぶはっ」と笑いが噴き出そうになるのを必死に押さえる。いやもう、私に恋愛感情なんて微塵もないし、むしろお花畑ムードはご遠慮願いたい。だが当事者たちは勝手に火照っているようで、私は第三者として傍観を決め込む。


「ところで殿下の熱、もう大丈夫なんですか? 昨晩はまるで“思春期発熱の王子様”状態でしたけど」

つい口に出してしまい、殿下は「そ、そんなに恥ずかしい姿だったか?」と真っ赤に。やば、ちょっと言い過ぎたかもしれない。でもこのギャップに深くハマる相手が多いのも事実だろう。しかし私には関係ない。


一方、アレクシスはその弱みをチラつかせるように、「殿下、無理はいけませんよ」と猫なで声を出しつつ、本題へ切り込んだ。

「実は近々、隣国から来た特使のナディア殿と共同で川沿いの拠点を見回りに行く予定がありましてね。殿下には本来、外交の王道を歩んでいただきたいが…ご体調次第では僕が代行せざるを得ない」

するとエドワードの顔からサッと血の気が引く。どのみち物資や交渉事の視察には誰かが行かなきゃならない。けれど、主役が王太子である以上、彼が欠席すれば「また王宮の権威が崩れた」なんて騒がれるのは目に見えているのだ。


「国の威厳を保つためにも、殿下に万全でいていただかねば困りますよ。ああ、もちろんセシリア、君も同行してくれると助かる…何しろ“解毒の天才薬師”だからね?」

唐突にアレクシスが私へ向ける微笑は、まごうことなき“利用してますよ”の合図。悪いけれど、そっちが仕掛けるなら遠慮なく乗ってあげようじゃない。


「はいはい、どうせ私が行かなきゃ誰かさんが血反吐を吐くかもしれないし…」

そう皮肉たっぷりに返すと、イザベルが不意に言う。

「あら、セシリアが行くなら私も行っていいかしら? 近ごろ調子が優れなくて、不安だから貴女に診てもらいたいの」

まさかの強行参加宣言に、マリアンヌが「少々慎重にお考えを…」と口を挟む。やれやれ、周囲が妙に大所帯になってきたじゃないか。どうせならこの際、ヴィクトールも連れていき、資料ごと全部ぶちまけて真相解明を狙いたいところ。


「じゃあ決まりですね」

アレクシスが勝手にまとめる。いつもそうやって事態を弄んで、自分の思惑通りに転がそうとする姿勢はある意味尊敬に値する。だが、私もそう簡単に転がされるつもりはない。


そうこうしていると、ちょうどヴィクトールが息を切らして駆け込んできた。例の化粧品の成分リストを探っていたらしく、手に抱えた紙束には得体の知れない植物名がびっしり並んでいる。

「セシリア様、これを…調べた結果、有毒の可能性が極めて高い成分が混ざっていると。ですが摂取量がごく微量でして、証拠としては薄いです」

ビンゴだ。やはり怪しい。でも、これを“犯罪”として糾弾するにはしっかりした裏付けがいる。仕掛けた側に先手を打たれる前に、こっちも早く真相を握る必要があるだろう。


「準備は急ぎます。川旅とやらに赴いて、ちょっと一稼ぎしてきますか。この行動が後々転生薬師の歴史的勝利になるかもね?」

私の冗談交じりの宣言に、イザベルは薄笑いを浮かべ、エドワードは戸惑いのまなざしを向け、アレクシスは相変わらず計算高そうな顔。マリアンヌは無言で目を伏せ、ヴィクトールだけが小さく微笑んでいる。


それぞれが思惑を抱えたまま、王宮の新たな動きが始まった。化粧瓶に潜む毒、特使ナディアとの交渉、そして殿下の病。その全てがじわじわと絡み合い、やがては宮廷全体を呑み込む嵐へと変貌するかもしれない。


――けれど、こういう時こそ一番燃えるのが私の性分。

華やかなドレスの裏でどんなにドロドロと策略が渦巻こうと、平然と踏破してやる。

さあ、次の一手を打とうか。これがまだ始まりにすぎないのだから。

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